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利用者:G-Sounds/1 ppmの記事

1 ppmの記事とは、Wikipediaにおいて、どの程度の数でしょうか?

今日、あなたが1つ記事を書いて、それをWikipediaの記事の1つとして公開したとします。もちろん、その記事は、宣伝記事・売名記事・その他の百科事典としてふさわしくない記事ではないとします。

実は、その言語版の記事数が100万以下の場合は、この時点「 1 ppm」を達成です!

もしも、その言語版の記事数が200万以下の場合は、あと1つ別な記事を執筆して公開すれば達成です。仮に記事数が500万でも、実は合計で5つ記事を執筆して公開すれば達成なのです。案外少なく、結構簡単に達成できそうだと思いませんか?

Wikipediaは多言語のproject

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しかし、Wikipedia全体で考えると、Wikipediaには多数の言語版で作られているので、1 ppmは遠いと思われるかもしれません。そこで、次の外部リンクを見てみましょう。

これを見れば、盛んに閲覧される言語版は、数が限られていると判ります。ここで挙がる言語版が、主要な言語版と見る事も、1つの考え方でしょう。そして、盛んに閲覧されている言語版の記事の合計数の1 ppmなら、そんなに数は多くありません。

しかも、そもそも多数の言語版に作られた記事は、互いに重複しています。つまり、同じ事項について、別な言語で書かれているだけという記事が、かなり存在するのです。例えば、地球の記事を見てください。一体、何言語版に記事が有るでしょうか?

ですから、記事の実数で考えれば、その合計数の1 ppmは案外少なく、1 ppmなら充分に達成可能な数です。

翻訳もしてみよう

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もちろん、全ての記事が重複しているわけではありません。

もっとも、たった1つの言語版にしか無い記事は、世界的に見れば注目に値しない記事の可能性もあります。逆に言えば、複数の言語版に存在する事項の記事を、あなたが利用する頻度の高い言語のWikipediaへと翻訳する事も重要と言えます。

そしてWikipediaでは、ある言語版のWikipediaへと、他言語版のWikipediaから翻訳する事は、要約欄に「どの言語版の、どの版から翻訳を行ったのか」を明記すれば、認められているのです。

そうして、ある言語版には無かった記事を、他言語版からの翻訳で増やした場合でも、機械翻訳を使用しなければ、あなたが「記事を書いた」と見なされます。

機械翻訳ではなく、人間の力だけで実際に翻訳をしてみると判りますけれど、それぞれの言語には得手不得手が有り、さらに、自然な文章の語順や自然な説明の順序が言語によって異なるのです。ですから、機械翻訳のように、そのまま、まるでインタビューなどの同時通訳のように、冒頭から順番に翻訳しただけの場合、翻訳した記事は、翻訳先の言語において、実に不自然な記事に成り下がってしまいかねません。

そこで、人間が創造的に文章を再編する必要が有るのです。

さらに、翻訳元の記事の品質が高くないと感じた場合には、別な書物などを参照して補足する事も大切です。なお、何らかの補足を行った場合でも、要約欄に翻訳元が何なのかについては明記してください。それが翻訳をした際のWikipediaでのルールです。

複数の言語版に存在する事項の記事を「執筆」する

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また、翻訳しようと思った記事の品質が高くないと感じた場合には、そもそも翻訳をせずに、最初から新しく記事を執筆してしまう事も、有力な選択肢の1つです。これもWikipediaでは認められていますし、翻訳元が無いのですから、要約欄に何も書かなくても構いません。

ただ、この場合でも、要約欄に「翻訳はしていない」などと書いておくと、より良いです。そうすれば、翻訳でのルール違反を疑われて、不幸にも「削除されてしまう」といった事態を避けられるでしょう。何しろ、同じ事項について解説しているのですから、翻訳しなかったとしても、内容は似てくる場合も有るからです。さらに問題なのは、上述したような人間が創造的に文章を再編して補足もしながら翻訳を行った場合と、最初から新たに記事を執筆した場合とでは、余計に内容が似てくる可能性が有るからです。

いずれにしても、複数の言語版に存在する事項の記事を、翻訳したり、執筆したりすると、世界的に見て重要な記事が、一体何なのかが見えてきます。記事を執筆する際には、この視点も持つ事を、強く薦めます。

と言うのも、多言語に記事が存在する事項の記事ならば、ほぼ自動的に「百科事典としてふさわしくない記事ではない」という条件を満たせるからです。これで「百科事典にふさわしくない記事」として「削除されてしまう」事態も避けられます。そして何より、多言語に記事が存在は、世界的に見て重要な可能性が高いですから、その内容を知っておく事は、教養を広げる意味でも有用な可能性が高いのですから。

記事の執筆や、創造的な翻訳を行って作成した記事の内容は、そう簡単には忘れませんので。

結びに代えて

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これは、あくまで「百科事典としてふさわしい記事」を増やした場合の話ですけれど、たった1つの記事を増やしただけでも、意義深いという事は、忘れないでください。

自分で増やした記事が、1 ppmだったとして「たったのそれだけ」と思うかもしれません。しかし、特に多言語に記事が存在するような事項の記事は、誰かが他の記事を執筆したり翻訳したりする際にも役立つ事があります。さらに、別に執筆や翻訳をしなくとも、閲覧者の役に立つ事があります。

ところが、Wikipediaに記事数が足りないと、誰かの役に立つ確率は、低下します。ですから、Wikipediaには多くの記事が必要なのです。そして、記事の多さを実現するためには、1つ1つ記事を作成する以外に、方法が無いのです。

既存の記事の編集も結構ですし、品質の低い既存の記事を改善する取り組みも大切ですけれど、特に記事数が最多の言語版と比べて、記事数で圧倒的な差を付けられているとすれば、その言語版には、記事が足りていないと考える事が自然です。もし、記事数で圧倒的な差を付けられている言語版に関わっているのなら、極論すれば、既存の記事など編集している場合ではなく、新たに記事を執筆して増やす事の方が大切なのです。

自分の教養を広げるのにも役に立ち、誰かの役にも立つ確率を高める、記事の新規作成を行おうではありませんか。

関連項目

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