クンダリニー
この記事には独自研究が含まれているおそれがあります。 |
インド哲学 - インド発祥の宗教 |
ヒンドゥー教 |
---|
クンダリニー(Kundalini、サンスクリット: कुण्डलिनी、 kuṇḍalinī 発音 )とは、インドの思想実践における、人体の脊椎の基部に蛇のようにとぐろを巻いて休眠している生命エネルギーの概念である[1]。クンダリーとも[1]。
本項の解説は、クンダリニー・ヨーガの立場による。
語源
[編集]Kundalini (クンダリニー)は、サンスクリットで「螺旋を有するもの」を意味する kundalin (クンダリヌ)の女性形主格である[2]。kundalin は、「螺旋」「コイル」「巻き毛」「環」などを意味する kundala(クンダラ)から派生している[2]。1875年にアメリカで結成された神秘思想団体・神智学協会の3代目会長ジョージ・アルンデールは、この kundala と、「焼く」「燃える」を意味する kund (クンド)、「皿」「穴」を意味する kunda (カンダ)が、Kundalini の語根であると述べている[3]。
略説
[編集]ヒンドゥー教シヴァ派のナート派(Natha, Nath。ナータ派とも)の伝説的な開祖マッツェーンドラナート(マツイェーンドラナータ)が説く宇宙生成論・身体論では、人間の身体は、個我(個々人の魂)を形成する低次のレベルのシャクティによって維持されており、このシャクティは身体の会陰部に休眠するクンダリニーとして想定されている[4]。クンダリニーは三回半とぐろを巻いた蛇の姿で表される[4]。クンダリニーは通常眠っていると考えられているが、誰しもが自分でも気づかないほどの穏やかなレベルで覚醒しているという見解もある[5]。
ナート派は疑似的な人体生理学を持ち、頭頂には千花弁の蓮華の形をしたチャクラ(サハスラーラ)に「至高のシヴァ」が住すとされ、個我のシャクティであるクンダリニーをハタヨーガで覚醒させ、「至高のシヴァ」のもとに昇らせ、二元を会合させて二元の同一性である「至高の歓喜」を獲得することを目指す[6]。
ヨーガの歴史的研究を行ったイギリスの研究家マーク・シングルトンによれば、近代インドの傾向において、ハタ・ヨーガ(あるいはクンダリニー・ヨーガ)は望ましくない、危険なものとして避けられてきたという[7]。ヴィヴェーカーナンダやシュリ・オーロビンド、ラマナ・マハルシら近代の聖者である指導者たちは、ラージャ・ヨーガやバクティ・ヨーガ、ジュニャーナ・ヨーガなどのみを論じ、高度に精神的な働きや鍛錬のことだけを対象とした一方、ハタ(またはクンダリニー)といったヨーガは危険か浅薄なものとして扱った[7][* 1]。
クンダリニー・ヨーガに類似するものとしては、チベット密教のゾクリム(究竟次第)などがある。また、グル等が弟子に対し直接手を触れるなどして高い霊的エネルギーの受け渡しを行うシャクティーパット等、他者の力を呼び水とする方法もある[* 2]。
2021年に、宗教的覚醒と精神病、クンダリニー症候群などをテーマとしたシンポジウムが日本トランスパーソナル心理学/精神医学会により開催された[1]。
西洋
[編集]近代〈神智学〉のチャールズ・W・レッドビーターは、このヨーガで、人間や物体がまとうオーラの感知、自然霊との交信、遠隔地の看取、アカシック・レコードによる過去視・未来視、肉体を包んでいる霊的身体の存在、宇宙の霊的な多層性を感得するといった、次元の異なる存在を知覚できる「透視力」を獲得したという[10]。
ナディーとの関係
[編集]体内(霊体)にあると言われるナディー(脈管)の中でも代表的なものは、動的で男性的性質のピンガラー・ナディー(別名・太陽の回路)、静的で女性的性質のイダー・ナディー(別名・月の回路)、そして身体の中央を貫いており、調和をもたらすスシュムナー・ナディーの3つがあり、ピンガラー・ナディーとイダー・ナディーは、スシュムナー・ナディーを4回交差している[11]。ピンガラー・ナディーとイダー・ナディーの調和のとれた活性と浄化という条件の下、スシュムナー・ナディー内をクンダリニーが上昇した結果訪れるサマーディに入定することが、サマーディより出定後も安全に高い霊性を維持していくための条件とされる。
なお、「ナーディ」と表記されるものも散見されるが、サンスクリット語の初心者がやりがちな間違いである[12]
クンダリニー症候群
[編集]非常に高度なヨーガの実践が、専門家の指導による必要な準備と予防措置を講じず適切に行われなかった場合、副作用が生じることがある[13]。(クンダリニーが実在すると仮定して)クンダリニー覚醒によるとされる人間に起こる現象は精神疾患に類似する場合があり、精神衛生の専門家であっても両者を区別することは困難である[13]。研究者の中には、クンダリニー覚醒を、筋肉の運動、知覚、精神的体験の変化に起因するものとし、これを「生理的クンダリニー症候群(Physio-kundalini syndrome。略称・PKS))」と表現する者もいる[13]。クンダリニー症候群(英:Kundalini syndrome)とも。霊的・精神的・身体的な準備ができていないにもかかわらずクンダリニーがある程度覚醒してしまったために、様々な症状を発症することである。トランスパーソナル心理学・精神医学の分野で研究が進められているが、研究途上にあり科学的・客観的根拠に乏しいため、研究者によって考え方が異なっている。
ある研究では、施設に収容されている統合失調症患者の25-30%がクンダリニー現象を経験したと推定されるが、一方別の報告では、(外からの強制でない)自然発生的な・自発的なクンダリニー覚醒は、神経症から精神病に至るまでの「数えきれない」精神の疾患の症例との関連が主張されている[13]。巻口勇一郎によると、他の病気にもみられる症状を、自分でクンダリニー症候群だと思い込むケースが多い[14]。クンダリニー症候群であるにもかかわらず精神病と誤診されるケースがあるという意見もある[15]。生理的クンダリニー症候群は「男性よりも女性に」「若い世代ほど」経験者が多いといった調査結果も存在する[16]。
発症要因
[編集]巻口勇一郎によると、中毒症状や病気、過労、仙骨付近の負傷、臨死体験(NDE後遺症)などにより発症する可能性がある[17]。特に臨死体験(NDE)経験者が最もクンダリニー上昇に近い経験をしているという主張が欧米の研究者を中心になされている。他に、急進的な解脱願望を抱いた状態または神への絶対帰依を欠いた状態での修行の継続の結果や、さらには人生の困難、交通事故などにより身体にかかる衝撃[18]、出産時のショック[18]、過度の前戯[5]などによっても誘発されるおそれがあるという説がある。巻口勇一郎は、LSDなど薬物を利用した覚醒は偽りのものであり、アクシデントに陥りクンダリニーが堕胎してしまう危険性が高いとしている[17]。
症例
[編集]自律神経系のうち交感神経系の暴走からくる自律神経失調症をはじめ、至福恍惚感[19]、全身の激しい脈動、脈拍数の増加と高血圧[20]、片頭痛[21]、急性または慢性の疲労[14]、性欲の昂進あるいは減退[14]、統合失調症的症状[14]、幻視・幻聴[18]、抑鬱[14]、神経症などを発症するおそれがあり、臨死体験や空中浮遊、脳溢血や半身不随[18]、自殺などを招いてしまうなどと主張するグルもいる[要出典]。
巻口勇一郎によると、元々境界例や自己愛的な病を患っていたり精神病を潜在的に抱えている場合に、クンダリニー覚醒に先立って元々の病が押し出されるという説もある[16]。
統御・鎮静法
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
巻口勇一郎は、クンダリニーの知性に心身を委ねる、ピンガラー・ナディーとイダー・ナディーの不均衡を鼻孔の左右どちらかで呼吸することにより調節する、裸になり濡れた土の上に横になりアースする、首から下を冷水の中に沈める等の方法が有効としている[22]。また、労働環境や生活様式の改善、感情の解放(自他の許し)、執着している事物を手放し諦めること、瞑想状態でのハタ・ヨーガのアーサナなども対処法として考えられるとしている[23]。
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b 橋本, 宮本 & 山下 2005, p. 90.
- ^ a b 成瀬 2003, p. 33.
- ^ アランデール 2004, p. 18.
- ^ a b 橋本, 宮本 & 山下 2005, pp. 156–158.
- ^ a b 巻口 2010, p. 17.
- ^ 橋本, 宮本 & 山下 2005, p. 158.
- ^ a b マーク・シングルトン『ヨガ・ボディ - ポーズ練習の起源』喜多千草訳、大隅書店、2014年、99頁。
- ^ ポール・ブラントン 著、日本ヴェーダーンタ協会 訳『秘められたインド 改訂版』日本ヴェーダーンタ協会、2016年(原著1982年)。
- ^ デーヴィッド・ゴッドマン編 著、福間巖 訳『あるがままに - ラマナ・マハルシの教え』ナチュラルスピリット、2005年、249-267頁。ISBN 4-931449-77-8。
- ^ 大田俊寛『現代オカルトの根源 - 霊性進化論の光と闇』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2013年、52-55頁。
- ^ 巻口 2010, p. 13.
- ^ 金沢 2014, p. 439.
- ^ a b c d Suchandra 他 2021.
- ^ a b c d e 巻口 2010, p. 14.
- ^ サネラ 1983, pp. 280–292.
- ^ a b 巻口 2010, p. 15.
- ^ a b 巻口 2010, p. 16.
- ^ a b c d 成瀬 2003, p. 35.
- ^ 巻口 2010, p. 14; グリーンウェル 2007, p. 54.
- ^ グリーンウェル 2007, p. 54.
- ^ グリーンウェル 2007, p. 57.
- ^ 巻口 2010, p. 18.
- ^ 巻口 2010, p. 21.
注釈
[編集]参考文献
[編集]- Hari hara Suchandra 他 (2021-02). “Kundalini-like experience as psychopathology: A case series and brief review”. Complementary Therapies in Clinical Practice 42. doi:10.1016/j.ctcp.2020.101285.
- 巻口勇一郎『スピリチュアリティ研究の到達点と展開』コスモス・ライブラリー。2019年。ISBN 978-4-434-25618-9。
- 金沢篤「Mundaka Upanisad III-1-1 : エピグラフに見るインド受容」『駒澤大学佛教学部論集』第45巻、駒澤大学仏教学部研究室、2014年10月、462(53)-431(84)、CRID 1050301474386692352。
- 巻口勇一郎「クンダリニーの連鎖的覚醒によるシティズンシップ生成 - 生理的クンダリニー症候群(の内容および対処法)とデュルケムの集合的沸騰論」『トランスパーソナル心理学/精神医学』第10巻、第1号、12-23頁、2010年8月。ISSN 1345-4501。
- 橋本泰元、宮本久義、山下博司『ヒンドゥー教の事典』東京堂出版、2005年。
関連文献
[編集]- G・S・アランデール『クンダリニ - ある奥義体験』岡崎正義訳、竜王文庫、2004年。ISBN 4-89741-324-9。
- ボニー・グリーンウェル『クンダリーニ大全 - 歴史、生理、心理、スピリチュアリティ』佐藤充良訳、ナチュラルスピリット、2007年。ISBN 978-4-903821-15-3。
- リー・サネラ 著「クンダリニーの古典的見解と臨床的見解」、ジョン・ホワイト編 編『クンダリニーとは何か』川村悦郎訳、めるくまーる社、1983年。
- 成瀬雅春『クンダリニー・ヨーガ - 超常的能力ヨーガ実践書の決定版』BABジャパン、2003年。ISBN 4-89422-605-7。
- 本山博 『自分でできる超能力ヨガ - 四週間で身につくトレーニング法』 宗教心理出版、1992年。
- 本山博 『密教ヨーガ - タントラヨーガの本質と秘法』 宗教心理出版、1978年。
- 本山博 『超意識への飛躍 - 瞑想・三昧に入ると何が生ずるか』 宗教心理出版 第5版、1985年。
- 本山博 『霊的成長と悟り - カルマを成就し、解脱にいたる道』 宗教心理出版、1988年。
- C・W・リードビーター 『チャクラ』 本山博・湯浅泰雄 共訳、平河出版社、1979年。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- Kundalini Awakening Systems 1
- KUNDALINI YOGA (PDF) スワミ・シヴァーナンダ著、A DIVINE LIFE SOCIETY PUBLICATION