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スティーブ・カー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スティーヴ・カーから転送)
スティーブ・カー
Steve Kerr
ゴールデンステート・ウォリアーズ HC
役職 ヘッドコーチ
所属リーグ NBA
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1965-09-27) 1965年9月27日(59歳)
出身地 レバノンの旗 レバノン
ベイルート県ベイルート
身長(現役時) 191cm (6 ft 3 in)
体重(現役時) 82kg (181 lb)
キャリア情報
高校 パリセイズ・チャーター英語版
大学 アリゾナ大学
NBAドラフト 1988年 / 1巡目 / 全体50位[1]
プロ選手期間 1988年–2003年
ポジション PG
背番号歴 4, 5, 2, 25
指導者期間 2014年–現在
経歴
選手時代:
1988–1989フェニックス・サンズ
1989-1992クリーブランド・キャバリアーズ
1992–1993オーランド・マジック
1993-1998シカゴ・ブルズ
1998-2001サンアントニオ・スパーズ
2001–2002ポートランド・トレイルブレイザーズ
2002–2003サンアントニオ・スパーズ
コーチ時代:
2014-ゴールデンステート・ウォリアーズ
2021-アメリカ合衆国代表
エグゼクティブ時代:
2007-2010フェニックス・サンズ (GM)
受賞歴

選手時代


コーチ時代

Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
Stats ウィキデータを編集 NBA.com 選手情報 NBA.Rakuten
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ヘッドコーチ
オリンピック
2024 パリ

スティーヴン・ダグラス・カーStephen Douglas Kerr, 1965年9月27日 - )は、アメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手レバノンの首都ベイルートの出身。現在、NBAゴールデンステート・ウォリアーズヘッドコーチを務めている。

経歴

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選手時代

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アリゾナ大学から1988年のNBAドラフトフェニックス・サンズに指名され、クリーブランド・キャバリアーズにトレード。キャブスで3年間を過ごした後、オーランド・マジックへトレードされた。1年後の1993年に、フィル・ジャクソン率いるシカゴ・ブルズに移籍した。

当時のブルズは、マイケル・ジョーダンスコッティ・ピッペンなどの活躍で最盛期を迎えており、その中でカーは控えのガードとして活躍した。決して身体能力が優れているとは言えないカーの武器は、試合の要所で見せる3ポイントシュートであった。土壇場ほどキレを増す長距離砲は、チームを何度となく勝利へ導いた。特に96-97シーズンのNBAファイナル第6戦。優勝に王手をかけたブルズはユタ・ジャズを相手に試合の最終盤まで同点。ショットクロック残り3秒でマイケル・ジョーダンからパスを受け、優勝を決定づけるシュートを沈めたシーンはカーのハイライトである。ブルズにはジョーダンが引退するまで在籍し、2度目の3連覇に貢献した選手として歴史に名を刻んだ。

1999年1月、チャック・パーソンと交換でサンアントニオ・スパーズに移籍し、ボストン・セルティックスに在籍した選手以外では1951〜54年のフランク・サウルとただ二人のみの4年連続で優勝を経験した選手となった。その後、ポートランド・トレイルブレイザーズを経て、2002-03シーズンはスパーズに復帰した。プレイオフに入っても出場機会は少なかったが、カンファレンス決勝のダラス・マーベリックス戦第6戦終盤に、放った4本の3ポイントを全て沈めNBAファイナル進出に貢献すると、ファイナルのニュージャージー・ネッツ戦第5戦、残り3分2点差を追う状況で、ケニオン・マーティンからのスティールや、ダブルチームされたティム・ダンカンからパスを受け値千金の3ポイントを沈めるなど、大舞台での勝負強さを再び発揮した。試合後のインタビューでカーは、「僕はこの時のために "冷凍保存" されていたんだ」と、レギュラーシーズンでは出場時間が少なかったことを引き合いにして勝ち誇った。そしてスパーズ2度目の優勝に貢献し自身5度のNBA優勝経験をした。 このファイナル終了後に引退し、アメリカのケーブルテレビターナー・ネットワーク・テレビジョン(TNT)で現場解説者を務め、"Steve Wonders..."というコーナーを持っていた。 2007年のプレイオフでTNTの解説者を終えると、フェニックス・サンズの球団社長兼ゼネラル・マネージャーに就任し、2008年1月には、ショーン・マリオンマイアミ・ヒートに放出してシャキール・オニールを獲得した。

生涯通算3ポイントフィールドゴール成功率(.454)、シーズン3ポイントフィールドゴール成功率(.524 1994-95シーズン)は共にNBA歴代1位の成績である。(ただし1994年から97年までの3シーズンはの3Pラインは現在のラインよりも約55cm近くに変更されていた時期である。)1997年のオールスターウィークエンドのスリーポイント・シュートアウトで優勝している。

コーチ時代

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NBA

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2014-15シーズン

2014年5月14日、カーはニューヨーク・ニックスのオファーを断り、ゴールデンステート・ウォリアーズと5年2500万ドル契約でヘッドコーチに就任が決定した[1][2]。 カーは前任者のマーク・ジャクソンの路線を上手く引き継ぎ、チームをリーグ上位に導く手腕を披露する。また新人コーチながら、2015年NBAオールスターゲームのチームウェストのヘッドコーチに選出され、イーストのマイク・ビューデンホルツァーヘッドコーチとの対戦となった[3]。新人コーチが選ばれたのは、1998年のインディアナ・ペイサーズラリー・バード以来である[4]。 結局レギュラーシーズンは67勝15敗で終了、新人ヘッドコーチとしては最高勝率を記録しNBAファイナルまで導いた。そしてクリーブランド・キャバリアーズとの対戦となったファイナルも4勝2敗で見事にウォリアーズを40年振りのチャンピオンに導いた。

2015-16シーズン

2015-16シーズンは、背中の手術の為に開幕から休養を強いられていたがルーク・ウォルトンアシスタントコーチがチームを纏め、39勝4敗で迎えた2016年1月22日のインディアナ・ペイサーズ戦でコーチ職に復帰。122-110で勝利に導き、見事に復帰戦を飾った[5]。カーの現場復帰でウォリアーズは更に勢いが付き、最終的にはカーが現役時代シカゴ・ブルズで1995-1996シーズンに経験したシーズン "72勝10敗" を上回る "73勝9敗" というNBAシーズン新記録の金字塔を打ち立てた[6]。その功績が大きく評価され、同シーズンのNBA最優秀コーチ賞を受賞した。

2016-17シーズン

2017年3月28日のヒューストン・ロケッツ戦に勝利し、ヘッドコーチ就任後レギュラーシーズン238試合目で200勝を達成。これはNBA史上最短記録であり、北米4大スポーツを含めても最短である。それまでのNBA記録は、マイケル・ジョーダンやカーを指導していたことのあるフィル・ジャクソンの270試合が最短だった。

プレーオフ1回戦の途中で前年に発症した髄液の漏れによる合併症が再発し、期限未定の離脱が発表された。その後ウォリアーズはマイク・ブラウンが暫定的に指揮を執り3年連続でNBAファイナルに進出。カーも第2戦から復帰し、見事な前年のリベンジを果たした。

2017-18シーズン

2018-19シーズン

2019-20シーズン

2019年10月30日のフェニックス・サンズ戦でステフィン・カリーが左手骨折の大怪我を負いシーズンの大半を欠場し、加えて前年のファイナルでの怪我でクレイ・トンプソンも欠いていたため、チームは低迷しウエスタンカンファレンス15位でシーズンを終えた。 2019年12月25日のクリスマスゲームでは、ジェームズ・ハーデンラッセル・ウェストブルックが率いるヒューストン・ロケッツ相手に誰もがウォリアーズの敗北を予想する中勝利を収めファンを喜ばせた。

2020-21シーズン

2021-22シーズン

この年のウォリアーズは新加入のオット・ポーター・ジュニアゲイリー・ペイトン2世ネマニャ・ビエリツァが活躍し、ウエスタン・カンファレンス3位の成績でシーズンを終えた。

2022年5月24日にロブ小学校銃乱射事件が起こり、試合前の記者会見でカーが銃撃事件に対して「もううんざりだ。もうたくさんだ。」とコメントした動画は大きな反響を呼んだ。

ファイナルではボストン・セルティックスと対戦した。初めは1勝2敗と苦戦したが、カーは不調であったドレイモンド・グリーンを勝負所で下げる采配や、第4戦以降はオフェンス面を重視しオット・ポーター・ジュニアを先発起用するなどし、球団史上6回目のNBA優勝に貢献した。

アメリカ代表

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2021年12月、アメリカ代表のヘッドコーチに就任したことが発表された[7]

2023年FIBAバスケットボール・ワールドカップでアメリカ代表が準決勝敗退に終わった際には「もう92年ではない。世界のチームや選手はより良くなっている。W杯やオリンピックで勝つのは簡単ではない」とコメントしている[8][9][10][11][12]

私生活

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個人成績

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略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック  PPG  平均得点  太字  キャリアハイ
  優勝シーズン     リーグリーダー   NBA記録

NBA

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レギュラーシーズン

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
1988–89 PHX 26 0 6.0 .435 .471 .667 .7 .9 .3 .0 2.1
1989–90 CLE 78 5 21.3 .444 .507* .863 1.3 3.2 .6 .1 6.7
1990–91 57 4 15.9 .444 .452 .849 .6 2.3 .5 .1 4.8
1991–92 48 20 17.6 .511 .432 .833 1.6 2.3 .6 .2 6.6
1992–93 5 0 8.2 .500 .000 1.000 1.4 2.2 .4 .0 2.4
1992–93 ORL 47 0 9.4 .429 .250 .909 .8 1.3 .2 .0 2.6
1993–94 CHI 82 0 24.8 .497 .419 .856 1.6 2.6 .9 .0 8.6
1994–95 82* 0 22.4 .527 .524* .778 1.5 1.8 .5 .0 8.2
1995–96dagger 82 0 23.4 .506 .515 .929 1.3 2.3 .8 .0 8.4
1996–97dagger 82 0 22.7 .533 .464 .806 1.6 2.1 .8 .0 8.1
1997–98dagger 50 0 22.4 .454 .438 .918 1.5 1.9 .5 .1 7.5
1998–99dagger SAS 44 0 16.7 .391 .313 .886 1.0 1.1 .5 .1 4.4
1999–00 32 0 8.4 .432 .516 .818 .6 .4 .1 .0 2.8
2000–01 55 1 11.8 .421 .429 .933 .6 1.0 .3 .0 3.3
2001–02 POR 65 0 11.9 .470 .394 .975 .9 1.0 .2 .0 4.1
2002–03dagger SAS 75 0 12.7 .430 .395 .882 .8 .9 .4 .0 4.0
通算[13] 910 30 17.8 .479 .454double-dagger .864 1.2 1.8 .5 .1 6.0

プレーオフ

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
1990 CLE 5 0 14.6 .286 .000 --- 1.2 2.0 .8 .0 1.6
1992 12 3 12.4 .439 .273 1.000 .5 .8 .4 .0 3.7
1994 CHI 10 0 18.6 .361 .375 1.000 1.4 1.0 .7 .0 3.5
1995 10 0 19.3 .475 .421 1.000 .6 1.5 .1 .0 5.1
1996dagger 18 0 19.8 .448 .321 .871 1.0 1.7 .8 .0 6.1
1997dagger 19 0 17.9 .429 .381 .929 .9 1.1 .9 .1 5.1
1998dagger 21 0 19.8 .434 .463 .818 .8 1.7 .3 .0 4.9
1999dagger SAS 11 0 8.8 .267 .231 .833 .8 .7 .2 .0 2.2
2001 9 0 11.2 .480 .333 .500 1.0 .7 .4 .1 3.3
2002 POR 3 0 13.0 .429 .250 1.000 1.3 1.7 .3 .0 6.3
2003dagger SAS 10 0 4.6 .636 .833 .750 .3 .6 .1 .0 2.2
通算[13] 128 3 15.6 .426 .370 .876 .9 1.2 .5 .0 4.3

カレッジ

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
1983–84 アリゾナ 28 22.6 .516 --- .692 1.2 1.3 0.3 0.0 7.1
1984–85 31 33.4 .568 --- .803 2.4 4.0 0.6 0.1 10.0
1985–86 32 38.4 .540 --- .899 3.2 4.2 1.6 0.0 14.4
1986–87 レッドシャツ
1987–88 38 32.6 .559 .573 .824 2.0 3.9 1.2 0.1 12.6
通算[13] 129 32.1 .548 .573 .815 2.2 3.4 1.0 0.1 11.2

ヘッドコーチ成績

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NBAヘッドコーチ実績表略号説明
レギュラーシーズン G 試合数 W 勝利数 L 敗戦数 W–L % レギュラーシーズン勝率
ポストシーズン PG 試合数 PW 勝利数 PL 敗戦数 PW–L % プレイオフ勝率
double-dagger NBA記録
チーム シーズン G W L W–L% シーズン結果 PG PW PL PW–L% 最終結果
GSW 2014–15 82 67 15 .817 パシフィック1位 21 16 5 .762 NBAチャンピオン
2015–16 82 73double-dagger 9 .890 パシフィック1位 24 15 9 .625 NBAファイナル敗退
2016–17 82 67 15 .817 パシフィック1位 17 16 1 .941double-dagger NBAチャンピオン
2017–18 82 58 24 .707 パシフィック1位 21 16 5 .762 NBAチャンピオン
2018–19 82 57 25 .695 パシフィック1位 22 14 8 .636 NBAファイナル敗退
2019–20 65 15 50 .231 パシフィック最下位 プレーオフ進出ならず
2020–21 72 39 33 .542 パシフィック4位 プレーオフ進出ならず
通算 547 376 171 .687   105 77 28 .733  


脚注

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外部リンク

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