利用者:ざじずぜぞ/sandbox
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日枝神社 | |
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所在地 | 神奈川県川崎市中原区上丸子山王町1-1455 |
位置 | 北緯35度34分44.5秒 東経139度40分4.2秒 / 北緯35.579028度 東経139.667833度座標: 北緯35度34分44.5秒 東経139度40分4.2秒 / 北緯35.579028度 東経139.667833度 |
主祭神 | 大己貴神 |
社格等 | 村社 |
創建 | 大同4年(809年) |
別名 | 上丸子日枝神社、丸子山王日枝神社 |
地図 |
Lua エラー モジュール:Location_map 内、447 行目: 緯度の値が指定されていません。 |
日枝神社(ひえじんじゃ)は、神奈川県川崎市中原区にある神社。
歴史
[編集]809年(大同4年)に創建された。桓武天皇の皇子が近江国坂本の日吉大社から分霊を勧請したといわれている[1]。所在地の「上丸子山王町」という地名は当社に由来している[2]。
その後、1178年(治承2年)に平重盛によって再建された[1]。
当社は中世以来、社僧(神社の管理業務を行う僧侶)ではなく、専任の神職が在籍していた神社である。川崎市内では、他に川崎区の稲毛神社と宮前区の白幡八幡大神の2社の例があるのみであった[3]。
文化財
[編集]- 後北条氏の虎の印判状(丁亥八月十八日付)(川崎市重要歴史記念物 昭和50年12月26日指定)(縦31.8cm 横42.8cm)[4]
- 後北条氏の虎の印判状(庚寅三月十六日付)(川崎市重要歴史記念物 昭和50年12月26日指定)(縦31.6cm 横46.3cm)[5]
- 徳川氏奉行人(代官頭)連署奉書(文禄四年二月二十六日付)(川崎市重要歴史記念物 昭和57年9月28日指定)(縦31.0cm 横44.0cm)[6]
- 日枝神社本殿(川崎市重要歴史記念物 平成2年1月23日指定)[7](桁行12.6尺 梁行14.1尺)
- 山王権現社境内絵図(寛政二年戊年十一月)〔縦33.6cm 横48.0cm〕[8]
- 棟札(元文五(申・庚)歳五月大吉祥日)(縦93.8cm 横16.2cm 厚さ1.30cm)[8]
交通アクセス
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会 編『神奈川県の歴史散歩 上(歴史散歩14) 川崎・横浜・北相模・三浦半島』山川出版社、2005年