郝海東
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名前 | ||||||
愛称 | 社長 | |||||
カタカナ | ハオ・ハイドン | |||||
ラテン文字 | Hao Haidong | |||||
中国語 | 郝海東 | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
中華人民共和国 (1970-2020) スペイン (2020-) | |||||
生年月日 | 1970年5月9日(54歳) | |||||
出身地 | 山東省青島市 | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | FW | |||||
代表歴 | ||||||
1992-2004 | 中国 | 115 | (41) | |||
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
郝 海東(かく かいとう、拼音: 、簡体字中国語: 郝海东、1970年5月9日 - )は、中国・青島出身の元プロサッカー選手(フォワード)、ビジネスマン、政治活動家[1]。
経歴
[編集]1986年、16歳で八一振邦に入団。1995年、ウルグアイのペニャロールからオファーがあったが八一は軍隊チームであり自身も軍籍であったため実現せず。1997年に220万人民元の移籍金で大連万達(現・大連実徳)へ移籍。中心選手として活躍し、大連に数多くのタイトルをもたらす。
中国代表としては、1992年から2004年まで代表通算115試合に出場、41得点を挙げた。1998年にはリーグ得点王、MVPになるが、同年12月のアジア大会で主審に口に含んだ水を吐いたとして2000ドルの罰金に加え1年間あらゆる試合への出場停止処分を受けた[2][3]。復帰後2001年にもリーグ得点王、代表にも復帰。2002年にはFIFAワールドカップに背番号10を背負って全試合に出場した。AFCアジアカップにも3度出場。代表通算115試合41得点で同国代表歴代最多得点者である。
2003年にはAFCアジアチャンピオンズリーグの得点王。同年A3チャンピオンズカップ出場のため訪日。2004年には大連で一時的に監督を兼任している。2005年、イングランド・チャンピオンシップのシェフィールド・ユナイテッドに移籍。移籍金の1ポンド(約200円)が話題になった。既に高齢でFAカップのコルチェスター.ユナイテッド戦(1-2)1試合に出場したのみ、主にコーチ業の勉強など引退後に向けた移籍とされている。
2007年に現役引退。現在は、中国サッカー・甲級リーグに所属する天津松江足球倶楽部の主席(クラブ代表)を務めている。長男の郝潤澤はU17代表選出され、スペイン、セルビアでプレイしている。
2019年5月、元バドミントン選手、シドニー五輪銅メダリスト葉釗穎と再婚[4]。
2020年にスペインに移住。同年6月4日にYouTubeで「新中国連邦宣言」というタイトルの動画を投稿し、中国共産党政権を批判した。動画では「中国共産党の殲滅は正義にとって必要だ」「(中国共産党の全体主義統治が)人権を無視し、民主を踏みにじり、香港で殺戮を行ってきた」などと主張したほか、新型コロナウイルスによって「世界に生物化学兵器による戦いを発動した」とも語った。米ドナルド・トランプ政権の大統領首席戦略官だったスティーブン・バノンやアメリカ亡命中の中国人元実業家・郭文貴との連携も示唆した[1]。動画を投稿した後、郝の微博アカウントは閉鎖され、中国のサイトにある関連内容も全て削除された[5]。
所属クラブ
[編集]- 八一振邦 1986-1996
- 大連万達 / 大連実徳 1997-2005
- シェフィールド・ユナイテッドFC 2005-2007
タイトル
[編集]選手時代
[編集]- 八一足球隊
- 中国Aリーグ:1回(1986)
- 中国FAカップ:1回(1990)
- 大連万達 / 大連実徳
- 中国Aリーグ:5回(1997、1998、2000、2001、2002)
- 中国FAカップ:1回(2001)
- 中国サッカー・スーパーカップ:3回(1996、1998、2001)
- 個人
脚注
[編集]- ^ a b 中国サッカー界のレジェンドが「共産党打倒」宣言 国内世論に衝撃 産経新聞 2020年6月5日
- ^ “亚足联郝海东的背后”. sports.sina.com.cn. 2018年12月4日閲覧。
- ^ “关于曾经的“亚洲第一前锋”郝海东 你可能不知道的12件事”. news.ifeng.com. 2018年12月4日閲覧。
- ^ sina_mobile (2019年8月8日). “对话郝海东叶钊颖:愿我们的下半场比上半场更精彩”. sports.sina.cn. 2020年6月4日閲覧。
- ^ “Retired China soccer star calls for ouster of Communist Party” (英語). Reuters. (2020年6月4日) 2020年6月5日閲覧。
外部リンク
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