坂井輪村
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さかいわむら 坂井輪村 | |
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廃止日 | 1954年11月1日 |
廃止理由 |
編入合併 坂井輪村、北蒲原郡南浜村・濁川村 → 新潟市 |
現在の自治体 | 新潟市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 |
中部地方、北陸地方 甲信越地方 |
都道府県 | 新潟県 |
郡 | 西蒲原郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
隣接自治体 | 新潟市、黒埼村、中野小屋村、内野町 |
坂井輪村役場 | |
所在地 | 新潟県西蒲原郡坂井輪村大字坂井[1] |
座標 | 北緯37度52分27秒 東経138度58分18秒 / 北緯37.87408度 東経138.97164度座標: 北緯37度52分27秒 東経138度58分18秒 / 北緯37.87408度 東経138.97164度 |
ウィキプロジェクト |
坂井輪村(さかいわむら)は、かつて新潟県西蒲原郡にあった村。1954年11月1日の新潟市への合併によって消滅し、現在は新潟市西区の一部となっている。
以下の記述は合併直前当時の旧坂井輪村に関しての記述であり、現在では名称等が異なる場合がある。なお、ここに記述されていない内容に関しては新潟市などの記事を参照。
歴史
[編集]上坂井輪村 | 坂井村、須賀村、大野郷屋村 |
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下坂井輪村 | 小針村古新田、市左ェ門郷屋外新田、平島村、寺尾村新田、青山村新田 |
新貝村 | 小新村、亀貝村 |
新通村 | 笠木村、高山村、槇尾村、築千坊新田、五十嵐浜村受、丸潟新田、槇尾村受、高山村受、向島村、新通村古新田、玄的新田、坂井村受、嘉礼木新田、新通村古新田受 |
坂井輪村 | 上坂井輪村、下坂井輪村、新貝村、新通村(築千坊新田、五十嵐浜村受、丸潟新田、槇尾村受、高山村受、向島村、新通村古新田、玄的新田、坂井村受、嘉礼木新田、新通村古新田受) |
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- 1912年(明治45年)から 1913年(大正2年)の間に、村役場を大字須賀[3]より大字坂井[4][5]へ移転。
- 1947年(昭和22年)10月10日 - 昭和天皇の戦後巡幸。村内の砂丘などを視察[6]。
- 1954年(昭和29年)11月1日 - 新潟市と合併し、消滅。
行政
[編集]歴代村長
[編集]- 官選制村長時代
学校
[編集]小学校
[編集]- 坂井輪村立小針小学校
- 坂井輪村立新通小学校
中学校
[編集]- 坂井輪村立坂井輪中学校
脚注
[編集]注釈
出典
- ^ 角川地名15、p.589
- ^ 新潟県市町村便覧、p.25
- ^ 最近市町村明覧 p.111
- ^ 改正新旧対照市町村一覧 p.122
- ^ 市町村便覧 : 細密調査 p.144
- ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、97頁。ISBN 978-4-10-320523-4。
- ^ 新潟県年鑑(昭和八年度版)、市町村政要覧 p.5
- ^ 新潟県年鑑(昭和九年度版)、町村長・助役・収入役一覧 p.5
- ^ 新潟県年鑑(昭和十年版)、第三 p.16
- ^ 新潟県年鑑(昭和十一年版)、市町村長一覧 p.1
- ^ 新潟県年鑑(昭和十六年版)、附録 p.52
- ^ 新潟県年鑑(昭和十七年版)、附録 p.13
- ^ 新潟県年鑑(昭和十八年版)、附録 p.85
- ^ 新潟県年鑑(昭和十九年版)、附録 p.68
- ^ 新潟県年鑑(昭和二十年版)、附録 p.11
参考文献
[編集]- 角川日本地名大辞典 編纂委員会『角川日本地名大辞典 15 新潟県』(株)角川書店、1989年10月8日。ISBN 4-04-001150-3。
- 『新潟県市町村便覧』擁天堂、1902年6月15日。
- 『最近市町村明覧』いろは書房 他、1912年2月1日。
- 『改正新旧対照市町村一覧』鍾美堂、1913年4月20日。
- 『市町村便覧 : 細密調査』国文館 他、1913年9月30日。
- 『新潟県年鑑(昭和八年度版)』新潟県年鑑社、1933年3月25日。
- 『新潟県年鑑(昭和九年度版)』新潟毎日新聞社、1933年12月31日。
- 『新潟県年鑑(昭和十年版)』新潟毎日新聞社、1934年12月7日。
- 『新潟県年鑑(昭和十一年版)』新潟毎日新聞社、1936年1月5日。
- 『新潟県年鑑(昭和十六年版)』新潟毎日新聞社、1940年12月1日。
- 『新潟県年鑑(昭和十七年版)』新潟日日新聞社、1941年11月20日。
- 『新潟県年鑑(昭和十八年版)』新潟日報社、1942年12月10日。
- 『新潟県年鑑(昭和十九年版)』新潟日報社、1943年12月20日。
- 『新潟県年鑑(昭和二十年版)』新潟日報社、1944年12月31日。