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前ノ山政三 (1919年生)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
前ノ山 政三
基礎情報
四股名 前ノ山 政三
本名 佐藤 政三
生年月日 (1919-05-17) 1919年5月17日(105歳)
出身 秋田県平鹿郡平鹿町
身長 179cm
体重 90kg
BMI 28.09
所属部屋 高砂部屋
得意技 左四つ、寄り
成績
現在の番付 引退
最高位 西前頭13枚目
生涯戦歴 87勝80敗40休(26場所)
幕内戦歴 19勝26敗11休(5場所)
データ
初土俵 1937年1月場所
入幕 1946年11月場所
引退 1949年5月場所
引退後 クリーニング店経営
備考
2013年8月25日現在

前ノ山 政三(まえのやま せいぞう、1919年5月17日 - 没年不明)は、秋田県平鹿郡平鹿町(現在の横手市)出身で高砂部屋に所属した大相撲力士。本名は佐藤 政三(さとう せいぞう)。得意技は左四つ、寄り[1]

来歴・人物

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秋田県平鹿郡平鹿町(現在の横手市)出身。16歳の時に上京して高砂部屋へ入門し、1937年1月場所で初土俵を踏んだ[1]

1944年5月、幕下上位で勝ち越し、新十両昇進を決めた。だが、すぐに応召、翌11月場所は休場した。まもなく復帰し、1945年6月には十両格で出場した。

戦時中、天皇と同じ名は畏れ多いと、「前ノ山」に改名[1]

その後、1946年11月場所で新入幕。左四つの体勢からの挟み付けるような寄りが得意だったが、勝ち味が遅く、幕内上位には上がれず、最高位は西前頭13枚目にとどまった[1]

1949年5月場所限りで廃業し、その後は東京都立川市でクリーニング店を経営した[1]

主な戦績

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  • 通算成績:87勝80敗40休 勝率.521
  • 幕内成績:19勝26敗11休 勝率.422
  • 現役在位:26場所
  • 幕内在位:5場所

場所別成績

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前ノ山 政三
春場所 夏場所 秋場所
1937年
(昭和12年)
(前相撲) (前相撲) x
1938年
(昭和13年)
西序ノ口22枚目
5–2 
西序二段7枚目
4–3 
x
1939年
(昭和14年)
東三段目30枚目
4–3 
東三段目2枚目
4–4 
x
1940年
(昭和15年)
東幕下45枚目
3–5 
西三段目5枚目
3–5 
x
1941年
(昭和16年)
東三段目11枚目
5–3 
東幕下31枚目
3–5 
x
1942年
(昭和17年)
東幕下32枚目
4–4 
西幕下32枚目
4–4 
x
1943年
(昭和18年)
西幕下27枚目
2–5–1 
西幕下44枚目
5–3 
x
1944年
(昭和19年)
西幕下31枚目
7–1 
西幕下2枚目
3–2 
西十両15枚目
 
1945年
(昭和20年)
x 西十両13枚目
5–2 
東十両4枚目
7–3 
1946年
(昭和21年)
x x 東前頭16枚目
7–6 
1947年
(昭和22年)
x 西前頭13枚目
2–8 
西前頭19枚目
7–4 
1948年
(昭和23年)
x 西前頭13枚目
3–8 
西前頭18枚目
0–0–11 
1949年
(昭和24年)
東十両2枚目
0–0–13 
西十両11枚目
引退
0–0–15
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

幕内対戦成績

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力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数
愛知山 1 2 明瀬川 1 1 大岩山 2 2 大ノ海 1 1
鏡里 0 2 鬼竜川 1 0 九ヶ錦 0 1 九州錦 0 1
高津山 0 2 琴錦 0 1 相模川 1 0 清水川 0 2
鶴ヶ嶺 1 0 十勝岩 1 1 栃錦 0 1 常陸海 1 0
二瀬川 1 0 大起(穂波山) 1 0 三根山 0 1 緑國 0 2
緑嶋 0 1 陸奥ノ里 1 0 吉葉山 0 1 力道山 0 2
若潮 2 0 若瀬川 0 1 若葉山 2 0

改名歴

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  • 醍醐山 政三(だいごやま せいぞう)
  • 前ノ山 政三(まえのやま -)

参考文献

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  • 『大相撲星取大鑑』第3巻(著者:小池謙二

脚注

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  1. ^ a b c d e ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p21

関連項目

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