アシャ=ローズ・ミギロ
アシャ=ローズ・ミギロ | |
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Dr Asha–Rose Migiro | |
タンザニア 法務大臣 | |
任期 2014年1月20日 – 2015年11月5日 | |
大統領 | ジャカヤ・キクウェテ |
前任者 | マティアス・チカウェ |
タンザニア 国民議会議員 | |
任期 2013年12月12日[1] – 2015年7月 | |
任命者 | ジャカヤ・キクウェテ |
選挙区 | None (Nominated MP) |
第3代国際連合副事務総長 | |
任期 2007年2月5日 – 2012年7月1日[2] | |
事務総長 | 潘基文 |
前任者 | マーク・マロック・ブラウン |
後任者 | ヤン・エリアソン |
タンザニア 第12代外務・国際協力大臣 | |
任期 2006年1月4日 – 2007年1月11日 | |
前任者 | ジャカヤ・キクウェテ |
後任者 | バーナード・メンベ |
タンザニア 地域開発・ジェンダー・子供問題担当大臣 | |
任期 2000年 – 2005年 | |
大統領 | ベンジャミン・ムカパ |
後任者 | ソフィア・シンバ |
タンザニア 在イギリス高等弁務官 | |
就任 2016年 | |
前任者 | Peter Kallage |
個人情報 | |
生誕 | 1956年7月9日(68歳) タンガニーカ ソンゲア |
国籍 | タンザニア |
政党 | タンザニア革命党(CCM) |
配偶者 | Cleophas Migiro |
出身校 | ダルエスサラーム大学(法学修士) コンスタンツ大学(法学博士) |
専業 | 弁護士 |
Positions | ダルエスサラーム大学 講師 (1981–2000) タンザニアオープン大学 総長 |
アシャ=ローズ・ミギロ[3](Asha-Rose Mtengeti Migiro、1956年7月9日 - )は、タンザニアの政治家・外交官である。2007年から2012年まで国際連合副事務総長を務めた[4]。2012年7月13日に国連アフリカHIV/AIDS特使に任命された。
若年期と教育
[編集]イギリス委任統治領時代のタンガニーカ ・ルヴマ州ソンゲアで生まれた[3]。1963年にムナジ・ムジャ小学校に入学後、コログウェ小学校に転校し、ヴェルヴェル中等教育学校、コログウェ中等教育学校に進み、1975年に高校を卒業した[5]。
ダルエスサラーム大学で法学の修士号取得し、1992年にドイツのコンスタンツ大学で法学のPhDを取得した[3]。その後、ダルエスサラーム大学法学部の上級講師を務めた[6]。1992年から1994年まで憲法行政法学科長、1994年から1997年まで民法・刑法学科長を務めた[3]。
タンザニア政府でのキャリア
[編集]タンザニア革命党に所属し、1994年から2000年まで区議会議員、2000年から2005年まで地域執行評議会の委員を務めた[5]。2000年から2006年まで地域開発・ジェンダー・子供問題担当大臣を務めた。2006年1月4日、大統領に選出された前外務大臣ジャカヤ・キクウェテの下で、外務・国際協力大臣(外務大臣)に就任した。この地位に女性が就任するのは、タンザニア独立後初だった[7]。
外相在任中には、大湖地域国際会議(ICGLR)や南部アフリカ開発共同体(SADC)政治・防衛・安全保障協力機関閣僚委員会の議長を務めた[3]。コンゴ民主共和国、ザンビア、マダガスカルにおける選挙などの民主化プロセスに対するSADCの支援を調整した[3]。また、大湖地域の平和、安全および開発に関する国連安全保障理事会の公開討論で議長を務めた[3]。
アメリカ政府関係者によると、コンドリーザ・ライス国務長官はミギロと「個人的に面識がある」という[8]。キクウェテ大統領は2007年1月、ミギロの後任の外相にバーナード・メンベを任命した[9]。
国連でのキャリア
[編集]2007年1月5日、ミギロは国連事務総長に就任した潘基文により国連副事務総長に任命された[4]。潘事務総長は、「彼女は長年にわたり発展途上国のために尽力してきた尊敬すべきリーダーである。多様な分野での卓越した奉仕を通じて、彼女は社会経済や開発問題における幅広い経験と専門知識を備えた卓越した管理能力を発揮してきた」と述べた[10]。『ニューヨーク・タイムズ』紙によると、これにより、副事務総長に途上国の女性を選ぶという潘の公約が果たされた[8]。国連ニュースセンターによると、ミギロと潘は両者が外相だった頃に一緒に仕事をしたことがあるという[6]。ミギロは2007年2月1日に正式に副事務総長に任命され、就任した[11]。
副事務総長在任中、デンマークのアナス・フォー・ラスムセン首相が設置した「アフリカとの効果的な開発協力に関する委員会」の委員となり、2008年4月から10月にかけて会議を開催した[12]。 2009年9月にローマを訪問し、イタリアのフランコ・フラッティーニ外相やローマ教皇ベネディクト16世と女性に対する暴力について会談した。国連代表は、女性器切除とジェノサイドを止めることを目的としたイニシアチブの最終準備をしていると報じられていた[13]。
ミギロは2012年6月に副事務総長を退任した。
その後のキャリア
[編集]国連副事務総長退任後はタンザニアに戻り、ジャカヤ・キクウェテ内閣で閣僚に就任した。その後、2015年の大統領選挙でタンザニア革命党の予備選挙に出馬したが、ジョン・マグフリ(後に大統領に就任)に敗れた。
マグフリ大統領は2016年5月にミジロを駐英高等弁務官に任命した[14]。
私生活
[編集]クレオパス・ミギロ(Cleophas Migiro)と結婚し、2人の娘がいる[15]。
脚注
[編集]- ^ “Dr Migiro returns as MP”. Daily News (Tanzania) (Dodoma). オリジナルの16 December 2013時点におけるアーカイブ。 13 December 2013閲覧。
- ^ TT. “Jan Eliasson får toppjobb vid FN (Jan Eliasson get top position at the UN) (Swedish)”. Aftonbladet.se. 2021年2月12日閲覧。
- ^ a b c d e f g “【略歴】 アシャ=ローズ・ミギロ 国連副事務総長”. 国際連合広報センター (2008年5月20日). 2021年2月11日閲覧。
- ^ a b Associated Press authors (5 January 2007). “Tanzania's Migiro is U.N. deputy”. www.cnn.com (CNN). オリジナルの7 January 2007時点におけるアーカイブ。 6 January 2007閲覧。
- ^ a b “Member of Parliament CV”. Parliament of Tanzania. 18 May 2015時点のオリジナルよりアーカイブ。13 January 2007閲覧。
- ^ a b “Tanzanian Foreign Minister named new UN Deputy Secretary-General”. UN News Centre (5 January 2007). 2021年2月12日閲覧。
- ^ Muhiddin, Hassan (5 January 2006). “JK's beefed up team”. The Guardian (IPPMedia Ltd). オリジナルの3 January 2007時点におけるアーカイブ。 6 January 2007閲覧。
- ^ a b Preston, Julia (5 January 2007). “Tanzanian Woman Is Chosen for U.N.'s 2nd Highest Post”. The New York Times (The New York Times Company) 13 January 2007閲覧。
- ^ “Membe new Foreign minister”. TSN Daily News (TSN). (12 January 2007). オリジナルの27 September 2007時点におけるアーカイブ。 13 January 2007閲覧。
- ^ “Asha-Rose Migiro is new U.N. deputy secretary-general from Tanzania”. www.myafricatoday.com (MyAfricaToday). (6 January 2006) 13 January 2007閲覧。 [リンク切れ]
- ^ "New UN Deputy Secretary-General takes oath of office", Xinhua, 6 February 2007.
- ^ Commission on Effective Development Cooperation with Africa Folketing.
- ^ “Google News” (英語). Google News. 2019年8月24日閲覧。
- ^ "Magufuli names Asha-Rose Migiro ambassador to UK", The Guardian, 5 May 2016.
- ^ “Migiro deputy UN boss”. The Guardian (IPPMedia Ltd). (6 January 2007). オリジナルの9 January 2007時点におけるアーカイブ。 13 January 2007閲覧。
外部リンク
[編集]- UN Deputy Secretary-General
- Ban Ki-moon's full statement about Migiro's appointment
- Literature by Migiro in the German National Library
- 黑人女性首次成为联合国副秘書長 - ウェイバックマシン(2007年1月25日アーカイブ分)
- United Nations Rule of Law: Message from the Chair, a message from the United Nations Deputy Secretary-General on the rule of law.
公職 | ||
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先代 ジャカヤ・キクウェテ |
タンザニア 外務・国際協力大臣 2006年1月4日 – 2007年1月11日 |
次代 バーナード・メンベ |
政府間組織での役職 | ||
先代 マーク・マロック・ブラウン |
国際連合副事務総長 2007年–2012年 |
次代 ヤン・エリアソン |
党職 | ||
先代 ジャニュアリー・マカンバ |
タンザニア革命党政治外交担当幹事 2012年11月 – |
現職 |