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ノート:近鉄奈良線

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急行の石切駅停車開始日

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急行の石切駅停車開始日ですが、これまで、1985年11月28日、1984年11月28日、1986年3月18日と書き換えられています。生駒トンネルによると1985年3月28日に起きた地表陥没事故の補償として同年11月のダイヤ変更から停車するようになったとあります。これより一つずつ見ていくと

  • 1984年11月28日説 …ダイヤ変更が行われた日ですが陥没事故前です。
  • 1985年11月28日説 …大阪線で10両編成運転が開始されたダイヤ変更日です。[1]
  • 1986年3月18日説 …この時のダイヤ変更は3月21日に行われたはずです。

果たしていつなのでしょうか。210. 2006年2月25日 (土) 22:00 (UTC)[返信]

急行・快速急行の「土・休日増結」

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奈良線の土曜休日の急行や快速急行は「本来6両で臨時に2両増結している」とあるがその根拠を知りたい。
臨時増結と言うが少なくとも過去5年以上に亘って土曜休日の奈良線で6両編成の急行系を見た事が無い。(京都線直通を除く)
それに6両に2両増結ならば6+2の編成で走ってるのが普通だが本文にもあるように4+4の編成も存在する。
実際問題、土曜休日昼間の奈良線は観光客や行楽客の利用が極めて多く(平日昼間より多い事も)、昼間の8両編成でも立ち客が大勢いるのを考えるとなかなか臨時とは考えにくいのだがどうなのだろうか。

↑土曜休日の快急・急行はダイヤ上の設定では昔から6両編成でそれは現在も変わっていない(土曜朝の10両編成の快急を除く)。だが実際には行楽客等を考慮して8両への増結運転が行われていてそれが長年続いているということです(証拠として過去に近鉄難波駅で「本日は8両編成で運転します」という看板があったのを確認している)。近鉄によると奈良線の土曜休日は混雑が激しく本来の設定の6両では対処しきれないため8両に増やしている、とのことです。

 私の知っている限りでは過去10年奈良線の土日祝のダイヤでは快速、急行ともに8両標準ですし利用者も8両と思って西大寺駅では並んでます。 阪神難波線開業以降土日祝でも日中に快速急行で10両編成が走るようになりましたが基本は8両のようです。しかし6両場合もあるのも確かです。   なお阪神難波線開業により三宮乗り入れの快速急行は[難波]2+2+6[奈良]が[三宮]6+2+2[奈良]のように6両固定の車両は三宮側に付くようになりました。 尼崎での切り離しへの配慮のようです。 --にこにこのり 2010年3月3日 (水) 23:57 (UTC)[返信]

貼り付けてある画像(上本町駅名標)について

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この画像は奈良線の駅名標として紹介されていますが、近鉄の発表では正式には布施~近鉄奈良が奈良線とされているのではないでしょうか。運用上は近鉄難波~近鉄奈良が奈良線とされますが、正式には近鉄難波~上本町は難波線、上本町~布施は大阪線となるので、この駅名標を奈良線のものとして紹介するのは間違いでは??

奈良線として紹介するのは間違いというより、路線記事に駅名標の画像があること自体、場違いではないでしょうか?--Kone 2007年2月21日 (水) 05:06 (UTC)[返信]

近鉄奈良線のトップの画像について

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阪神なんば線が開業した今、わざわざ、近鉄8000系にする必要はないと思います。 誰か、シリーズ21の写真を持っている方、いませんか?--Yusuke9206 2009年4月5日 (日) 16:12 (UTC)[返信]

このコメントに対応したと思われる編集が行われましたが、少し腰をすえて画像を準備しませんか?
写真を1枚だけ使って、近鉄の知識がない人に奈良線を手短に説明するとしましょう。そのとき、列車だけに着目した写真を選択するでしょうか? 「近鉄奈良線」のトップ画像も同じように選択すべきではないでしょうか? このコメントや画像差替えの編集からは「奈良線の代表写真」という視点が感じられませんでした。(写真自体は悪くないと思うんですけどね。特に相直ステッカー列車の方はありがたい資料提供だと思います。)
元の8000系の写真は、生駒越えの特徴が出ている奈良線らしい写真だと思いますが、列車に着目しすぎていること、河内の平野部を抜ける雰囲気が感じ取れない(この写真だけだと奈良線全部が山岳路線に感じられてしまう)ことから、代表写真としては今一歩だと思います。朱雀門若草山をバックにした写真や大阪平野をバックにした写真がいいのではないでしょうか? たとえ話では1枚と言いましたが、2枚の画像を接いでもいいわけですし。
まにあっく阪神 平城宮跡の写真や『鉄道ダイヤ情報』2009年4月号(第38巻4号 通巻322号)38頁のG地点の写真が参考になりそうです。--excl-zoo (会話/履歴) 2009年5月21日 (木) 23:58 (UTC)[返信]
「もっと奈良線らしさがあるトップ画像」と言うことでしょうか。記事内では沿線風景の節もありますよね。写真一枚見て「奈良線は山岳路線だ」って思う人っているでしょうか。最初に画像を差し替えたのは私ですが、相直対応でない8000系が快速急行の運用にほぼ充当されていないことから差し替えさせていただきました。奈良線は突出した名所がある路線ですが、そこまでこだわる必要もないと思います。
8000系以前に奈良線の通勤車両大型化車両の900系もあったりします。近鉄は一つの路線で多形式の車両が運用し過ぎで、かつ他線区でも同じように運用されているので、詳細は車両形式の記事でしか書かれていませんよね。ここで書くとしたら、歴史の節がふさわしいかと思います。--W0746203-1 2009年5月22日 (金) 01:36 (UTC)[返信]
まず、トップ画像という、一番最初に目に入る画像の選定方法の話をしているので、記事はまだ読んでいないことを前提にしています。W0746203-1さんのコメントの一部を突き詰めると「記事を読めばわかるから、トップ画像は何でもよい」と言っているように聞こえますが、そういう指摘ではないですよね?
コメントの主旨は「トップ画像くらい、列車の説明写真を安易に流用するのではなく、奈良線を説明するのにふさわしい写真を持ってきませんか?」ということです。
いつも良質な列車の写真をアップしてくださる撮り鉄の方に対しては頭の下がる思いです。しかし、列車の説明写真は路線の説明には必ずしも効果的ではない。写真の理解には車両形式と路線の対応に関する知識が必要だからです。撮り鉄の人にとっては車両の形式と線区の対応は常識だから違和感がないのかも知れませんが、路線の説明写真の主体は「路線」であることが望ましいと思います(もちろん、車両の説明の節は別です。)--excl-zoo (会話/履歴) 2009年5月22日 (金) 14:57 (UTC)[返信]
トップ画像は何でもいいとは思っていませんが、トップ画像を一目見ただけで本文も読まずに、「この路線はこういう路線だ」という考え方自体が間違っていると思うのですが。奈良線が大阪平野をバックにした生駒越えの写真がふさわしいのであれば、他線区はどうでしょうか。トップ画像に置かず、よく説明がされている沿線風景の節に画像を置くというのも1つの手です。近鉄奈良線関係の画像はcommons:Category:Kintetsu Nara Lineにありますので、紹介しておきます。
現在の8000系のトップ画像は、現状ふさわしくないことから、近いうちに変更したいと考えています。--W0746203-1 2009年5月23日 (土) 11:21 (UTC)--W0746203-1 2009年5月24日 (日) 12:02 (UTC)一部発言取り消し[返信]
トップ画像に概要を理解できる写真を持ってこないと、読者を混乱させます。例えば、蒸気機関車の記事で、いきなり動輪を強調した写真から始まっていたら、動輪=蒸気機関車と思いながら、首をかしげて記事を読む人もいるかもしれません。ありえない例だと思うのは、我々が蒸気機関車を知っているからです。例えば、マザーボードの冒頭でCPUソケットを強調した写真から始まっていたらどうでしょうか? PCを分解した経験のない人にとっては混乱する記事となるでしょう。全体を読めば、勘違いに気付くでしょうが、勘違いを誘発する記事構成は筋が悪いと思います。
鉄道路線の場合、写真1枚で概要を理解させるのは難しいので、やむを得ず、代表写真を持ってくることになるでしょう。やむを得ず持ってくるのですから、写真選びは、冒頭でのミスリードを誘わないよう、よく考えた方がよいと思います。ただ、現状の鉄道路線の記事で、そこまで練られた記事を私はまだ知りません。近鉄志摩線のトップ画像になっている、W0746203-1さんの写真 ファイル:Kintetsu Series 23000.jpgは、リアス式海岸を縫って走る志摩線の特徴をよく表していると思いますが、これは志摩線らしい写真として貼り付けられたのでしょうか? だとしたら、私の提案と大きくずれているとは思いません。
W0746203-1さんがトップ画像を ファイル:Kintetsu Series5800.jpg に差し替えた理由は何なんでしょうか? 「8000系が快速急行の運用にほぼ充当されていない」だけの理由なのでしょうか? だとしたら貼りかえる理由として相当弱いと思います。奈良線内で撮影された写真ではないし、5800系は奈良線特有の車両ではない。小さく貼り付けられた相直対応ステッカーで奈良線用の車両だとわかりますが、理解できる人は奈良線を常にウォッチしている人だけです。さらに言えば「8000系が快速急行の運用にほぼ充当されていない」という理由は速報的で、8000系が奈良線から完全消滅してから貼りかえても Wikipedia 的には遅くない編集だと思います。
なので、ちょっと腰を落ち着けて、奈良線の特徴をよく表した画像を考えませんか?という提案です。これという1枚を考えるのは難しいですが、これという1枚を考えるのが我々の腕の見せ所なのだと思います。--excl-zoo (会話/履歴) 2009年5月23日 (土) 13:04 (UTC)[返信]
そう言えば、複々線区間は奈良線ではなく、大阪線でした。どうも運転系統上の奈良線に慣れてしまって申し訳ないです。2009年5月23日 (土) 11:21 (UTC)での「8000系の画像の差し替え」についての発言は取り消します。
志摩線で投稿したファイル:Kintetsu Series 23000.jpgは内陸部で、海岸部で撮影したものではありません。志摩線は路線の大部分が内陸部で、海岸部を走るのはごく僅かな区間です。志摩線の特徴をよく表しているとは言えません。手持ちのもので一番いいものを選んだだけで、これまで「特徴がよく現れるもの」ということを意識して投稿したことはありません。
下で行われているアンケートだけでトップ画像を決めてしまうのは、後の編集に影響を与えかねえないと思いますが、いかがでしょう? 「それ以外の写真はふさわしくない」とも捉えられかねません。--W0746203-1 2009年5月24日 (日) 12:02 (UTC)[返信]
アンケートの件は了解しました。取りやめます。
志摩線の写真の件ですが、内陸部の写真ならばなおさら特徴を表していてよいのではないでしょうか? 峠を越え、内陸の湾の横を抜ける風景は、近鉄沿線では志摩線でしか見られません(鳥羽線は湾が外海のように大きいので別の景色だと思う)ので。それはさておき。
意識されているかはわかりませんが、おそらく、私とW0746203-1さんでは近鉄奈良線の記事の主題に対する考え方が違うんだと思います。
所持していなくても図書館で確認できそうな『鉄道ファン 6月号』(第49巻第6号 通巻578号)を例に説明すると、
私は奈良線の記事を、93頁「門司港レトロ観光線」や98頁「真岡鐵道の蒸気機関車」のように路線の概要、歴史、沿線風景を主題に据えた構成にしたいと思っています。そうすると、雑誌で行われている通り、門司港レトロを走るトロッコ列車の写真や花咲く土手の上を走る蒸気機関車の写真のように沿線風景や概要を掴みやすい写真をトップに持ってきて、車両の詳細写真が後に来るような記事構成にしたくなります。
一方、W0746203-1さんは、これまでのコメントから鑑みるに、22頁「大都市圏の相互直通」や64頁「まもなく副都心線開業1周年」のような、車両の運用や運行ダイヤを主題に据えた構成の方がしっくり来るのではないでしょうか? だとすると、雑誌で行われている通り、車両のアップの写真がトップに来て、沿線風景が後に来る構成が正しいと思います。
まず、ここまでの私の推測は正しいでしょうか? 大きく違っていたら教えてください。--excl-zoo (会話/履歴) 2009年5月24日 (日) 14:30 (UTC)[返信]
私と考え方が異なると思われているのは、私が運行形態や車両に関する編集が多いからでしょうか。特定のことを主題にしようとする編集は行っていないつもりです。
鉄道雑誌で記事を編集するのであれば何かに重点を置く必要があるかと思いますが、wikipediaの記事では、概要・歴史・沿線風景・ダイヤなど、いずれにおいても万遍なく偏りのない記事であるべきだと思っています(車両は別に記事があるので詳細まで書く必要はないと考えます)。多くの人が編集に関わり、その人に詳しい分野があったり、そうではないこともありますし、必要な事柄を書いていくと次第に運転に関する内容が多くなるのは、記事を作る段階で、どうしても充実さや量が偏っていくのは仕方がないことだと思います。
記事全体の内容に即した1枚のトップ画像を用意するのは難しいと思いますが、何かに重点を置いた記事に対する画像だけを選ぶのは編集を制限すると思います。--W0746203-1 2009年5月24日 (日) 15:57 (UTC)[返信]
とりあえず、沿線風景にあいそうな画像を追加しました。--W0746203-1 2009年5月26日 (火) 10:23 (UTC)[返信]

W0746203-1 さん、写真提供ありがとうございました。どうやって感謝とお詫びをお伝えしようかと思い、悩んでいる間に別件で体調を崩してしまいました。お返事が遅くなってすみません。
ここでコメントしたのはこの記事に対して画像を貼り付けるに当たって「百科事典として奈良線を説明する画像になっているか?」という視点を皆が忘れているのではないかと思ったからです。上記コメントや、画像提供という行動から「たまたま手が滑った」だけであることがよくわかりました。失礼をお詫びします。
なお、以前トップ画像だった W0746203-1 さん撮影の画像は快速急行の説明に使わせていただきました。編集者の一人として、画像の提供に関してお礼を申し上げます。--excl-zoo (会話/履歴) 2009年6月14日 (日) 06:59 (UTC)[返信]


コメントへのリプライが行いにくいので、アンケート形式にします。

質問「あなたが、近鉄奈良線を2分で説明するために写真を1枚選ぶとしたら、どんな写真を選びますか?」
  • (回答)大阪平野をバックにした生駒越えの写真。奈良線特有の車両が、阪神車とすれ違っている写真ならば満点。極力平坦部を選んだ関西本線とは異なり、山越え一直線で大阪と奈良を結んだことが奈良線最大の特徴だと考えるため。--excl-zoo (会話/履歴) 2009年5月22日 (金) 14:57 (UTC) アンケートは取りやめます。--excl-zoo (会話/履歴) 2009年5月24日 (日) 14:30 (UTC)  抹線位置変更しました--W0746203-1 2009年5月26日 (火) 10:23 (UTC)[返信]

(余談)8000系は過去の物になりつつありますが、奈良線が通勤路線に転身する過程で生まれた花形電車の一つとして記憶にとどめられると思います。トップ画像から外すことには異論ありませんが、奈良線の記事として、記事内で8000系に関してほとんど触れていないのは残念な状態だと思います。--excl-zoo (会話/履歴) 2009年5月22日 (金) 00:12 (UTC)[返信]

「史上最大の『踏切』」について

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かつての奈良市内併用軌道区間に関するこの記述に関して、外部のツイッターではこのような議論がなされているようです[2]。個人のツイッターによる記述ですのでこれを出典にすることはできませんが、現在の記述に全く出典がないこと(該当ツイッターにおいては、過去に(一般には記事の信頼性が高いと認識されている)鉄道史資料保存会の『鉄道史資料』に踏切とする記述があったとする情報が記載されています)は事実であり、信頼できる出典が示されなければ少なくとも記述の除去は必要になるでしょう(一方踏切では、このツイッターの議論を先取りして「普通(地方)鉄道の併用軌道が踏切というのは都市伝説」という記述が無出典で記載されています)。本記事への記載は10年以上前の2005年9月18日13:53(UTC)のこの編集[3]利用者:金沢会話 / 投稿記録さんによってなされたまま今日にまで至っているのですが、金沢さんは10年前の2006年5月13日の編集を最後にWikipediaでの活動をなさっておらず、今からご本人に確認しても回答をいただける可能性は低いものと考えられます。前記ツイッターではこの記述を安易に引用した書籍の可能性にも言及されており、早急な対処が必要と考えます。差しあたり1週間待って出典の加筆がない場合には節自体を削除したいと考えますが、いかがでしょうか。--Unamu会話2016年5月4日 (水) 09:55 (UTC)[返信]

一週間待ちましたが、出典を伴う加筆が見られませんでしたので除去します。--Unamu会話2016年5月11日 (水) 11:45 (UTC)[返信]