パンセの諸版
ブレーズ・パスカルの遺著『パンセ』は、フランス本国でも多くの版が出ている。
主要な版と、作成されるに至った経過を解説する。
パスカル死去時の自筆原稿
[編集]ポール=ロワイヤル版への序文から(塩川訳[1] )
パスカル氏が宗教についての著作の構想を練っていたことを周囲の人々は知っていたので、氏が亡くなった後、彼らは氏がこの主題について書き残したすべての文書を細心の注意を払って寄せ集めた。それらはすべて紐で結わえたさまざまの束にまとめられたものとして見つかったが、そこにはいかなる順序もつながりもなかった。というのも、すでに述べたように、それは氏の思索の最初の表現、それが頭に浮かぶのに応じて、小さな紙片に書きつけたものにすぎなかったからだ。そして全体はあまりにも不完全で、筆跡もひどく読みにくかったので、その解読にはこの上ない苦労があった。
人々が最初におこなったのは、文書をそれがあるがままに、見出されたときと同じ混乱状態において筆写させることであった。しかしそれが写本となり、原本に比べて読みかつ検討するのが容易になってみると、それはあまりにも雑然として脈絡がなく、大部分の文章にはあまりに説明が欠けていたので、たいそう長い間、それを出版しようという考えはまったく出てこなかった。
この序文は匿名だが、パスカルの姉ジルベルト・ペリエの手紙から、彼女の長男エチエンヌ・ペリエ (1642-80) の執筆と判明している。
編集史
[編集]1662年 | パルカル、ペリエ家(姉ジルベルトの嫁ぎ先)で死去。
姉ジルベルト・ペリエ(1620-1687) が文書を相続。以後、ペリエ家が『パンセ』編集の中心となる。 |
1660年代前半 | 自筆原稿を清書しなおした第1、第2写本完成。 |
1670年, 1678年 | ポール=ロワイヤル版出版。ポール=ロワイヤル修道院で編集。テーマ別。 |
1711年 | ジルベルトの第5子ルイ・ペリエ (1651-1713) が、肉筆原稿の散逸を防ぐため、台紙にのりづけして「自筆原稿集」を作成。サン=ジェルマン=デ=プレ教会図書館に寄託。 |
1842年 | ヴィクトル・クザン (1792-1867) が、王立図書館に移っていた自筆原稿集を検討。ポール=ロワイヤル版は編者による改竄が多いと批判。 |
1844年 | フォジェール版出版。プロスペル・フォジェール (1810-1887) は、王立図書館の自筆原稿集から校訂しなおした。以後原文尊重の版が多種出版される。 |
1897年 | ブランシュヴィック版出版。レオン・ブランシュヴィックは、彼が決めたテーマ別14章で編集。これが20世紀には世界で一番翻訳された。 |
1938年 | トゥルヌール版出版。ザカリー・トゥルヌールは、国立図書館に残る第1写本が、ポール=ロワイヤル版序文が言うところの直接の写本であると提唱し、それに従った順序で編集。 |
1947年, 1951年 | ラフュマ版出版。ルイ・ラフュマは、トゥルヌールの説に賛同し、第1写本準拠で編集をより充実させた。 |
1976年 | セリエ版出版。フィリップ・セリエは、第2写本は第1写本より善本であるとして、こちらの順序に従った。 |
自筆原稿集
[編集]書誌事項
[編集]国立図書館蔵 手写本部 9202号。 A-Eの付録文+498pp. 430×280mm 緑色の羊皮紙製本
パスカル自身の筆跡ではない、口述筆記の断章も含む。
- Gallica 2012年公開分 代替文書からスキャン。奇数ページのみ1ページずつ、計283ページ収録。
- Gallica 2014年公開分 オリジナルからスキャン。見開き2ページずつ全ページ収録。ビューワーソフトでページ数も表示される。
来歴
[編集]パスカルの死後、自筆原稿は紐を使って60余の紙束に閉じられた状態で発見された。パスカルの姉ジルベルトが嫁ぎ先ペリエ家で保存。 ジルベルト死去(1687年)後、第5子ルイ・ペリエが相続した。
パスカル死後50年の時点で、すでに1割近くの文書が散逸していたとみられる。ルイは自筆原稿を430×280mmの台紙に張り付けて、それ以上の散逸をふせいだ。 ただし、それまでも原稿断章間の順序は混乱していたようだが、この糊付け作業で、さらに順序がわからなくなった。
1711年、仮綴じ状態でサン=ジェルマン=デ=プレ教会図書館に寄託。1731年以後同図書館で製本。 革命後の1795年から、王立図書館(現国立図書館)が管理 [注 1]。
- 自筆原稿および主要写本の来歴は、DescotesとProust によるWeb "Pensees de Pascal"で一覧できる。
第1・第2写本の共通点
[編集]筆写者
[編集]第1、第2写本とも主要な筆写者は同一人物で、つづりの特徴から職業筆写家とみられる。
ファイル
[編集]この両写本は、原則として、4の倍数のページ単位からなる「ファイル」の集合となっている。 一般に本を作成するとき、1回折りの折り丁で4ページできる。 1つのファイル内の記事が、ちょうど4の倍数のページ量にならなければ、1-3ページの空白ページができる。原則としてこれを境界とみてファイル群の区別ができる。
「目次」
[編集]両写本とも「目次」(内容の一覧表)を含む。第1写本では2個所、第2写本では1個所。 この「目次」にある表題をもつファイル群が27、「目次」の表題をもたないファイル群が34または35あり、塩川は前者をAファイル、後者をBファイルと呼んだ[1]。以下にはその名称を使う [注 2]。
「目次」はパスカルが作成したのか?
[編集]「目次」の自筆原稿は現存しないため、この「目次」はパスカルの意図を反映しているか論争されてきた。
- 「目次」も本文と同一の筆写家が書いている。これは元原稿があったが、失われた可能性を示唆する。
- 第1写本に2個所、第2写本の1個所の「目次」は、「
民衆の意見の健全さ」と一度書いて横線で引いて消してある事が、3つとも同じである。
そこでパスカル自身の原文がかつて存在し、それを横線をふくめて忠実に写したとみられる [注 3]。
第1写本
[編集]書誌事項
[編集]フランス国立図書館所蔵 手写本部 9203号。目次を除いて本文472pp. (合計496pp.) 350×230mm 半綴じ
- Gallica 2009年公開分 オリジナルから1ページずつスキャン。ビューワーソフトがページ数を表示。
- Gallica 2021年公開分 代替文書から1ページずつスキャン。ビューワーソフト上でページ数は計算が必要。
来歴
[編集]ドン・タッサン の『Saint-Maur修道会の文学史 (1770)』(1959年にラフュマが引用)が記載している。
パスカルの姉ジルベルトは1687年死去。第3子(次女)のマルグリッド・ペリエ (1646-1733) が相続。1715年か1723年頃、マルグリッドが、いとこでサン=ジャン=ダンジェリのベネディクト会修道院長のジャン・ゲリエ (Jean Guerrier, 1664?-1731) へ寄贈。1731年ゲリエが死に、サン=ジェルマン=デ=プレ図書館に寄託。 1795年国立図書館へ。
以下のジャン・ゲリエの記載が第1写本の冒頭にある。
私が死んだら、このノートをサン=ジェルマン=デ=プレに送って、サン=ジェルマン=デ=プレに寄託されている原本を読みやすくしてください。1723年4月1日サン・ジャン・ダンジェリ修道院で作成。ジャン・ゲリエ
構成
[編集]ファイルは、塩川の用語で、目次, A1-27, 目次その2, B1-34 の順。
制作意図・制作時期
[編集]「人々が最初におこなったのは、文書をそれがあるがままに、見出されたときと同じ混乱状態において筆者させることであった。」 というポール=ロワイヤル版序文の記録を反映する、現在に残る最初の写本。 ポール=ロワイヤル版編集に使われたので、1660年代の筆写は確実。ジャン・メナールによれば1662-3年[2]。
追記加筆
[編集]筆写家の文章以外に多数の追記加筆があり、大きく2種に分けられる[3]。
- 自筆原稿の解読過程での加筆
- ポール=ロワイヤル版出版のための編集文
後者はパスカルの原文をあえて改変した文である。 筆跡から推定すると、主に下記3人で分業した [4]。
- アルノー A7,15,16,18,B2
- ニコル A2,3,10,13,24,B16
- エチエンヌ A9,19,26,B3,4,5,19,23,24,25,26,28,30,33
出版作業時点では各ファイルはまだばらばらだった可能性がある。
製本時期
[編集]上記のように、ポール=ロワイヤル版編集作業時点では、各ファイルは別々だったとすると、仮綴じされたのは、同版の編集作業が終了した1670年前後か、それ以後。 すでに清書写本として第2写本ができていたとすると、仮綴じを急ぐ必然性はなく、ゲリエに寄贈された時点でもばらばらだった可能性もある [注 4]。
ラフュマによれば、現型に製本されたのは1731年にサン=ジェルマン=デ=プレ教会に寄贈された後。
ファイルの順序を決めたのは誰か?
[編集]仮綴じ時期を特定できないため、代々の所有者すべてに可能性がある。つまり長男エチエンヌ、母ジルベルト、3子マルグリッド、寄贈されたジャン・ゲリエ。ただしペリエ家の人々は、すでに第2写本を所有していたならば、あえてそれと違う順序でこちらを仮綴じしたとは、やや考えづらい。もっとも可能性があるのはジャン・ゲリエか [注 5]。
第2写本
[編集]書誌事項
[編集]国立図書館所蔵 手写本部 12449号。 全920pp. (ただしパンセの第2写本に相当するのは、その前半の、目次+本文531pp.)330×232mm 牛皮製本
- Gallica 2013年公開分 オリジナルから1ページずつスキャン。ビューワーソフトでページ数が明らか。ただしpp.201-239はスキャン欠落。
- Gallica 2021年公開分 代替文書から2ページずつスキャン。全ページスキャンされているが、ソフト上でページ数は計算が必要。
来歴
[編集]ピエール・ゲリエ(Pierre Guerrier, 1696-1773) 神父の回想録が参考資料。
パスカルの姉ジルベルトは1687年死去。第3子マルグリッドが相続。マルグリッドは1723年頃にクレルモンのオラトリオ会図書館に寄贈。それを1936年以後にピエール・ゲリエ(ジャン・ゲリエの甥)個人が所有した。 ゲリエは1773年に死去し、1779年に王立図書館へ寄贈された。
構成
[編集]- ファイルの順序が第1写本と異なる。目次, B1, A1-27, B35, B32-34, B23-31, B21-22, B20, B2-19 の順。
- 第1写本にないB35ファイルをふくむ。これは単なる第1写本の写しではないことを示す。
- 原則として各ファイルのページは別々だが、一つのページ内で、あるファイルが終了後、続けて次のファイルが始まる場合がある。p.102でA11からA12、p.129でA15からA16、p.433でB3からB4。(およびピエール・ゲリエの筆写とみられる部のpp.400,401)
第1写本との筆写関係
[編集]第1写本に原文判読の苦労のあとがある多くの場所は、第2写本できれいに書き直されている[5]。つまり第1写本(またはメナールの言うゼロ写本)から第2写本への筆写が推定される。
ただし単なる第1写本の写しではない。
- B35ファイルがある。
- 第1写本に「次の同一語までの見落とし」があり、第2写本ではなおっている個所がある[注 6]。
これを説明するため、メナールは「ゼロ写本」から第2写本に写されたと考えた[2] [注 7] 。他に、田辺の指摘[7]のように、筆写家が自筆原稿を再読して書き直した可能性もある。
制作時期・制作意図
[編集]- おおよそ第1写本(またはゼロ写本)の写しであるので、自筆原稿の解読校正作業が終了した時以後。
- 第1写本内の加筆のうち、ポール=ロワイヤル版発行のための文章の改変は反映されていないので、それが行われる以前。
上記の制作時期が推定されるため、第1写本がパスカルの原文の一応の完成原稿となった時点で、清書として作られた可能性が考えられる。
追記加筆
[編集]- 第1写本に比べて加筆は少なく、校訂者はほぼ一人で、エチエンヌ・ペリエとされる。
- pp.399-402(および第2写本が終わったあとの、pp.539-554のB19の複写)は別人(ピエール・ゲリエとされる)の筆写となっている。
製本時期
[編集]第2写本は『パンセ』とは無関係な文書を後ろにふくめて製本されている。現在の形に製本したのはピエール・ゲリエの所有後であり、1730年代以後とみられる。
ファイルの順序を決めたのは誰か?
[編集]筆写終了後まもなく、正式な製本はされなくとも、仮綴じはされたはずである。 ポール=ロワイヤル版編集の分業体制から、B群ファイルを一番読み込んでいたとみられるのはエチエンヌ・ペリエである。かつ清書写本をペリエ家に保存することを企図する人物としても、彼は有力候補である [注 8]。
両写本のファイルとページ数
[編集]両写本の各ファイルのページ数を示す。 以下のAファイルの題は「目次」の題(塩川訳[1])。Bファイルの題は塩川による仮題。
ファイル | 第1写本 | 第2写本 |
---|---|---|
目次 | 0 | 0 |
A1 順序 | 1-3 | 13-15 |
A2 むなしさ | 5-14 | 17-32 |
A3 みじめさ | 15-23 | 33-42 |
A4 倦怠 | 27 | 45 |
A5 |
31-36 | 47-56 |
A6 偉大さ | 37-41 | 57-61 |
A7 矛盾 | 45-52 | 65-74 |
A8 気晴らし | 53-60 | 75-84 |
A9 哲学者 | 61-62 | 85-87 |
A10 最高善 | 65-66 | 91-93 |
A11 A・P・R | 69-75 | 95-102 |
A12 始まり | 77-80 | 102-105 |
A13 理性の服従と使用 | 81-84 | 107-111 |
A14 優越 | 85-86 | 111-113 |
A15 移行 | 89-101 | 115-129 |
自然は損なわれている (これは対応ファイルなし) | ||
A16 他宗教の誤り | 105-110 | 129-136 |
A17 愛すべき宗教 | 113 | 139 |
A18 基礎 | 117-122 | 143-149 |
A19 表徴としての律法 | 125-140 | 151-168 |
A20 ラビの教え | 141-144 | 171-174 |
A21 永続性 | 145-149 | 175-179 |
A22 モーセの証拠 | 153-154 | 183-185 |
A23 イエス・キリストの証拠 | 157-164 | 187-194 |
A24 預言 | 165-172 | 197-206 |
A25 表徴 | 173 | 207 |
A26 キリスト教の道徳 | 177-182 | 209-215 |
A27 結論 | 185-187 | 217-219 |
目次その2 | 189 | |
B1 総覧 | 191-199 | 1-10 |
B2 護教論的論説 1 賭 | 201-208 | 411-418 |
B3 護教論的論説 2 宗教的無関心の反駁 | 209-220 | 419-433 |
B4 護教論的論説 2の2 | 221-222 | 433-435 |
B5 護教論的論説 3 堕落と贖い | 225-232 | 437-445 |
B6 ユダヤ人の状態 1 | 233-234 | 447-449 |
B7 ユダヤ人の状態 2 | 237 | 451 |
B8 ユダヤ人の状態 3 | 241-244 | 455-459 |
B9 ユダヤ人の状態 4 | 245-246 | 461-463 |
B10 ユダヤ人の状態 5 | 249 | 465 |
B11 堕落 | 253-258 | 469-475 |
B12 預言 1 | 259-265 | 477-484 |
B13 預言 2 | 267-268 | 485-486 |
B14 預言 3 | 271-277 | 489-497 |
B15 預言 4 | 279-283 | 499-504 |
B16 預言 5 | 285-286 | 507-509, 400 |
B17 預言 6 | 289-297 | 511-520 |
B18 預言、ユダヤ人の状態など | 301-303 | 523-525 |
B19 表徴 | 305-309 | 527-531 |
B20 権威と信仰など | 313-314 | 405-407 |
B21 幾何学の精神と繊細の精神 1 | 317-318 | 401 |
B22 幾何学の精神と繊細の精神 2 | 321-323 | 401-404 |
B23 雑纂 | 325-346 | 275-300 |
B24 雑纂 2 | 349-361 | 303-318 |
B25 雑纂 3 | 365-384 | 321-344 |
B26 雑纂 4 | 385-398 | 347-373 |
B27 雑纂 5 | 401-408 | 375-383 |
B28 雑纂 6 | 409-413 | 385-390 |
B29 雑纂 7 | 417-423 | 391-398 |
B30 雑纂 8 | 425-428 | 399 |
B31 雑纂 9 | 429-430 | 400-401 |
B32 奇跡 1 バルコスへの質問状 | 435-437 | 229-232 |
B33 奇跡 2 | 439-454 | 235-253 |
B34 奇跡 3 | 455-472 | 254-273 |
B35 エズラの作り話 | 221-228 |
どちらの写本のファイル順序がパスカルの意図に近いのか?
[編集]どちらの順序がパスカルの意図に近いか、決定する事はできない[2]。内容としてはどちらでも不自然ではない [注 9]。
その他の写本
[編集]ペリエ写本
[編集]パスカルの姉ジルベルトの第5子、ルイ・ペリエが作成。 第1・第2写本作成時に、個人的な性質が強いとして除外された自筆原稿を集成。 この写本自体は失われたが、その写しを1944年にラフュマが入手、『パスカルの未刊の三断章』として発表。
- ラフュマ913-948(セリエ742-769)分は自筆原稿あり。
- ラフュマ978-982(セリエ743-782)分は自筆原稿なし。
ゲリエ写本
[編集]マルグリッド・ペリエが所蔵していた文書などは1723年頃、クレルモンのオラトリオ会図書館に寄贈された。 同会士のピエール・ゲリエが作成した写本。 そのうち一つの写し(テメリクール嬢写本)は国立図書館蔵 手写本部 12988号。
- ラフュマ983-993(セリエ804-812) (パスカルの自筆原稿はない)
ジョリ・ド・フルーリー草稿
[編集]ジョリ・ド・フルーリー (1675-1756) の蔵書のうち、国立図書館 手写本部 2466号 内の記事。 「印刷刊行されるべきパンセ」の表題あり。ポール=ロワイヤル1678年版に採用計画があったらしい。 メナールが発見し、1962年に『未刊のパスカルの作品』として発表。
- ラフュマ III-XV(セリエ772-785) (パスカルの自筆原稿はない)
主要刊本
[編集]ポール=ロワイヤル版
[編集]ポール=ロワイヤル修道院の神学者アントワーヌ・アルノー (1612-1694)、ピエール・ニコル (1625-95) 、パスカルの甥エチエンヌらが編集。1669年に約30部の限定版、1670年に一般向けの初版を出版。「パンセ」という通称もこれにより決まった。
ポール=ロワイヤルとジェズイット教会(イエズス会)との1650年代の激論のあとであり、出版許可を得るため、ジェズイット教会を刺激しないよう、パスカルの大胆な言葉は除き、加筆修正した。
1678年には、エチエンヌ・ペリエが主となって、40断章を加え、32章439断章て再版。 19世紀前半までは主にこの版で読まれた。
- Gallica 1670年版 1月2日発刊とされる2種の版の1つ
- Gallica 1678年版
ブランシュヴィック版
[編集]レオン・ブランシュヴィック (1869-1944) は哲学者。 自筆原稿を重視した校訂後に、彼が考えたテーマ別の配列で14章に分け、通し番号をつけた。
- 1897年 Hachette社から出版。
- 1904年 同社『フランス大作家叢書』のパスカルの部に再版。
これは20世紀に世界で愛された標準版になった。
- Gallica 1904年版の第1巻 解説と断章1-81
- Gallica 1904年版の第2巻 断章82-555
- Gallica 1904年版の第3巻 断章556-956
代表的な日本語訳
[編集]- 由木康訳 白水社 (1938)
- 津田穣訳 新潮社 (1950)
- 松浪信三郎訳 河出書房 (1955)・筑摩書房 (1958)
- 前田陽一、由木康訳 中央公論社 (1966)
- 田辺保訳 角川文庫 (1968)
ラフュマ版
[編集]ルイ・ラフュマ (1890-1964) は、本業は製紙業の在野学者。
1938年のトゥルヌールの、第1写本こそ最初の写本である、第2写本はその写しであるという説を受け継いだ。 また「目次」を手がかりに、第1写本の順序はパスカルの意図を反映するとして編集した。
2種類の刊本
[編集]- Delmas社版 初版1947年。 Bファイルの断章のうち、意味がAファイルに近いものは、Aファイル群に含めて編集。
- Luxembourg社版 初版1951年。第1写本の形式で、AファイルとBファイルをわけて編集。
日本語訳
[編集]- 田辺保訳 パンセ:ルイ・ラフュマ版による 新教出版社 1966 (デルマス社版に準拠)
- 松浪信三郎訳 定本パンセ 講談社文庫 1971
- 田辺保訳 パスカル著作集 6,7 教文館 1981,1982
- 塩川徹也訳 パンセ[注 10] 岩波文庫 2015-2016
セリエ版
[編集]フィリップ・セリエ (1931- ) はパリ第4大学ソルボンヌ大学の名誉教授。 メナールの研究[2]をうけ、第2写本が1670年頃の完成型写本であるとして、それに従った版。
- Blaise Pascal. Pensees. per Philippe Sellier, Paris, Mercure de France, 1976 (改版多数。2023年時点でセリエ版の日本語訳はない。)
各版断章の対照表
[編集]各ファイルの冒頭と終わりの断章、およびブランシュヴィック版の冒頭断章をあげ、 ラフュマ版(1963年版)、セリエ版(2000年のG. Ferreyrollesの注釈版)、ブランシュウィック版の章と通し番号、自筆原稿集内のページ数を対比し、訳文冒頭を記した。 「考える葦」「クレオパトラの鼻」といった有名断章なども含めた。 表の初期状態は塩川訳岩波文庫[1]の『パンセ』の配列順。
各版の番号対照表と冒頭訳文は塩川[1]に、自筆原稿ページ数は田辺[7]によったが、 各版の対応や原文の校訂は、Descotes と ProustによるWeb "Pensees de Pascal"で詳細に確認できる。
ファイル | ラフュマ | セリエ | ブランシュヴィック | 自筆原稿集 | 冒頭文 |
---|---|---|---|---|---|
「目次」 | - | S1[注 11] | - | - | 順序 むなしさ みじめさ 倦怠 |
A1 順序 | |||||
A1 | L1 | S37 | 9 B596 | 27 | 「詩編」はあまねく大地でうたわれる。 |
A1 | L4 | S38 | 3 B184 | 29 | 神を探究するように促すための手紙。 |
A1 | L6 | S40 | 2 B60 | 25 | 第一部 神なき人間の悲惨。第二部 神と共にある人間の至福。 |
A1 | L9 | S43 | 5 B291 | 25 | 不正についての手紙の中で取り上げることとして、 |
A1 | L12 | S46 | 3 B187 | 27 | 順序 人々は宗教を軽蔑し、憎み、 |
A2 むなしさ | |||||
A2 | L13 | S47 | 2 B133 | 83 | 似かよった二つの顔。 |
A2 | L52 | S85 | 6 B388 | 23 | 良識 彼らは追い詰められて、 |
A3 みじめさ | |||||
A3 | L53 | S86 | 7 B429 | 23 | 人間の卑しさ。獣に服従し、獣をあがめるまでに。 |
A3 | L66 | S100 | 5 B326 | 70 | 不正 法律は正しくないと民衆に言うのは危険だ。 |
A3 | L76 | S111 | 2 B73 | 70 | |
A4 倦怠および人間の基本的性質 | |||||
A4 | L77 | S112 | 2 B152 | 75 | 思い上がり 好奇心はたいてい虚栄にすぎない。 |
A4 | L79 | S114 | 2 B128 | 469 | 倦怠を感じるのは、夢中になっていたことから |
A5 現象の理由 | |||||
A5 | L80 | S115 | 5 B317 | 406 | 尊敬とは、「窮屈な思いをせよ」ということだ。 |
A5 | L104 | S136 | 5 B322 | 397 | 貴族とはなんと大きな特典だろう。 |
A6 偉大さ | |||||
A6 | L105 | S137 | 6 B342 | 229 | もし獣が本能で行うことを知性で行っていたとしよう。 |
A6 | L111 | S143 | 6 B339 | 222 | 手足も頭もない人間を私は思い描くことができる。 |
A6 | L118 | S150 | 6 B402 | 405 | 人間の偉大さは欲心のただ中にさえ現れる。 |
A7 矛盾 | |||||
A7 | L119 | S151 | 6 B423 | - | 人間の卑しさと偉大さを示した後で。 |
A7 | L131 | S164 | 2 B170 | 257 | 懐疑論者たちの議論の威力は、 |
A8 気晴らし | |||||
A8 | L132 | S165 | 2 B170 | - | 「もし人間が幸せならば、 |
A8 | L139 | S171 | 2 B143 | 217 | 気晴らし 人々は子供のときから、 |
A9 哲学者 | |||||
A9 | L140 | S172 | 7 B466 | 197 | たとえエピクテトスが道を完璧に見出したとしても |
A9 | L146 | S179 | 6 B350 | 255 | ストア哲学者たち 彼らはこう結論する。 |
A10 最高善 | |||||
A10 | L147 | S180 | 6 B361 | - | 最高善をめぐる争い きみが自分自身に満足し |
A10 | L148 | S181 | 7 B425 | 377 | 第二部 人間は信仰なしには真の善も正義も |
A11 A.P.R | |||||
A11 | L149 | S182 | 7 B430 | 317, 318, 321, 322, 325, 326, 57 | A・P・R 始まり 不可解さを解きほぐした後で |
A12 始まり | |||||
A12 | L150 | S183 | 3 B226 | 25 | 不信の徒たちは、理性に従うと公言している |
A12 | L166 | S198 | 2 B183 | 27 | 私たちは、目の前に何か目隠しを置いて、 |
A13 理性の服従と使用 | |||||
A13 | L167 | S199のTitle | 4 B269 | 247 | 理性の服従と使用、そこに真のキリスト教がある。 |
A13 | L168 | S199 | 3 B224 | 402 | 「聖体の秘跡など信じられない、云々。」 |
A13 | L188 | S220 | 4 B267 | 247 | 理性の最後の歩みは、自らを越えるものが |
A14 この神の証明方法 | |||||
A14 | L189 | S221 | 7 B547 | 151 | イエス・キリストによる神。 |
A14 | L192 | S225 | 7 B527 | 416 | おのれのみじめさを知らずに |
A15 人間の認識から神への移行 | |||||
A15 | L193 | S226 | 2 B98 | 61 | 先入観は誤りに導く。 |
A15 | L198 | S229 | 11 B693 | 1 | H5 人間の盲目と悲惨を目にして、 |
A15 | L200 | S231, 232 | 3 B206 | 63 | H3 人間は一本の葦にすぎない。 |
A15 | L202 | S234 | 7 B517 | 63 | 心慰めるがよい。きみは自分を当てにして、 |
A16 他宗教の誤り | |||||
A16 | L203 | S235 | 9 B595 | 467 | 他宗教の誤り マホメットには権威がない。 |
A16 | L220 | S253 | 7 B468 | 465 | 他のいかなる宗教も自分を憎むことを |
A17 宗教を愛すべきものにする | |||||
A17 | L221 | S254 | 12 B774 | 227 | イエス・キリストは万人のため。 |
A17 | L222 | S255 | 12 B747 | 227 | 肉的なユダヤ人と異教徒は悲惨な状況にある。 |
A18 宗教の基礎および反論への返答 | |||||
A18 | L223 | S256 | 8 B570 | 45 | 「表徴」の章に収められているが、 |
A18 | L244 | S277 | 3 B228 | 45 | 無神論者の反論 「しかし私たちにはいかなる |
A19 律法は表徴的であった | |||||
A19 | L245 | S278のTitle | 10 B647 | 29 | 律法は表徴的であった。 |
A19 | L246 | S278 | 10 B657 | 19 | ユダヤ民族とエジプト民族は、 |
A19 | L274 | S305 | 10 B642 | 45 | 2つの聖書を同時に証明する |
A19 | L276 | S307 | 10 B691 | 31 | 愚かしいおとぎ話をする人が二人いて、 |
A20 ラビの教え | |||||
A20 | L277 | S308 | 9 B635 | 202 | ラビの教えの年代 引用頁は、 |
A20 | L278 | S309, 310 | 7 B446 | 267 | 原罪について ユダヤ人は原罪のことを |
A21 永続性 | |||||
A21 | L279 | S311 | 10 B690 | 247 | ダビデあるいはモーセの一言、たとえば |
A21 | L289 | S321 | 9 B608 | 255 | 肉的なユダヤ人はキリスト教徒と異教との |
A22 モーセの証拠 | |||||
A22 | L290 | S322 | 9 B626 | 491 | もう一つの丸 族長たちはきわめて長寿であったが、 |
A22 | L297 | S328 | 11 B702 | 491 | 自分たちの律法に対するユダヤ民族の熱意。 |
A23 イエス・キリストの証拠 | |||||
A23 | L298 | S329 | 4 B283 | 59 | 秩序。聖書に秩序がないという反論に対して。 |
A23 | L322 | S353 | 12 B802 | 489 | 使徒たちは、だまされたのでなければ、だましたのだ。 |
A24 預言 | |||||
A24 | L323 | S354 | 12 B773 | - | イエス・キリストによるユダヤ人と異邦人の滅亡。 |
A24 | L348 | S380 | 11 B718 | 270 | ダビデの血統の永遠の統治、「歴代誌下」。 |
A25 個別の表徴 | |||||
A25 | L349 | S381 | 10 B652 | 15 | 個別の表徴 二重の律法、律法の二重の板、 |
A25 | L350 | S382 | 9 B623 | 19 | |
A26 キリスト教の道徳 | |||||
A26 | L351 | S383 | 7 B537 | 412 | キリスト教は奇妙千万だ。 |
A26 | L376 | S408 | 7 B484 | 419 | 二つの掟があれば、それだけで、キリスト教国家全体を |
A27 結論 | |||||
A27 | L377 | S409 | 4 B280 | 489 | 神を知ることから愛することまで、何と遠いのだろう。 |
A27 | L382 | S414 | 4 B287 | 483 | 神を知ること 預言も証拠も知らずに |
B1 | L383 | S2 | 3 B197 | - | 大切なことを無視するほど鈍感であり、 |
B1 | L413 | S32 | 2 B162 | 487 | (前略)クレオパトラの鼻。もしそれがもう少し |
B1 | L417 | S36 | 7 B548 | 491 | 神を知ることはもとより、私たち自身は |
B2 | L418 | S680 | 3 B233 | 3, 4, 7, 8 | 無限 無 私たちの魂は身体のうちに投げ込まれ、 |
B2 | L426 | S680 | 7 B542 | 8 | 人間を、愛すべきものであると同時に幸福な |
B3 | L427 | S681 | 3 B194 | - | 彼らには、せめて学んでほしい。 |
B3 | L431 | S683 | 8 B560 | - | 私たちには、アダムの栄光に満ちた状態も、 |
B4 | L432 | S684 | 3 B194-2,3 | 205 | |
B4 | L435 | S687 | 9 B621 | - | 創造と洪水が過ぎ去り、神はもはや |
B5 | L436 | S688 | 9 B628 | - | ユダヤの民の古さ 同じ書物といっても、 |
B5 | L449 | S690 | 8 B556 | - | 彼らは自分たちが知りもしないことを言いののしる。 |
B5 | L450 | S690 | 7 B494 | - | 真の宗教であれば、偉大と悲惨を教え、 |
B6 | L451 | S691 | 9 B620 | 297, 298, 341 | ユダヤ民族の優れた点 この探究においては、 |
B7 | L452 | S692 | 9 B631 | 333 | ユダヤ人の誠実さ 彼らは愛をこめて |
B8 | L453 | S693 | 9 B610 | 239, 240, 243, 244 | 真のユダヤ人と真のキリスト教徒が信じているのは |
B9 | L454 | S694 | 9 B619 | 335, 336, 339 | 私が目にするキリスト教は、それに先立つ |
B9 | L455 | S695 | 11 B717 | 335 | |
B10 | L456 | S696 | 9 B618 | 214 | このことには実質がある。すべての |
B10 | L457 | S696 | 8 B572 | 214 | 使徒詐欺師説。時機は明瞭に、 |
B11 | L458 | S697 | 8 B588-2 | - | 矛盾 宗教には、無限の知恵と愚かさがある |
B11 | L482 | S717 | 4 B289 | - | 証拠 一、キリスト教、その樹立によって |
B12 | L483 | S718 | 11 B726 | - | 預言 215。エジプトで。 タルムード |
B13 | L484 | S719 | 11 B711 | 329, 330, 333 | 個別の事柄の予告 彼らはエジプトにあってよそ者であり、 |
B14 | L485 | S720 | 11 B722 | 309, 311, 313, 315, 289, 291, 293, 295 | 「ダニエル書」第二章 あなたの占い師たちと |
B15 | L486 | S721 | 10 B682 | 339, 301, 303, 305, 307, 309 | 「イザヤ書」第一章二十一節。 |
B15 | L486 | S733 | 10 B682 | 307 | 「エルサレムの預言者たちから汚れが |
B16 | L487 | S734 | 11 B727 | 222 | メシアへの待望が続く間 |
B16 | L488 | S734 | 12 B761 | 222 | ユダヤ人は彼をメシアとして受け入れまい |
B17 | L489 | S735 | 11 B713 | 171, 173, 175, 177, 179, 181, 183, 185, 187, 189 | 帰還の望みのないユダヤ人の捕囚 |
B18 | L491 | S736 | 7 B439 | 277 | 損なわれた自然 人間は、彼の本性を |
B18 | L490 | S736 | 11 B721 | 277 | われわれにはカエサルの他に王はいない。 |
B18 | L499 | S736 | 12 B792 | 277 | かつていかなる人がこれほどの光輝を |
B19 | L500 | S737 | 11 B700 | 382 | 何と美しいことか、信仰の目で |
B19 | L503 | S738 | 10 B675 | 145 | しかしながらこの契約は、ある人々を盲目にし、 |
B20 | L504 | S672 | 4 B260 | 273 | 彼らは群集の中に身を隠し、 |
B20 | L508 | S676-9 | 6 B364 | 295 | 「まったく人は、自分に畏敬の念を |
B21 | L509 | S669 | 1 B49 | 213 | 自然に仮面をつけ、変装させる。 |
B21 | L511 | S669 | 1 B2 | 229 | 正しい分別にも、異なった種類が |
B22 | L512 | S670 | 1 B1 | 405, 406 | 幾何学の精神と繊細の精神の相違 |
B22 | L514 | S671 | 6 B356 | 169 | 体の糧は少しずつ。糧がいっぱいでも、 |
B23 | L515 | S452 | 1 B48 | 109 | ある文章の中で、同一の語の繰り返しがあり、 |
B23 | L591 | S490 | 3 B186 | 142 | 「もしも彼らを恐れさせるばかりで、 |
B24 | L594 | S491 | 8 B576 | 65 | 教会に対するこの世の全般的な振舞い |
B24 | L592 | S492 | 12 B750 | 11 | もしユダヤ人が全員、イエス・キリストによって |
B24 | L634 | S527 | 2 B97 | 1 | 人生で最も重要な事柄は職業の選択だが |
B25 | L635 | S528 | 1 B13 | 441 | クレオビュリーヌの思い違い、彼女の |
B25 | L729 | S611 | 14 B931 | 437 | 決疑論者 莫大な喜捨、穏当な悔い改め。 |
B26 | L730 | S612 | 12 B754 | 221 | CC「人間でありながら、おまえは自分を |
B26 | L747 | S620 | 9 B589 | 213 | キリスト教が唯一の宗教ではないことについて |
B26 | L758 | S627 | 14 B857 | 229 | 明るさ-暗さ もし真理が |
B26 | L769 | S634 | 14 B903 | 221 | |
B27 | L770 | S635 | 2 B103 | 227 | アレクサンドロスは貞潔であったが、 |
B27 | L781 | S644 | 4 B242 | 206 | 第二部のまえがき この題材を論じた人々 |
B27 | L791 | S645 | 12 B777 | 225 | 一般的な観点での結果と個別的な観点での結果。 |
B28 | L792 | S646 | 2 B101 | 103 | もしもすべての人が互いに相手のことを |
B28 | L793 | S646 | 12 B737 | 103 | それで私は他のすべての宗教を |
B28 | L798 | S650 | 9 B612 | 163 | マルティアリスの『寸鉄詞』 |
B29 | L799 | S651 | 9 B612 | 39 | 「創世記」十七章「我が契約を |
B29 | L820 | S660 | 8 B561 | 19 | 私たちの宗教の真理を説得するのに |
B30 | L821 | S661 | 4 B252 | 195 | じっさい思い違いをしてはいけないから言う |
B30 | L825 | S666 | 14 B901 | 206 | 反論があるように見える。 |
B31 | L826 | S667 | 10 B673 | 270 | 「汝山にて示されし型にしたがいて作れ」 |
B31 | L829 | S668 | 6 B351 | 269 | 魂はときおり精神力のすべてを |
B32 | L830 | S419 | 13 補遺 | - | 私が、サン・シラン僧院長殿におたずね |
B32 | L831 | S420 | 13 B810 | - | 二番目の奇跡は最初の奇跡を前提とすることが |
B33 | L832 | S421 | 13 B803 | 235 | 出だし 奇跡が教義を識別し、 |
B33 | L858 | S437 | 13 B840 | 463 | 教会には三種類の敵がいる。 |
B34 | L859 | S438 | 13 B852 | 451 | 神の明らかな加護を受けている |
B34 | L912 | S451 | 12 B781 | 344 | イエス・キリストはすべての人の |
B35 | L971 | S415 | 9 B633 | 163 | エズラの作り話を反駁する |
B35 | L972 | S416 | 9 B634 | 411 | もしもエズラの作り話が信用できるのなら |
B35 | L970 | S417, 418 | 9 B632 | 247 | エズラについて 書物が神殿と |
ペリエ写本 | L913 | S742 | メモリアル | 冒頭D | メモリアル 恩寵の年、1654年。 |
ペリエ写本 | L948 | S769 | 10 B668 | 97 | 愛から遠ざかることによってしか |
自筆原稿集 | L949 | S787 | 14 B930 | 163 | 私たちは彼らを可能なかぎり |
自筆原稿集 | L969 | S803 | 7 B514 | 495, 496 | 「恐れつつあなたの救いを全うしなさい」 |
パスカルの蔵書 | I | S813 | - | - | 宣誓 署名 こうしてイエズス会師たちは |
第1写本の追紙 | II | S741 | - | - | というのも、これらのことが |
以下はパスカルの自筆が存在しないもの | |||||
ポール=ロワイヤル版 | L975 | S739 | 4 B275 | - | 人々はしばしば想像力を心の直感と |
ポール=ロワイヤル版 | L976 | S740 | 1 B19 | - | 著作を書いていて最後に見つかるのは |
ペリエ写本 | L978 | S743 | 2 B100 | - | 自己愛つまり人間的な |
ペリエ写本 | L982 | S770 | - | - | われわれは多様性から画一性を作り |
第2写本の追記 | L973 | S698 | 14 B919 | - | これは民衆とイエズス会師たちの |
第2写本の追記 | L974 | S771 | 14 B949 | - | 国家における平和の目的は |
ド・フルーリー草稿 | III | S772 | - | - | 恩恵によって内的に革新した |
ド・フルーリー草稿 | L984 | S781 | 3 B216 | - | 恐れなければならないのは、 |
ド・フルーリー草稿 | XV | S785 | - | - | 神は隠れている。しかし |
ヴァラン文書 | L977 | S786 | 5 B320-2 | - | 世の中で最も理不尽なことが、 |
ゲリエ写本 | L983 | S804 | 4 B276 | - | ロアネーズ公は言っていた。 |
ゲリエ写本 | L993 | S812 | 14 B909 | - | これらの決疑論者たちがこぞって |
その他 | L1000 | - | 1 B43 | - | 自分の著作のことを |
その他 | L1001 | - | 2 B77 | - | 「私はデカルトを赦すことができない。 |
その他 | L1010 | - | - | - | パスカル氏にいわせれば、 |
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ フランス革命時にはサン=ジェルマン=デ=プレ教会は硝石倉庫になり、1794年に爆発火事を起こした。再建が必要で、損害をまぬがれた蔵書は革命政府が管理(つまり没収)した。
- ^ 塩川の言うB1-35ファイルは、ジャン・メナール [2] の用語では I-XXXV ファイル。彼以後フランスではこの呼び方が使われる。
- ^ ただし第2写本目次の「現象の理由」は筆写家が書き落とし、校訂者が書き加えている。これは単なる筆写家の不注意か? 第1写本の目次は第2写本の目次の写しであるという説も提唱された[3]。
- ^ 製本の時代が下るほど、B35ファイルの紛失もより自然と考えられる。
- ^ 編者がゲリエとすれば、第2写本を参照したかどうかが、もう一つの疑問となる。B2-19、B23-31のファイル順は第2写本と一致している。すなわち編者は第2写本を参照しつつ、あえて異なる順序を提案した可能性もある。
- ^ たとえばラフュマ12 (セリエ46)の断章の、vraie; et puis montrer qu'elle est varie. という文は、第1写本では2つの varie 間の5単語を飛ばしているが、第2写本ではなおっている。 同様に ラフュマ66 (セリエ100) の断章は、第1写本で8単語が飛ばされ、第2写本でなおっている[6]。 その他の例はProust[4]の注62を参照。
- ^ 「ゼロ写本」があったとすると、それは以後どうなったのか。湟野は、その一部は第1写本に吸収されたと提唱した[5]。
- ^ エチエンヌは母ジルベルトより早く1680年に死去。それまでは第2写本を彼が所有し、パスカル自筆原稿と対照して、校訂を続けた可能性も考えられる。
- ^ B1ファイルは全体の序論にあたると田辺は指摘する[7]。これを冒頭にもってきた第2写本は一つの見識かもしれない。
- ^ 塩川訳は「第1写本に依拠」する。したがって配列はほぼラフュマ版と同じ。
- ^ 当初セリエ版は「目次」を断章1とした。ただしセリエは後年に、これは編者たちの作成文と意見を変えた。
出典
[編集]- ^ a b c d e 塩川徹也訳 パンセ 岩波文庫 2015-2016
- ^ a b c d e Jean Mesnard. Les "Penseés" de Pascal ont trois cents ans. Clermont-Ferrand, G de Bussac, 1971.
- ^ a b 広田昌義「Pascal : 《Pensées》 の二つの写本について」『言語文化』第7巻、一橋大学語学研究室、1971年3月、85-95頁、CRID 1390290699840064128、doi:10.15057/9146、hdl:10086/9146、ISSN 0435-2947。
- ^ a b Proust, Gilles (2010). “Les Copies des Penseés”. Courrier du Centre International Blaise-Pascal (Centre international Blaise Pascal) (32): 4-47. doi:10.4000/ccibp.325 .
- ^ a b 湟野正満「『パンセ』写本研究」『京都産業大学総合学術研究所所報』第14巻、京都産業大学総合学術研究所、2019年7月、9-30頁、CRID 1050001338452588160、hdl:10965/00010304、ISSN 1348-8465。
- ^ 山上浩嗣「『パンセ』原稿と写本および校訂について : 研究の現状」『Gallia』第58巻、大阪大学フランス語フランス文学会、2019年3月、29-38頁、CRID 1050564288341387904、hdl:11094/72868、ISSN 03874486。
- ^ a b c 田辺保訳 パスカル著作集 6,7 教文館 1981,1982