プブリウス・コルネリウス・アルウィナ
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プブリウス・コルネリウス・アルウィナ Publius Cornelius Arvina (P. Cornelius A .f. P. n. Arvina) | |
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出生 | 不明 |
死没 | 不明 |
出身階級 | パトリキ |
氏族 | コルネリウス氏族 |
官職 |
執政官(紀元前306年、288年]) ケンソル(紀元前294年) |
プブリウス・コルネリウス・アルウィナ(ラテン語: Publius Cornelius Arvina, 生没年不詳)は共和政ローマのパトリキ出身の政治家・軍人。生涯に2度執政官(コンスル)を務めた。
経歴
[編集]紀元前306年、執政官に選出されると、サムニウム人と戦いカラティアとソーラを陥落させた[1]。
紀元前294年、紀元前310年の執政官ガイウス・マルキウス・ルティルス・ケンソリヌスと共にケンソルに就任し[2]、戸口調査を行った。ローマの人口は262,321人であった。リウィウスによると、彼らは26組目のケンソルであるという[3]。
紀元前288年には二度目のコンスルを前回と同じクィントゥス・マルキウス・トレムルスとのコンビで務めている[4]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- ティトゥス・リウィウス『ローマ建国史』。
- T. R. S. Broughton (1951, 1986). The Magistrates of the Roman Republic Vol.1. American Philological Association
関連項目
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公職 | ||
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先代 アッピウス・クラウディウス・カエクス、 ルキウス・ウォルムニウス・フランマ・ウィオレンス |
ローマの執政官(コンスル) 紀元前306年 同僚 クィントゥス・マルキウス・トレムルス |
次代 ルキウス・ポストゥミウス・メゲッルス、 ティベリウス・ミヌキウス・アウグリヌス |
先代 マルクス・ウァレリウス・マクシムス・コッリヌス、 クィントゥス・カエディキウス・ノクトゥア |
ローマの執政官(コンスル) 紀元前288年 同僚 クィントゥス・マルキウス・トレムルス |
次代 マルクス・クラウディウス・マルケッルス、 ガイウス・ナウティウス・ルティルス |