コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

与論町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
与論村から転送)
よろんちょう ウィキデータを編集
与論町
百合ヶ浜
与論町旗 与論町章
与論町旗 与論町章
1966年1月1日制定
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 鹿児島県
大島郡
市町村コード 46535-6
法人番号 7000020465356 ウィキデータを編集
面積 20.58km2
総人口 4,962[編集]
推計人口、2024年12月1日)
人口密度 241人/km2
隣接自治体

(海上を隔て)

町の木 ガジュマルクロキ
町の花 ハイビスカス
与論町役場
町長 田畑克夫
所在地 891-9301
鹿児島県大島郡与論町茶花1418番地1[1]
北緯27度02分54秒 東経128度24分53秒 / 北緯27.04844度 東経128.41486度 / 27.04844; 128.41486座標: 北緯27度02分54秒 東経128度24分53秒 / 北緯27.04844度 東経128.41486度 / 27.04844; 128.41486
地図
町役場位置
外部リンク 公式ウェブサイト

与論町位置図

― 市 / ― 町・村

ウィキプロジェクト
テンプレートを表示
与論島
与論町中心部

与論町(よろんちょう)は、鹿児島県の最南端にある与論島1島で1町を形成している。鹿児島の本土からは南方に563km、沖縄本島からは北方に23kmに位置する[1]大島郡に属す[1]

町勢に関する事柄以外は与論島を参照。

地理

[編集]
  • 島:与論島

隣接市町村(いずれも海上で隣接)

[編集]

人口

[編集]
与論町と全国の年齢別人口分布(2005年) 与論町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 与論町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
与論町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 7,096人
1975年(昭和50年) 6,971人
1980年(昭和55年) 7,320人
1985年(昭和60年) 7,222人
1990年(平成2年) 6,704人
1995年(平成7年) 6,210人
2000年(平成12年) 6,099人
2005年(平成17年) 5,731人
2010年(平成22年) 5,327人
2015年(平成27年) 5,186人
2020年(令和2年) 5,115人
総務省統計局 国勢調査より


地名

[編集]
  • 朝戸
  • 麦屋
    • 城(ぐすく)
    • 西区
    • 東区
  • 茶花
  • 那間
  • 古里
  • 立長

歴史

[編集]

近現代

[編集]
旧与論町役場

平成の大合併

[編集]

隣の沖永良部島にある知名町和泊町と三町での合併の枠組みが検討されたが、2003年の住民投票によって町民の9割近くが合併に反対し、合併協議会を離脱。単独での生き残りを模索する事となった。

行政

[編集]

経済

[編集]

酒造

[編集]
  • 有村酒造株式会社(茶花) - 町内唯一の酒造メーカー。銘柄に奄美黒糖焼酎の「有泉」(ゆうせん)、「ヨロン島」など。

酪農

[編集]
  • ヨロンアイランドビーフ(茶花)

金融機関

[編集]

郵便

[編集]

(2013年10月現在)

与論町の郵便番号は、891-93xxである。

  • 日本郵便
    • 与論郵便局(茶花) - 郵便窓口は土曜(9:00~15:00)・休日(9:00~12:30)も開設。
    • 朝戸郵便局(朝戸)
    • 那間簡易郵便局(那間)

姉妹都市・提携都市

[編集]

姉妹都市が国内に3市町、国外に1件ある[4]

日本国内

[編集]
  • 鹿児島県の旗 錦江町(鹿児島県)
    • 1969年(昭和44年)6月7日 - 旧田代町と姉妹盟約締結[5]
    • 2006年(平成18年)6月7日 - 錦江町と姉妹盟約締結
第二次世界大戦後の1946年、満洲から引き揚げた与論開拓団が田代村(当時)に入植した縁[6]。2005年の錦江町発足後、入植60周年の記念の年でもある2006年に改めて姉妹盟約を締結。
  • 長崎県の旗 南島原市(長崎県)
    • 1969年(昭和44年)3月 - 旧口之津町と姉妹町協定締結[7]
    • 2006年(平成18年)6月7日 - 南島原市が姉妹盟約締結
1899年(明治32年)より与論からの集団移住が行われた縁[7]与論島は1898年(明治31年)の台風で壊滅的な被害を受けて飢饉に見舞われたため、多くの島民が港湾労働者募集に応じ、口之津(当時口之津港三池炭鉱の石炭を積み出す日本最大の石炭積出港であった)に移住した[8](その後三池港が整備されると、与論出身者は大牟田(福岡県)・荒尾(熊本県)へと移住していく[8])。中学校の修学旅行やスポーツ行事などを通じての交流が行われている[7]。移住の歴史を記憶・記念する施設として、口之津の「口之津歴史民俗資料館・海の資料館」には「与論館」が設けられており、与論島のサザンクロスセンターには関連展示が、地主神社には「口之津移住開拓民之碑」がある。
  • 沖縄県の旗国頭村(沖縄県)
    • 2022年(令和4年)11月21日 - 国頭村と姉妹都市盟約締結

日本国外

[編集]
  • ギリシャの旗 ミコノス市(ギリシャ)
    • 1984年(昭和59年)11月14日 - 姉妹都市提携[9]
1983年(昭和58年)に与論島の観光地としてのグレードアップ等を目指して提携先探しが行われ、ミコノス島が提携先となった[10]与論町立与論中学校には「ギリシャ神殿風」の体育館があり、与論島には「ミコノス通り」がある[11]

教育

[編集]

小学校

[編集]

中学校

[編集]

高等学校

[編集]

交通

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d 与論町”. 鹿児島市町村会. 2024年8月18日閲覧。
  2. ^ “与論町役場新庁舎が完成 1月6日開庁へ”. 南海日日新聞. (2019年12月29日). https://www.nankainn.com/news/gvmnt-admin/%E4%B8%8E%E8%AB%96%E7%94%BA%E5%BD%B9%E5%A0%B4%E6%96%B0%E5%BA%81%E8%88%8E%E3%81%8C%E5%AE%8C%E6%88%90%E3%80%80%EF%BC%91%E6%9C%88%EF%BC%96%E6%97%A5%E9%96%8B%E5%BA%81%E3%81%B8 2024年8月18日閲覧。 
  3. ^ 漂着軽石、山積み2m超…回収しても「終わりが見えない」”. 読売新聞 (2021年12月29日). 2021年12月29日閲覧。
  4. ^ 姉妹都市”. 与論町. 2020年1月10日閲覧。
  5. ^ 錦江町との姉妹盟約の経緯”. 与論町. 2020年1月10日閲覧。
  6. ^ 錦江町長 野元良一氏 あいさつ”. 与論町. 2020年1月10日閲覧。
  7. ^ a b c 口之津町・与論町 姉妹町協定”. 与論町. 2020年1月10日閲覧。
  8. ^ a b 与論島民の三池移住”. 朝日新聞掲載「キーワード」(コトバンク). 2020年1月10日閲覧。
  9. ^ 与論町・ミコノス”. 姉妹(友好)提携情報. 自治体国際化協会. 2020年1月10日閲覧。
  10. ^ 姉妹盟約までの経緯”. 与論町. 2020年1月10日閲覧。
  11. ^ 姉妹盟約締結後の活動”. 与論町. 2020年1月10日閲覧。

外部リンク

[編集]