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オムロンピンディーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オムロンピンディーズ
基本情報
正式名 オムロン ハンドボール部
愛称 ピンディーズ
略称 オムロン
運営母体 オムロン
創設 1974年
スローガン 更に進化し続けるオムロン (The Evolving OMRON.)
マスコット ピンディー
所属リーグ
日本の旗 日本ハンドボールリーグ
歴代チーム名
  • 立石電機ハンドボール部 (1974年 - 1985年)
  • 立石電機山鹿ハンドボール部 (1985年 - 1990年)
  • オムロン ハンドボール部 (1990年 - )
本拠地
本拠地 熊本県山鹿市
0山鹿市総合体育館
熊本県人吉市
0人吉スポーツパレス
熊本県八代市
0八代市総合体育館
練習会場 熊本県山鹿市
0オムロン鹿陽センター
成績
2019-20 5位
リーグ優勝 17回 (1976年・1980年・1981年・1982年・1983年・1986年・1992年・1993年・1995年・1997年・2005年・2006年・2007年・2008年・2011年・2012年・2013年)
PO出場 20回 (1994年・1995年・1997年・1998年・2000年・2001年・2003年・2004年・2005年・2006年・2007年・2008年・2009年・2011年・2012年・2013年・2014年・2015年・2016年・2018年)
獲得タイトル
日本選手権優勝 (19回)
1976年・1982年・1985年・1992年・1994年・1995年・1996年・1998年・2005年・2006年・2007年・2008年・2009年・2011年・2012年・2013年・2014年・2016年・2017年
全日本社会人選手権優勝 (9回)
1976年・1981年・1982年・1983年・2000年・2006年・2007年・2009年・2013年
国スポ優勝 (14回):熊本県代表
1976年・1983年・1984年・1990年・1991年・1993年・1994年・2000年・2001年・2004年・2007年・2009年・2010年・2012年
東アジア選手権優勝 (3回)
2006年・2007年・2008年
役員
オーナー 立石義雄
GM 太田誠
監督 日本の旗 水野裕紀
ユニフォーム
サプライヤー ヒュンメル
1st
2nd
外部リンク
公式サイト
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オムロン ハンドボール部: Omron Handball Team)は、熊本県山鹿市を本拠地とする女子ハンドボールチーム。日本ハンドボールリーグ所属。

同リーグには1976年の第1回大会から出場し、2016年現在で17回優勝するなど日本屈指の名門チームである。チームカラーはピンク色。

愛称のピンディーズ(Pindys)の「Pindy」は、チームカラーのピンク(Pink)の「Pin」、ホームタウンである山鹿市を連想させる鹿(Deer)の「D」、女性を意味する英単語のレディ(Lady)の「y」を組み合わせた造語である。[1]

歴史

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大洋デパート

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前身は熊本市を本拠地とした大洋デパートで、1961年4月に結成された。同年1月に行われた全日本室内選手権で優勝した熊本商大クラブのメンバーが入社したほか、1958年から全国高等学校総合体育大会(インターハイ)3連覇を達成していた熊本市立高校女子ハンドボール部のメンバーが加入[2]。以降国民体育大会(国体)優勝7回、全日本総合選手権優勝5回、全日本実業団選手権優勝7回、全日本選抜優勝4回を誇り、1969年からは2年連続で4大タイトルを独占、また1970年8月から1972年12月まで公式戦51連勝を記録するなど、輝かしい記録を残した。

立石電機

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1973年11月に経営母体である大洋デパートで104人が死亡する火災(大洋デパート火災)が発生し、このため大洋はチームを維持できなくなった。1974年の年明け早々にハンドボール部の廃部が役員会で決定。ハンドボール部を残すため、熊本ハンドボール協会が熊本県のスポーツ界や財界と話し合いを行っていたところ、同年1月に熊本県山鹿市に工場を持つ立石電機(本社は京都府京都市)がチームの引き受けを提案。社長の立石一真が熊本県出身だったこともあり、話は一気にまとまった。2月7日に部員13人や大洋デパートへ入社予定だった2人、監督の井薫が新チームへ移籍した[3]

1976年に創設された日本ハンドボールリーグに参加[4]。同シーズンは東京重機が首位を独走。立石電機は東京重機に敗れたものの、その1敗(6勝)でシーズンを終えた。しかし東京重機が終盤に2連敗し、立石電機が優勝を果たした。井薫監督は「最後に重機が2敗するとは考えてもみなかった。単独1位となったのはラッキーかもしれない」と話した。和田祥子、島田夏枝、蔵田照美がベストセブンを受賞[5]。同年は全日本総合選手権・実業団選手権・国民体育大会も制し、史上初の「四冠」を達成した。

1977年は前シーズン限りで島田と蔵田が引退し、井監督も「2人の抜けた穴は非常に大きい」と話していた。新人にはインターハイ優勝校の大分県立大分東高等学校のエース・姫野五十鈴や、同じく2位の熊本女子商業高等学校の桑原広子が加入[6]。日本リーグ前期は紀野奈々美がリーグ得点2位の活躍をみせるも3位タイで折り返し[7]。シーズンは2位に終わった。

1978年は4勝3敗で日本リーグ4位に終わった。平下涼子がベストセブンを受賞[8]1979年は紀野奈々美が得点ランキング3位と活躍するもチームは5位に低迷[9]

1980年は紀野が故障から復帰。また、武庫川女子大学の木下智子が加入し、実業団選手権で新人敢闘賞を受賞[10]。日本リーグでは6勝1敗で4年ぶりの優勝を果たした。ベストセブンには井村文光子、紀野が選ばれた[11]

1981年は全勝(7勝)で日本リーグ2連覇を達成。1982年には元ユーゴスラビア代表でRKオシェイクのカティツア・イレシュとノビサッドSCのドルベェニャク・ベリツアが加入[12]。日本リーグ2年連続全勝優勝を果たした。同年は全日本総合選手権で6年ぶりの優勝を遂げた[13]

1983年は日本リーグ3年連続全勝優勝を果たし、4連覇を達成した。同年限りで優勝に貢献したイレシュが退団。

1984年はユーゴスラビア代表のビセルカ・ビスニッチとミレーナ・ジョルジェビッチが加入[14]。シーズンは2位に終わった[15]。リーグ終了後のオールスター戦では荒木晴美、亀園末栄、是枝澄代、岩村英子、江口由美子が選出され、荒木が敢闘賞を受賞した[16]

1985年にチーム名を立石電機山鹿へ変更。1986年は2位(6勝1敗1分)で最終戦を迎え、首位の大崎電気(7勝1敗1分)と対戦。優勝には4点差以上で勝利することが条件だったが、20対16で勝利し、3年ぶりの優勝を果たした。ベストセブンには荒木、野嶋ちえみが選出[17]。全日本総合選手権では準決勝で韓国人選手2名を擁する東京女子体育大学に敗れた[18]

オムロン

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1990年に親会社の社名変更により、チーム名をオムロンへ変更。1992年は主力3選手が退団したが、中国代表の張泓と王涛が加入。全日本総合選手権で7年ぶりの優勝を果たした[19]。日本リーグは9勝1敗で6年ぶりの優勝[20]

2018年日本体育大学岩渕いくみ江藤美佳が加入。レギュラーシーズンは3位で終了し、プレーオフ出場権を獲得。個人では吉田起子がフィールド得点王を獲得、宮川裕美が7mスロー阻止率賞を獲得したほか、ベストセブンには吉田と相澤莉乃が選ばれた。プレーオフでは1stステージの三重バイオレットアイリス戦を21対15で勝利し、2ndステージの広島メイプルレッズ戦も21対20で勝利。北國銀行との決勝へと進んだが、20対29で敗れた。殊勲選手賞には吉田起子が選ばれた。

2019年筑波大学竹原千賀環太平洋大学渡辺綾菜が加入。8月には中華人民共和国江蘇省無錫市で開催されたスーパーグローブに出場。準決勝に進出したが、チャイニーズ・ナショナル・クラブ(中国)に敗れ4位に終わった[21]

2022年10月21日、2024年発足予定のプロリーグへの参入が内定した[22]

選手・スタッフ

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現役選手

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# Pos. 選手名 年齢 出身校 備考
1 日本の旗 GK 宮川裕美 33歳 青森中央高校 日本の旗 日本代表 (第1回欧州遠征 / JAPAN CUP / 日韓定期戦)
2 LW 勝連智恵 35歳 宣真高校
4 LB 吉田起子 35歳 東京女子体育大学
5 高杉桃加 28歳 岩国商業高校 背番号「21」→「5」
6 CB 石井優花 31歳 東京女子体育大学 日本代表
7 RB 岩渕いくみ 28歳 日本体育大学 日本代表 / 背番号「22」→「7」
8 CB 西尾瑠那 29歳 天理大学 背番号「13」→「8」
9 PV 永田しおり (キャプテン) 37歳 福岡女子商業高校 日本の旗 日本代表 (JAPAN CUP / 日韓定期戦)
10 山下真里奈 32歳 東海大学
11 RW 尾﨑佳奈 29歳 東京女子体育大学
12 GK 白石さと 31歳 日本代表
13 LW 江藤美佳 29歳 日本体育大学 背番号「23」→「13」
14 PV 川俣ゆかり (副主将) 34歳 筑波大学
15 竹原千賀 28歳 2019年度加入
16 GK 渡辺綾菜 28歳 環太平洋大学
18 LB 伊地知美姫 28歳 鹿児島南高校
19 PV 福井亜由美 30歳 東京女子体育大学
2019年5月14日更新[23] / ○は新人、☆は内定選手、△は移籍、□は復帰
入退団 (2018-19 ⇒ 2019-20)
# Pos. 選手名 年齢 前所属 / 去就 備考
入団
15 日本の旗 PV 竹原千賀 23歳 日本の旗 筑波大学
16 GK 渡辺綾菜 23歳 日本の旗 環太平洋大学
退団
3 日本の旗 RW 相澤莉乃 29歳
5 LW 松本江里加 28歳
7 LB 小舘美紀 27歳
8 CB 松尾祐依 28歳

スタッフ

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役職 氏名
オーナー 立石義雄
オーナー代行 安藤聡
GM 太田誠
監督 水野裕紀
GM代行・コーチ 勝田祥子
トレーナー 西村英治
橋本洋一郎
松原淳一
河本徹
森山誘太
中村朝美
2019年5月14日更新[23]

歴代監督

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監督
- 2010年 大韓民国の旗 洪廷昊
2010年 - 2018年 大韓民国の旗 黄慶泳
2018年 - 日本の旗 水野裕紀

歴代主将

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主将
- 2010年 日本の旗 坂元智子
2010年 - 2012年 日本の旗 久野葵
2012年 - 2015年 日本の旗 藤井紫緒
2015年 - 日本の旗 永田しおり

成績

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日本ハンドボールリーグ

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プレーオフは1994-95年シーズンから導入。

レギュラーシーズン プレーオフ 順位 東アジア
クラブ選手権
得点 失点 順位
立石電機ハンドボール部
1976-77 7 6 0 1 114 68 優勝
1977-78 14 9 2 3 156 111 2位
1978-79 14 8 1 5 172 175 4位
1979-80 7 2 1 4 81 85 5位
1980-81 7 6 0 1 117 69 優勝
1981-82 7 7 0 0 141 82
1982-83 7 7 0 0 188 111
1983-84 7 7 0 0 144 110
1984-85 7 6 0 1 164 131 2位
立石電機山鹿ハンドボール部
1985-86 10 8 0 2 212 193 2位
1986-87 10 7 1 2 203 166 優勝
1987-88 5 3 0 2 110 87 3位
1988-89 10 5 1 4 210 215
1989-90 10 5 0 5 229 233
オムロン ハンドボール部
1990-91 10 5 1 4 207 194 3位
1991-92 10 7 1 2 250 187 2位
1992-93 10 9 0 1 282 204 優勝
1993-94 10 8 0 2 304 251
1994-95 14 10 0 4 321 245 2位 決勝敗退 2位
1995-96 14 8 1 5 314 292 2位 決勝勝利 優勝
1996-97 14 5 1 8 322 329 6位 - 6位
1997-98 14 10 1 3 351 303 2位 決勝勝利 優勝
1998-99 14 10 0 4 344 277 2位 準決勝敗退 3位
1999-00 11 6 0 5 276 205 6位 - 6位
2000-01 16 9 4 3 354 256 2位 決勝敗退 2位
2001-02 16 11 1 4 419 340 3位 準決勝敗退 3位
2002-03 15 6 1 8 305 303 4位 - 4位
2003-04 15 10 0 5 351 339 2位 準決勝敗退 3位 -
2004-05 12 10 0 2 325 244 2位 決勝敗退 2位 -
2005-06 12 10 0 2 357 279 1位 決勝勝利 優勝 優勝
2006-07 15 13 1 1 502 339
2007-08 15 13 0 2 435 345
2008-09 15 13 1 1 455 310 3位
2009-10 15 12 1 2 448 289 2位 準決勝敗退 3位 -
2010-11 15 9 1 5 390 277 4位 - 4位 -
2011-12 15 11 1 3 440 267 2位 決勝勝利 優勝 3位
2012-13 15 12 2 1 406 262 1位
2013-14 18 14 2 2 495 323 1位 準優勝
2014-15 18 14 0 4 444 288 2位 決勝敗退 2位 3位
2015-16 12 10 0 2 275 208 -
2016-17 18 12 0 6 388 344 準決勝敗退 3位 -
2017-18 24 14 1 9 534 474 5位 - 5位 -
2018-19 24 15 2 7 510 470 3位 決勝敗退 2位 -
2019-20 5位 - 5位 -
2020-21 5位 - 5位 -

大会・選手権

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日本選手権 社会人選手権 国民体育大会
立石電機ハンドボール部
1974年 4位 3位 -
1975年 準優勝 準優勝 準決勝敗退
1976年 優勝
1977年 準優勝 準決勝敗退 -
1978年 4位 5位 3位
1979年 準決勝敗退 6位 4位
1980年 3位 5位 準優勝
1981年 3位 優勝 準優勝
1982年 優勝 準優勝 優勝
1983年 準優勝 優勝 優勝
1984年 準優勝 準優勝 優勝
立石電機山鹿ハンドボール部
1985年 優勝 準優勝 準優勝
1986年 ベスト4 準優勝 -
1987年 - 3位 準優勝
1988年 準優勝 5位 -
1989年 - 4位 準優勝
オムロン ハンドボール部
1990年 準々決勝敗退 5位 優勝
1991年 ベスト4 6位 優勝
1992年 優勝 準優勝 3位
1993年 3位 3位 優勝
1994年 優勝 準優勝 優勝
1995年 優勝 4位 準優勝
1996年 優勝 7位 -
1997年 準々決勝敗退 7位 4位
1998年 優勝 3位 準優勝
1999年 ベスト4 5位 準優勝
2000年 準優勝 優勝 優勝
2001年 準優勝 3位 優勝
2002年 準優勝 3位 準優勝
2003年 準優勝 3位 準優勝
2004年 準優勝 準優勝 優勝
2005年 優勝 準優勝 -
2006年 優勝 優勝 3位
2007年 優勝 優勝 優勝
2008年 優勝 準優勝 -
2009年 優勝 優勝 優勝
2010年 準優勝 3位 優勝
2011年 優勝 準優勝 準優勝
2012年 優勝 準優勝 優勝
2013年 優勝 優勝 準優勝
2014年 優勝 準優勝 準優勝
2015年 準優勝 3位 準優勝
2016年 優勝 4位 準優勝
2017年 優勝 5位 準優勝
2018年 準々決勝敗退 準優勝 4位
2019年 準々決勝敗退 3位 4位
2020年 準々決勝敗退 - -
2021年 準々決勝敗退 - -

背番号

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1-10

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年度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
1976年 和田祥子 篠田享子 山下恵美子 平下涼子 紀野奈々美 島田夏枝 蔵田照美 池渕澄江 林千恵 実松栄子
1977年 林千恵 池渕澄江 橋ノ口フサ子 桑原広子 姫野五十鈴
2009年 勝田祥子 城内真紀 髙田裕梨 巻加理奈 市村早紀 吉田祥子 藤井紫緒 石立真悠子 坂元智子 久野葵
2010年 藤間かおり 稲葉由衣 吉田薫
2011年 澤田智美 小林彩香
2012年 - 相澤莉乃
2013年 前田奈美 吉田起子 -
2014年 松尾祐依 永田しおり
2015年 相澤莉乃 - 前田奈美 山下真里奈
2016年 山中絵里奈 松本江里加 小舘美紀
2017年 宮川裕美 勝連智恵 石井優花
2018年
2019年 - 高杉桃加 岩渕いくみ 西尾瑠那
年度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

11-20

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年度 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
1976年 田島夏代 丸山加代子 - 橋ノ口フサ子 - - - - - -
1977年 羽立節子 山下るり子 - - - - - - -
2009年 洪廷昊 藤間かおり 勝連智恵 吉田薫 永田しおり 山中絵里奈 東濱裕子 松本紗也香 永吉未命 松本江里加
2010年 永田しおり 山中絵里奈 前田奈美 松本紗也香 宮川裕美 松本江里加 小堺晶子 小舘美紀
2011年
2012年 吉田起子
2013年 川俣ゆかり 松本江里加 小堺晶子 若松美咲 松尾祐依
2014年 小堺晶子 小舘美紀 山田莉裟 末吉有里沙
2015年 小舘美紀 伊地知美姫
2016年 石井優花 宮川裕美 末吉有里沙 白石さと 福井亜由美 上地涼奈
2017年 尾﨑佳奈 白石さと 西尾瑠那 - 石立真悠子
2018年 - - -
2019年 江藤美佳 竹原千賀 渡辺綾菜 - -
年度 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

21-30

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年度 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
1976年 - - - - - - - - - -
1977年 - - - - - - - - - -
2009年 小堺晶子 - - - - - - - - -
2010年 - - - - - - - - - -
2011年 古家美里 金且妍 - - - - - - - -
2012年 - - - - - - - -
2013年 小舘美紀 山田莉裟 - - - - - - - -
2014年 高杉桃加 - - - - - - - - -
2015年 澤井咲良 白石さと - - - - - - -
2016年 - - - - - - - -
2017年 - 野中映見 - - - - - -
2018年 岩渕いくみ 江藤美佳 - - - - - - -
2019年 - - - - - - - - - -
年度 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

脚注

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  1. ^ チームプロフィール - オムロン ハンドボール部 ピンディーズ 公式サイト
  2. ^ 機関誌 - No.6 1961年5月号 日本ハンドボール協会
  3. ^ 機関誌 - No.117 1974年3月号 日本ハンドボール協会
  4. ^ 機関誌 - No.140 1976年4月号 日本ハンドボール協会
  5. ^ 機関誌 - No.147 1976年11月号 日本ハンドボール協会
  6. ^ 機関誌 - No.153 1977年6月号 日本ハンドボール協会
  7. ^ 機関誌 No.155 1977年8月号 日本ハンドボール協会
  8. ^ 機関誌 - No.169 1978年12月号 日本ハンドボール協会
  9. ^ 機関誌 - No.180 1979年11月号 日本ハンドボール協会
  10. ^ 機関誌 - No.187 1980年7月号 日本ハンドボール協会
  11. ^ 機関誌 - No.192 1980年12月号 日本ハンドボール協会
  12. ^ 機関誌 No.207 1982年5月号 日本ハンドボール協会
  13. ^ 機関誌 No.215 1983年2月号 日本ハンドボール協会
  14. ^ 機関誌 - No.234 1984年10月号 日本ハンドボール協会
  15. ^ 機関誌 - No.236 1984年12月号 日本ハンドボール協会
  16. ^ 機関誌 - No.237 1985年2月号 日本ハンドボール協会
  17. ^ 機関誌 - No.258 1986年12月号 日本ハンドボール協会
  18. ^ 機関誌 No.259 1987年2月号 日本ハンドボール協会
  19. ^ 機関誌 - No.327 1993年2月号 日本ハンドボール協会
  20. ^ 機関誌 - No.330 1993年5月号 日本ハンドボール協会
  21. ^ IHF Women's Super Globe 2019 日本ハンドボール協会
  22. ^ ハンドボール、24年開幕の新リーグに男女18チーム参入 葦原代表理事「世界最高峰のリーグを目指して」スポーツ報知、2022年10月22日閲覧
  23. ^ a b メンバー紹介 オムロン ハンドボール部

外部リンク

[編集]