古賀新三
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古賀 新三(こが しんぞう、1907年?[1] - 1993年2月[2])は、日本の陸上競技選手、専門はマラソン。戦前から戦後間もない時期にかけて、各地の駅伝やマラソン大会に出場し、優勝を重ねる活躍をした。選手として活躍していた当時は、三井山野炭鉱に所属する[3]、炭坑労働者であった[4]。
おもな成績
[編集]特記のない限り、種目はマラソン:
- 1947年10月:第31回 日本陸上競技選手権大会(福岡県)
- 優勝 - 2:41:17[4]。
脚注
[編集]- ^ a b “福岡国際マラソンプレーバック 第3回大会(朝日マラソン)昭和24年12月4日 戦後の食糧難時代 42歳古賀がいぶし銀の走りで逆転”. 朝日新聞社. 2014年12月1日閲覧。 “... この時すでに42歳。古賀は、この大会を最後に競技生活に終止符を打った。”[リンク切れ]
- ^ “昭和にかえりたい びわ湖毎日マラソン、第1回は大阪で 参加賞は足袋用ゴム”. 毎日新聞社. 2014年12月1日閲覧。
- ^ a b 八田保政「戦後の三井山野炭坑」『エネルギー史研究 : 石炭を中心として』第15号、1991年12月25日、242頁。「第一回朝日駅伝競走に山野鉱業所より出場 中村捨成 古賀新三 両選手出場」 NAID 110006955167
- ^ a b c d “福岡国際マラソンプレーバック 第1回大会(朝日マラソン)昭和22年12月7日 熊本で初開催 歩き出した本命の古賀に伏兵和田が第1回優勝者に”. 朝日新聞社. 2014年12月1日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “びわ湖毎日マラソン大会の歴史 第1回大会 初代王者は古賀”. 毎日新聞社. 2014年12月1日閲覧。[リンク切れ]
- ^ a b c “国民体育大会” (PDF). 日本体育協会. 2014年11月29日閲覧。
- ^ “びわ湖毎日マラソン大会の歴史 第2回大会 古賀連覇 前回を1分40秒短縮”. 毎日新聞社. 2014年12月1日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “びわ湖毎日マラソン大会の歴史 第3回大会 古賀輝く3連覇”. 毎日新聞社. 2014年12月1日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “びわ湖毎日マラソン大会の歴史 第4回大会 山田、古賀のV4を阻む”. 毎日新聞社. 2014年12月1日閲覧。[リンク切れ]