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ミケル・ジョン・オビ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ミケル・ジョン・オビ
ナイジェリア代表でのミケル・ジョン・オビ(2018年)
名前
本名 ジョン・マイケル・ンチェクベ・オビンナ
John Michael Nchekube Obinna
愛称 ミケル(MIKEL)
ラテン文字 MIKEL
基本情報
国籍 ナイジェリアの旗 ナイジェリア
生年月日 (1987-04-22) 1987年4月22日(37歳)
出身地 ジョス
身長 188cm
体重 86kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
2002-2004 ナイジェリアの旗 プラテアウ・ユナイテッド
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2006 ノルウェーの旗 リン 6 (1)
2006-2017 イングランドの旗 チェルシー 249 (1)
2017-2018 中華人民共和国の旗 天津泰達 31 (3)
2019 イングランドの旗 ミドルスブラ 18 (1)
2019-2020 トルコの旗 トラブゾンスポル 19 (0)
2020-2021 イングランドの旗 ストーク・シティ 39 (0)
2021 クウェートの旗 アル・クウェート 0 (0)
代表歴
2005-2019 ナイジェリアの旗 ナイジェリア 91 (6)
2016  ナイジェリア 五輪 6 (1)
獲得メダル
男子 サッカー
オリンピック
2016 リオデジャネイロ サッカー
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ミケル・ジョン・オビMikel John Obi)ことジョン・マイケル・ンチェクベ・オビンナJohn Michael Nchekube "MIKEL" Obinna1987年4月22日 - )は、ナイジェリアジョス出身の元サッカー選手。元ナイジェリア代表。現役時代のポジションはミッドフィールダーレッジーナ1914所属のジョエル・オビはいとこである。

経歴

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クラブ

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18歳でマンチェスター・ユナイテッドFCチェルシーFCがあらゆる手段を駆使した獲得争いを繰り広げていた選手である。 主に中盤の底でプレーし、ドリブル、スルーパス、FKとハイレベルなスキルを備える。2005 FIFAワールドユースでシルバーボール賞を受賞した。

元マンチェスター・ユナイテッド監督のアレックス・ファーガソンが3年もの間追い続け、2005年4月末にマンチェスター・ユナイテッドが彼の獲得でFCリン・オスロと合意と発表したが彼の所有権はリンではなくチェルシーが持っていたためチェルシー側がこれを不服として抗議、結局この移籍は取り消された。その後金の積み合いとなったが、最終的にチェルシーが1600万ポンド(当時では約33億円)の移籍金で獲得した。しかし、マンチェスター・ユナイテッドとの関係を悪くしないようにするためか、移籍金の4分の3の1200万ポンドはマンチェスター・ユナイテッドへ、残りの400万ポンドがミケル自身に渡されることで決着した。

チェルシー加入後は主に控え選手として試合に出場していたが、レディングFC戦でレッドカードを提示され、退場となってしまった。その後は出場機会をなくしてしまっていたが、リーグ戦の対ウィガン・アスレティックFC戦で控えとして出場し、リーグ・カップのマクルズフィールド・タウンFC戦で1ゴールを決め、チームの勝利に貢献した。

2017年1月6日には、11年間在籍したチェルシー時代に別れを告げた。

同年、中国の天津泰達足球倶楽部への移籍が発表された[1]

2019年1月24日、ミドルスブラFCに移籍した[2]

2020年8月17日、ストーク・シティFCに移籍した[3]

2021年7月1日、アル・クウェートSCに移籍[4]。同年11月4日に退団[5]

2022年9月27日、現役引退を発表した[6]

エピソード

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  • 2003年フィンランドで行われたFIFA U-17ワールドカップに出場した際、ユニフォームに"MICHAEL"のスペルが"MIKEL"と間違ってプリントされていた。それを気に入ったらしく、それからはミケルという名前を登録名としている。
  • 2006-07シーズンにチェルシーがFAカップで優勝したが、誤って優勝カップを落として傷をつけてしまった。
  • 2011年8月12日に父親がナイジェリアのジョスで誘拐されたが[7]、22日にカノで保護された[8]
  • 主将として出場した2018 FIFAワールドカップ ロシア大会では、グループリーグ第3戦目のアルゼンチン戦の4時間前に父親が再び誘拐される事件が発生した[9]。ミケルはそれを知りながら、関係者やチームメイト等には一切明かさず試合にフル出場している(試合は1-2で敗れ、グループリーグ敗退が決定した)。後に父親は拷問による怪我を負うも無事に解放された。

個人成績

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クラブでの成績

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2020年3月17日現在 出典:soccerway.com

クラブ シーズン リーグ戦 カップ戦 リーグ杯 UCL[* 1] UEL[* 2] その他 合計
リーグ 試合 得点 試合 得点 試合 得点 試合 得点 試合 得点 試合 得点 試合 得点
FKリン 2004 エリテセリエン 4 0 0 0 - - - - 4 0
2005 2 1 0 0 - - - - 2 1
合計 6 1 0 0 - - - - 6 1
チェルシー 2006-07 プレミアリーグ 22 0 6 2 4 0 9 0 - 1 0 42 2
2007-08 29 0 2 0 3 0 4 0 - 1 0 39 0
2008-09 34 0 5 0 1 0 9 0 - - 49 0
2009-10 25 0 3 0 2 0 4 0 - 1 0 35 0
2010-11 28 0 2 0 0 0 6 0 - 1 0 37 0
2011-12 22 0 5 0 1 0 9 0 - - 37 0
2012-13 22 0 3 0 1 0 5 0 4 0 3 0 38 0
2013-14 24 1 2 1 2 0 7 0 - 1 0 36 2
2014-15 18 0 2 0 4 0 2 1 - - 26 1
2015-16 25 0 2 0 2 0 4 1 - - 31 1
2016-17 0 0 0 0 0 0 - - - 0 0
合計 249 1 32 3 20 0 59 2 4 0 8 0 372 6
天津泰達 2017 超級 13 1 0 0 13 1
2018 18 2 0 0 18 2
合計 31 3 0 0 31 3
ミドルズブラ 2018-19 EFLチャンピオンシップ 18 1 1 0 19 1
トラブゾンスポル 2019-20 スュペル・リグ 18 0 0 0 5 0 23 0
総通算 322 6 33 3 20 0 59 2 9 0 8 0 451 11
  1. ^ 予選、プレーオフも含む。
  2. ^ 予選、プレーオフも含む。

ナイジェリア代表

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出典:national-football-teams.com


ナイジェリア代表国際Aマッチ
出場得点
2006 5 1
2007 4 0
2008 8 1
2009 5 0
2010 8 0
2011 8 0
2012 2 1
2013 17 1
2014 13 0
2015 3 0
2016 5 1
2017 4 1
2018 5 0
2019 4 0
通算 91 6

代表での得点

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 #  日時 場所 対戦相手 スコア 最終結果[* 1] 大会
1. 2006年1月27日 エジプトの旗 ポートサイド・スタジアムポートサイド  ジンバブエ
2–0
○2–0
アフリカネイションズカップ2006
2. 2008年1月29日 ガーナの旗 セコンディ・タコラディ・スタジアムセコンディ・タコラディ  ベナン
1–0
○2–0
3. 2012年10月13日 ナイジェリアの旗 U. J. エスエネ・スタジアムキャラバー  リベリア
4–0
○6–1
アフリカネイションズカップ2013予選
4. 2013年6月20日 ブラジルの旗 アレーナ・フォンチ・ノヴァサルヴァドール  ウルグアイ
1–1
●1–2
FIFAコンフェデレーションズカップ2013
5. 2016年11月12日 ナイジェリアの旗 ゴッズウィル・アクパビオ・国際スタジアムウヨ  アルジェリア
2–0
○3–1
2018 FIFAワールドカップ予選
6. 2017年9月1日  カメルーン
2–0
○4–0
  1. ^ 勝(○)、分(▲)、敗(●)

タイトル

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クラブ

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チェルシー
トラブゾンスポル

代表

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脚注

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  1. ^ ミケル、チェルシーに別れを告げ中国移籍を表明。クラブからも正式発表:.footballchannel 2017年1月6日
  2. ^ Champions League Winner John Obi Mikel Joins Boro”. www.mfc.co.uk (2019年1月24日). 2019年1月24日閲覧。
  3. ^ Obi Mikel completes switch”. stokecityfc.com (2020年8月17日). 2020年9月10日閲覧。
  4. ^ John Obi Mikel”. Stoke City. 2021年9月14日閲覧。
  5. ^ “元チェルシーのミケルがクウェートSCを4カ月で退団…出場は2試合のみ”. 超ワールドサッカー. (2021年11月6日). https://web.ultra-soccer.jp/news/view?news_no=406474&page=0 2022年9月28日閲覧。 
  6. ^ “35歳のミケルが現役引退…チェルシーやナイジェリア代表で活躍”. 超ワールドサッカー. (2022年9月28日). https://web.ultra-soccer.jp/news/view?news_no=427506 2022年9月28日閲覧。 
  7. ^ “チェルシーのミケル、誘拐された父親の解放願う”. ロイター. (2011年8月16日). http://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-22723320110816 2011年8月23日閲覧。 
  8. ^ “チェルシーMFミケルの誘拐されていた父親が無事解放”. サッカーキング. (2011年8月23日). http://www.soccer-king.jp/news/england/article/201108231340_chelsea_mikel.html 2011年8月23日閲覧。 
  9. ^ “衝撃!W杯ナイジェリア代表主将、試合直前に「父親が誘拐」…誰にも知らせずに戦う”. qoly. (2018年7月3日). https://qoly.jp/2018/07/03/nigeria-john-obi-milkel-father-was-kidnapped-iks-1 

外部リンク

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