国鉄ソ100形貨車
国鉄ソ100形貨車 | |
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形式図 | |
基本情報 | |
車種 | 事業用車(操重車) |
運用者 | 日本国有鉄道 |
所有者 | 日本国有鉄道 |
製造所 | 国鉄浜松工場 |
製造年 | 1951年(昭和26年) - 1956年(昭和31年) |
製造数 | 14両 |
廃車 | 1987年(昭和62年) |
常備駅 | 大分駅、姫路駅、他 |
主要諸元 | |
車体色 | 淡緑色+黄1号の帯 |
軌間 | 1,067 mm |
全長 | 10,000 mm |
全幅 | 2,900 mm |
全高 | 3,900 mm |
荷重 | 15* t |
自重 | 54.0 t |
換算両数 | 5.5 |
台車 | 二軸ボギー |
台車中心間距離 | 5,000 mm |
最高速度 | 65 km/h |
備考 | *扱い荷重 |
国鉄ソ100形貨車(こくてつソ100がたかしゃ)は、かつて日本国有鉄道(国鉄)に在籍した事故救援用操重車(事業用貨車)である。鉄道車両の脱線事故や転覆事故の復旧に使用された。回転式キャブとクレーンを装備している。また、クレーンのブームを収めるための控車である長物車を伴っている。
概要
[編集]1951年(昭和26年)から1956年(昭和31年)にかけて、国鉄浜松工場で14両(ソ100 - ソ113)が製造された。操重車の中でも小型に分類され、扱い荷重は最大で 15t となっている。これは、貨車は1両で、客車は2両で扱うことを想定したものである。
本形式は、従来からの大型操重車が蒸気機関を動力として用いるため、蒸気圧が上がるまで作業にかかれず、動作も鈍重なうえ、軽量な客車や貨車を吊り上げるにはオーバースペックであり、また製作費も嵩むことから、操重車の普及を図る目的で開発されたものである。そのため、動力としてディーゼルエンジンを初めて採用し、操作も扱いの容易なディーゼル電気式のワードレオナード方式とした。
本形式ではブームをソ30形より長くしたが、軽量なトラス構造とし、その根元部分の中央部に操作室を設置した。台車は板台枠式の2軸ボギー台車を2基装備した。両台車に各1個の電動機が装備され、低速ながら自走することができた。作業時に使用するアウトリガーやレールクランプの構造は大型操重車と変わらない。また、ブレーキ装置は自車用のみの設備で、回送時に使用する貫通ブレーキは装備されていない。
しかし、貨車の救援に際して積車状態の車両を扱うには、扱い荷重が小さすぎるという欠点が露見し、クレーン自動車の普及もあって、1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化までに、全車が廃車された。
配置
[編集]本形式は、地方幹線の拠点に配置されていたが、1980年(昭和55年)時点の常備駅(配置鉄道管理局)は次のとおりである。
- ソ100 - 大分駅(大分鉄道管理局)
- ソ101 - 姫路駅(大阪鉄道管理局)
- ソ102 - 山形駅(秋田鉄道管理局)
- ソ103 - 熊本駅(熊本鉄道管理局)
- ソ104 - 旭川駅(旭川鉄道管理局)
- ソ105 - 敦賀駅(金沢鉄道管理局)
- ソ106 - 新小岩操駅(千葉鉄道管理局)
- ソ107 - 亀山駅(天王寺鉄道管理局)
- ソ108 - 水戸駅(水戸鉄道管理局)
- ソ109 - 鳥取駅(米子鉄道管理局)
- ソ110 - 浜田駅(米子鉄道管理局)
- ソ111 - 福知山駅(福知山鉄道管理局)
- ソ112 - 米子駅(米子鉄道管理局)
- ソ113 - 南延岡駅(大分鉄道管理局)
参考文献
[編集]- 埴岡寿一「われら影武者軍団 国鉄の事業用車2 貨車編」 鉄道ファン 1980年7月号(No.231)
- 貨車技術発達史編纂委員会「日本の貨車-技術発達史-」2009年、社団法人日本鉄道車輌工業会