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やらまいか

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
やらまいか精神から転送)
遠州弁が話される旧遠江国(赤)

やらまいか英語: yaramaikaIPA: /jäɺämäikä/)は、遠州弁連語の一つ。共通語では「やろうじゃないか」[1]という意味である。遠州っ子の気質遠江国風土を代表する言葉としても知られている[2]

概要

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日本語方言の一つである遠州弁は、かつての遠江国遠州)、のちの静岡県の西部を中心に使用されている。「やらまいか」とは、この遠州弁の連語の一つであり、共通語では「やろうじゃないか」[1][2]という意味にあたる。「やってやろうじゃないか」[3]あるいは「とにかくやってみよう」[1][2]といった気概心情を表している。また、この言葉は静岡県の西部で暮らす人々の気質や西部の風土を表す代表的な言葉としても知られており[2]遠州っ子の気質を「やらまいか精神」[1][3][4][5]や「やらまいか魂」[6][7]などと表現することも多い。

住民性

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静岡県は7777平方キロメートルに及ぶ広大な県域を持ち、かつての遠江国(遠州)、駿河国駿州)、伊豆国豆州)の3つの令制国によって構成されている。3か国の寄り合い所帯であるため、同じ静岡県でも旧遠江国、旧駿河国、旧伊豆国では県民性が大きく異なっているとされている[8]。かつての遠江国である静岡県の西部では、新しい物事に積極果敢に挑戦する進取の気風が根付いており[1][3]、起業家精神に富むとされる[1]。これらを表す言葉として「やらまいか」が挙げられている[1]

一方、かつての駿河国である静岡県の中部および東部の一部は、新しい物事に対して慎重で保守的な傾向が強いとされる[8]。それを端的に表しているのが「遠州のやらまいか、駿河のやめまいか」という言葉である。新しい物事に対して「やらまいか!」(=「やろうじゃないか!」)と積極的になるのが遠州っ子、「やめまいか」(=「やめようじゃないか」)と消極的になるのが駿河っ子、というわけである。同様に「浜松のやらまいか、静岡のやめまいか」[5][8]という言い回しもあるが、これは西部を代表する都市である浜松市と、中部を代表する都市である静岡市の市民性を比較した言葉であり、「西部のやらまいか、中部のやめまいか」も同様の意味である。

起業家精神

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山葉寅楠が創業した日本楽器製造の流れをくむヤマハの本社(静岡県浜松市
河合小市が創業した河合楽器製作所の本社(静岡県浜松市
鈴木道雄が創業した鈴木自動車工業の流れをくむスズキの本社(静岡県浜松市[注釈 1]
山葉寅楠が創業した日本楽器製造から分社化され発足したヤマハ発動機の本社(静岡県磐田市
豊田佐吉が創業した豊田自動織機製作所から分社化され発足したトヨタ自動車工業の流れをくむトヨタ自動車の本社(愛知県豊田市

静岡県の西部では、「やらまいか精神」と称される挑戦を重んじる気風が根付いており[1][3][9]、起業家活動を支援する者も多く[9]、他郷出身者も受け入れる地域の開放性も備わっていた[9]。これらの風土の下で起業家研究者を多く輩出してきた[1]。その結果、静岡県の西部において、音楽産業、輸送用機器産業、光・電子産業といった様々な分野で数多くの企業が産声を上げた[3]

やらまいか精神が起業家に与えた影響についての論考は、ジャーナリストの梶原一明が嚆矢とされる。梶原は『超合理経営の発想』をはじめとするやらまいか精神について論じる書籍を多数上梓している[10][11][12][4][13][14]。そのほかにも、経営学者伊丹敬之実業家晝馬輝夫による著作をはじめ[15][16]経済学者の太田耕史郎の著作などが知られており[17]地域経済学などの学術研究にて静岡県西部の起業家活動を論じる際に言及されることが多い。

このような背景により、静岡県の西部から多様な起業家が次々と現れた。その結果、静岡県の西部においては、繊維産業、繊維機械産業、工作機械産業、楽器産業、二輪車産業、四輪車産業、光産業とリーディング産業が次々と勃興し[18]、それらが互いに関連し連鎖的に発展していった[18]。やがて、静岡県の西部は日本を代表する産業集積地の一つとして知られるようになり[18]東海工業地域を形成するに至った。

繊維機械産業
静岡県の西部では明治年間より繊維産業が盛んとなっており[18]、そこから派生する形で繊維機械を手掛ける起業家が続々と現れた[18]。代表的な例としては、豊田自動織機製作所を創業した豊田佐吉(遠江国敷知郡山口村出身)や[1][18][19][20][注釈 2]鈴木式織機を創業した鈴木道雄(静岡県長上郡出身)などが著名な起業家として挙げられる[18][注釈 3]静岡県庁では、やらまいか精神の溢れる創業者の一人として、豊田の名を挙げている[1]
楽器産業
楽器産業においては、日本楽器製造を創業した山葉寅楠[1][注釈 4]、山葉の下からスピンアウトして河合楽器製作所を創業した河合小市(静岡県敷知郡浜松菅原町出身)などが著名な起業家として挙げられる[注釈 5]。山葉は紀伊国出身であるが[1]、静岡県の西部にて日本楽器製造を創業し[1]、静岡県の西部における楽器産業の礎を築いたことで知られている[1]。静岡県庁では、やらまいか精神の溢れる創業者の一人として、山葉の名を挙げている[1]。なお、山葉のみならず、他郷出身者が静岡県の西部にて起業する事例は多い。ローランドを創業した梯郁太郎のように、もともと静岡県外で誕生した企業であったにもかかわらず、わざわざ本社を静岡県の西部に移転させるような事例も目立つ。
輸送用機器産業
自動車産業をはじめとする輸送用機器産業においては、本田技研工業を創業した本田宗一郎(静岡県磐田郡光明村出身)[1][注釈 6]鈴木自動車工業を創業した鈴木道雄などが著名な起業家として挙げられる[注釈 7]。本田は静岡県の西部における自動車産業の礎を築いたことで知られており[1]、その生涯を描く『やらまいか!――国際的な自動車メーカーを創立した男とそれを支えた妻』と題したテレビドラマが製作されている。静岡県庁では、やらまいか精神の溢れる創業者の一人として、本田の名を挙げている[1]。また、山葉寅楠が創業した日本楽器製造からも、のちにオートバイ製造事業が分社化されヤマハ発動機として独立を果たしている。同様に、豊田佐吉が創業した豊田自動織機製作所からも、のちに自動車製造事業が分社化されトヨタ自動車工業として独立を果たしている[注釈 8]
2016年平成28年)10月、トヨタ自動車工業の流れをくむトヨタ自動車と、鈴木自動車工業の流れをくむスズキが、業務提携に向けた協議を開始することになった[21]。これを受け、トヨタ自動車社長豊田章男(豊田佐吉の曾孫)と、スズキ会長鈴木修(鈴木道雄の義孫)が、記者会見に臨んだ[21]。その際、豊田章男は「スズキもトヨタも遠州を発祥の地とし、自動織機メーカーとして生まれた。この地には『やらまいか精神』というのがある。『やりましょうよ』という意味だ。厳しいグローバル競争を生き抜き、革新技術で未来を切り開くことが求められている今、最も必要なのは『やらまいか精神』だ」[22]と述べている。
光・電子産業
光・電子産業においては、ブラウン管によるテレビを世界で初めて開発した高柳健次郎(静岡県浜名郡和田村出身)などが著名な研究者として知られている[1][注釈 9]。高柳は浜松高等工業学校にて教鞭を執っていたが[注釈 10]、その門下生の中からのちに浜松テレビを創業する堀内平八郎らを輩出している[1][注釈 11]。静岡県庁では、やらまいか精神の溢れる研究者の一人として、高柳の名を挙げている[1]
食品産業
食品産業においては、日本精製糖を創業した鈴木藤三郎(遠江国周智郡森町村)などが著名な起業家として挙げられる[23][注釈 12]
運輸産業
運輸産業においては、ハマキョウレックスを創業した大須賀正孝(静岡県浜名郡出身)が著名な起業家として知られている[注釈 13]。大須賀は『やらまいか!――トラック一台から超優良上場企業をつくった破天荒な男の経営実践録』と題した著書を上梓している[24]

農林水産業

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「やらまいか精神」の発露として、静岡県の西部における第一次産業の発展が挙げられることが多い[3]。特に、三方原台地開墾[3]魚介類養殖の発展といったものが代表的な例とされる[3]

農林業
静岡県の西部に広がる三方原台地は、かつては農業に向かない荒れ地であった。昭和年間に入ると開拓者たちが次々と入植し[3]、不屈の精神で荒れ地を端からに変えていった。馬鈴薯落花生大根栽培が盛んとなり[3]果物花卉などの園芸栽培や[3]畜産なども広く展開された[3]。もともと静岡県の西部はがほとんど降らず、年間通じて日照時間が長いため、その点だけ見れば植物の生育に適した地であると言える。一方で、降水量が少ないことから、植物の生育に欠かせないの確保が課題であった。1967年(昭和42年)には三方原用水路が開通し[3]、先進的な農業が展開されるようになったことから[3]、見違えるような農業地帯に生まれ変わった。浜松市役所では、やらまいか精神の発露の例の一つとして、三方原台地の開墾を挙げている[3]
また、静岡県の西部を流れる天竜川の上流においては、林業が盛んとなった[3]1700年代より植林が続けられていたが[3]1890年代に入ると金原明善(遠江国長上郡安間村出身)によって植林事業が展開され[3][注釈 14]を中心に据えた林業が発展した[3]。これらの林は、やがて日本三大美林の一つと謳われるようになった[3]。浜松市役所では、やらまいか精神の発露の例の一つとして、天竜の林業を挙げている[3]
水産業
もともと、静岡県の西部においては、浜名湖遠州灘にて海老などの漁業が盛んであった[3]。また、浜名湖においては、古くから牡蠣海苔の養殖も行われてきた[3]。このような背景もあり、魚介類の養殖事業が意欲的に試みられてきた。1890年代に入るとの養殖が本格化し[3]、静岡県の西部を代表する産品の一つとなっていった。浜松市役所では、やらまいか精神の発露の例の一つとして、これらの水産業を挙げている[3]

報徳思想

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岡田佐平治が創設した遠江国報徳社の流れをくむ大日本報徳社講堂静岡県掛川市
岡田良一郎が創業した勧業資金積立組合の流れをくむ島田掛川信用金庫の本店(静岡県掛川市

「やらまいか精神」の根幹は「経済合理性の追求と独立自尊・自力更生思想[25]とされている。このような気風が静岡県の西部に根付いた背景として、経済思想の一つである「報徳思想」の影響が指摘されている[25][26][27][28]。静岡県の西部に暮らす人々への影響は大きく、やらまいか精神と報徳思想を並び称して「遠州の二大精神」[29]と評されることもある。

農政家の二宮尊徳が提唱した報徳思想は、尊徳の高弟である岡田良一郎(遠江国佐野郡倉真村出身)らによって日本全国に伝わり[注釈 15]、各地に報徳社が結成された。良一郎のである岡田佐平治(遠江国佐野郡倉真村出身)は[注釈 16]、尊徳の弟子であると同時に掛川藩大庄屋でもあり、報徳思想を生かして窮民救済を図った。その結果、掛川藩をはじめとする遠江国において報徳運動はひじょうに盛んとなり、村々に報徳社が次々と設立され、報徳仕法による農村復興運動が積極的に展開された。明治に入ると佐平治は各地の報徳社の上位組織として遠江国報徳社を設立し、のちに良一郎が全国組織である大日本報徳社に移行させた。報徳思想の影響を受け、倹約実学を重んじるとともに利他的な気風が形成された[9]。やがて、誠実勤勉を尊び、働き者をたたえる風潮が涵養されたと指摘される。

報徳思想に触れた結果、静岡県の西部の農家は勤勉性に富んでおり[30]、それが明治以降の工業化の基盤となったとされる[30]。また、報徳思想に基づいて、岡田良一郎らが日本で初めての信用金庫となる勧業資金積立組合を静岡県佐野郡に設立するなど[注釈 17]地域経済の振興や産業の発展にも寄与した。報徳思想は貯蓄を推奨したことから[9]、静岡県の西部では資本の蓄積が進行し[9]、勧業資金積立組合以外にも多くの金融機関が設立された[9]。明治末においては、静岡県が日本で最も金融機関の多い都道府県であった[31][32]。金融機関の発達は、創業や事業拡大における資金調達の円滑化をもたらした[9]。このような背景もあって、静岡県の西部に起業家を育む土壌が培われていったとされる[33]

やらまいか精神と報徳思想が遠江国の起業家に影響を与えた具体例としては、豊田佐吉と鈴木藤三郎が挙げられる。遠江国敷知郡山口村出身の豊田佐吉は報徳思想に影響を受けており[23]、報徳の謳う「勤労[23]「分度」[23]「推譲」[34]を参考に「労働[34]感謝[34]奉仕[34]経営理念として掲げていた。また、遠江国周智郡森町村出身の鈴木藤三郎は報徳実業論を提唱しており[34]、報徳思想を経営に応用し事業に傾注することで公正なる企業間競争に対峙するよう主張していた[34]。このように、静岡県の西部における実業家らを支えた精神的な支柱となっていった[30]

企業哲学

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静岡県の西部にゆかりのある企業においては、「やらまいか精神」の影響を受けた経営理念や企業哲学を制定していることも多い。本田技研工業では、同社発祥の地である浜松市にはチャレンジ精神を尊重する風土があるとしたうえで[35]、皆で一丸となって失敗を乗り越えよりよいものを創り出す「やらまいか精神」は「ホンダイズム」となり同社に受け継がれているとしている[35]

表記

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「やらまいか」は、英語で表記する際はローマ字でそのまま「yaramaika」と表記することが多い。浜松市役所では、やらまいかを「yaramaika」[36]と表記したうえで「Let's give it a try」[36]と説明している。日本放送協会では、「Yaramaika」[37]と表記したうえで「Let's give it a try without fearing failure」[37]と説明している。本田技研工業では、「やらまいか精神」を「"yaramaika" spirit」[38]と表記しており、やらまいかについては「'Yaramaika' means "let's just do it" in a Japanese dialect used in the Hamamatsu region」[38]と説明している。

派生

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浜松市やらまいか大使
静岡県浜松市では、浜松市の魅力を宣伝する親善大使として「浜松市やらまいか大使」を委嘱している[39]
やらまいかアンバサダー
静岡県浜松市では、日本国外に対して浜松市の魅力を宣伝する親善大使として「やらまいかアンバサダー」を委嘱している[40]
やら舞歌
第一勧業銀行浜松支店の支店長を務めていた作曲家小椋佳は、のちに『やら舞歌』と題した楽曲作詞作曲を手掛けた。
やらまいか!――国際的な自動車メーカーを創立した男とそれを支えた妻
日本放送協会は、静岡県磐田郡光明村出身の本田宗一郎の生涯を描いた『やらまいか!――国際的な自動車メーカーを創立した男とそれを支えた妻』と題するテレビドラマを製作した[41]
やらまいか
静岡県浜松市に所在するスズキは、『やらまいか』と題する広報誌を発行している[42]
やらまいか創造工学センター
静岡県袋井市に所在する静岡理工科大学は、「やらまいか創造工学センター」と称する付属施設を設置している。
みんなでやらまいか! 郡上の元気・やる気条例
岐阜県郡上市議会では、「みんなでやらまいか! 郡上の元気・やる気条例」を制定した。郡上市で話されている飛騨弁は、方言区画論では岐阜・愛知方言に分類されており、遠州弁が含まれる長野・山梨・静岡方言とは文法的に連続している。

脚注

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注釈

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  1. ^ 1991年平成3年)4月までは浜名郡可美村
  2. ^ 株式会社豊田自動織機製作所は、2001年株式会社豊田自動織機に改組された。豊田佐吉の出身地である遠江国敷知郡山口村は、のちの静岡県湖西市に該当する。
  3. ^ 鈴木式織機株式会社は、1954年鈴木自動車工業株式会社に改組された。鈴木道雄の出身地である静岡県長上郡は、のちの静岡県浜松市に該当する。
  4. ^ 日本楽器製造株式会社は、1987年ヤマハ株式会社に改組された。
  5. ^ 河合小市の出身地である静岡県敷知郡浜松菅原町は、のちの静岡県浜松市に該当する。
  6. ^ 本田宗一郎の出身地である静岡県磐田郡光明村は、のちの静岡県浜松市に該当する。
  7. ^ 鈴木自動車工業株式会社は、1990年スズキ株式会社に改組された。
  8. ^ トヨタ自動車工業株式会社は、1982年トヨタ自動車販売株式会社と合併し、トヨタ自動車株式会社が設立された。
  9. ^ 高柳健次郎の出身地である静岡県浜名郡和田村は、のちの静岡県浜松市に該当する。
  10. ^ 浜松高等工業学校は、1944年浜松工業専門学校に改組されている。
  11. ^ 浜松テレビ株式会社は、1983年浜松ホトニクス株式会社に改組されている。
  12. ^ 日本精製糖株式会社は、1906年日本精糖株式会社と合併し、大日本製糖株式会社が設立された。鈴木藤三郎の出身地である遠江国周智郡森町村は、のちの静岡県周智郡森町に該当する。
  13. ^ 大須賀正孝の出身地である静岡県浜名郡は、のちの静岡県浜松市に該当する。
  14. ^ 金原明善の出身地である遠江国長上郡安間村は、のちの静岡県浜松市に該当する。
  15. ^ 岡田良一郎の出身地である遠江国佐野郡倉真村は、のちの静岡県掛川市に該当する。
  16. ^ 岡田佐平治の出身地である遠江国佐野郡倉真村は、のちの静岡県掛川市に該当する。
  17. ^ 勧業資金積立組合は、1892年掛川信用組合に改組された。

出典

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 「やらまいか精神あふれる創業者・研究者」『静岡県/やらまいか精神あふれる創業者・研究者静岡県庁2018年4月2日
  2. ^ a b c d 「『やらまいか』とは」『やらまいかスズキスズキ財団
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 「信念で拓いた先人たちのやらまいか精神が息づく地」『信念で拓いた先人たちのやらまいか精神が息づく地/浜松市浜松市役所2020年3月31日
  4. ^ a b 梶原一明監修『本田宗一郎の見方・考え方――ビジネスには〈やらまいか〉精神で当たれ!』PHP研究所2007年
  5. ^ a b 小林一哉「県とは対照的、静岡市は『JRリニア工事』許可へ――河川法管理権限を市に移せば問題は解決する」『県とは対照的、静岡市は「JRリニア工事」許可へ | 新幹線 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準東洋経済新報社2020年10月9日
  6. ^ 三野明洋『やらまいか魂』文藝春秋企画出版部2015年
  7. ^ 三野明洋『やらまいか魂』2巻、文藝春秋企画出版部2017年
  8. ^ a b c 東雄介「『金持ち県民、貧乏県民』ランキング――あなたの地元は大丈夫?」『「金持ち県民、貧乏県民」ランキング あなたの地元は大丈夫? (5ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)プレジデント社2017年8月3日
  9. ^ a b c d e f g h 西野勝明「浜松の産業集積と環境変化への適応能力――『産業集積生態論』の視点より」小島茂編集『経営と情報』21巻2号、静岡県立大学経営情報学部2009年3月20日、42頁。
  10. ^ 梶原一明『超合理経営の発想』徳間書店1988年
  11. ^ 梶原一明『本田宗一郎〈挑戦者〉の名言――やってみもせんで、何をいっとるか!』ロングセラーズ2000年
  12. ^ 本田宗一郎言葉、梶原一明著『本田宗一郎――不可能を可能にする言葉』ロングセラーズ2007年
  13. ^ 梶原一明『本田宗一郎――苦難こそ勝機――未来を作りだす魂の言葉』ロングセラーズ2012年
  14. ^ 梶原一明『本田宗一郎〈逆境〉を生き抜く力』ロングセラーズ2016年
  15. ^ 伊丹敬之『人間の達人本田宗一郎』PHP研究所2012年
  16. ^ 晝馬輝夫『知らないこと、できないことに価値がある』幻冬舎2014年
  17. ^ 太田耕史郎『地域産業政策論』勁草書房2016年
  18. ^ a b c d e f g 西野勝明「浜松の産業集積と環境変化への適応能力――『産業集積生態論』の視点より」小島茂編集『経営と情報』21巻2号、静岡県立大学経営情報学部2009年3月20日、39頁。
  19. ^ 北路透『小説やらまいか――豊田佐吉傳』上巻、致知出版社2019年
  20. ^ 北路透『小説やらまいか――豊田佐吉傳』下巻、致知出版社2019年
  21. ^ a b 冨岡耕・木皮透庸「トヨタとスズキ、『お見合い開始』会見の真相――豊田章男社長『まだ何も決まっていない』」『トヨタとスズキ、「お見合い開始」会見の真相 | オリジナル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準東洋経済新報社2016年10月13日。(1頁目)
  22. ^ 冨岡耕・木皮透庸「トヨタとスズキ、『お見合い開始』会見の真相――豊田章男社長『まだ何も決まっていない』」『トヨタとスズキ、「お見合い開始」会見の真相 | オリジナル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準東洋経済新報社2016年10月13日。(3頁目)
  23. ^ a b c d 長谷川直哉「明治期企業家の経済思想と道徳的深層の関係について――静岡県遠州地方の企業家活動を中心に」『日本経営倫理学会誌』16巻、日本経営倫理学会、2009年、229頁。
  24. ^ 大須賀正孝『やらまいか!――トラック一台から超優良上場企業をつくった破天荒な男の経営実践録』ダイヤモンド社2005年
  25. ^ a b 長谷川直哉「明治期企業家の経済思想と道徳的深層の関係について――静岡県遠州地方の企業家活動を中心に」『日本経営倫理学会誌』16巻、日本経営倫理学会、2009年、231頁。
  26. ^ 三戸岡道夫編『二宮金次郎から学んだ情熱の経営』栄光出版社、2010年
  27. ^ 長谷川智筆『遠州考――やらまいかを探る』羽衣出版、2019年
  28. ^ 長谷川直哉「明治期企業家の経済思想と道徳的深層の関係について――静岡県遠州地方の企業家活動を中心に」『日本経営倫理学会誌』16巻、日本経営倫理学会、2009年、227-239頁。
  29. ^ 「報徳の輝き」『朝日新聞デジタル:報徳の輝き1 - 静岡 - 地域朝日新聞社2018年10月5日
  30. ^ a b c 長谷川直哉「明治期企業家の経済思想と道徳的深層の関係について――静岡県遠州地方の企業家活動を中心に」『日本経営倫理学会誌』16巻、日本経営倫理学会、2009年、234頁。
  31. ^ 西野勝明「浜松の産業集積と環境変化への適応能力――『産業集積生態論』の視点より」小島茂編集『経営と情報』21巻2号、静岡県立大学経営情報学部2009年3月20日、47頁。
  32. ^ 「浜松産業の発展に貢献した『報徳の教え』」『浜松産業の発展に貢献した「報徳の教え」|特集|浜松ものづくり企業ナビ|浜松市産業振興課浜松市産業部産業振興課、2019年3月31日。
  33. ^ 原田幸裕「ベンチャー企業を生む風土要因」『作新地域発展研究』3号、作新学院大学地域発展学部2003年3月、35-50頁。
  34. ^ a b c d e f 長谷川直哉「明治期企業家の経済思想と道徳的深層の関係について――静岡県遠州地方の企業家活動を中心に」『日本経営倫理学会誌』16巻、日本経営倫理学会、2009年、230頁。
  35. ^ a b 本田技研工業トランスミッション製造部「浜松工場の『やらまいか』精神が実らせた技術“環境ミッション”CVTのグローバル拡大に寄与する、新省エネ試験法。」『Honda | 環境ドキュメンタリー Honda Face本田技研工業2018年3月30日
  36. ^ a b "Welcome to Hamamatsu City!", Welcome to Hamamatsu City!【English version】/浜松市, 浜松市役所, October 18, 2016.
  37. ^ a b "Hamamatsu -- Sunny City with Positive Spirit", Hamamatsu: Sunny City with Positive Spirit - Seasoning the Seasons - TV | NHK WORLD-JAPAN Live & Programs, NHK, February 10, 2020.
  38. ^ a b Transmission Factory, Honda Motor, "Hamamatsu Plant's New Energy-Saving Test Method, Inspired by the 'Yaramaika' Spirit, Contributes to Global Deployment of 'Green' transmissions", Honda Global | Case 79, Honda Motor.
  39. ^ 「『浜松市やらまいか大使』とは?」『やらまいか大使/浜松市浜松市役所
  40. ^ 「『やらまいかアンバサダー』とは?」『やらまいか大使/浜松市浜松市役所
  41. ^ 佐伯俊道脚本、門脇正美演出『やらまいか!――国際的な自動車メーカーを創立した男とそれを支えた妻日本放送協会1995年9月2日
  42. ^ 『やらまいか』1巻、スズキ2019年1月

参考文献

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「やらまいか」という言葉を取り上げた書籍や記事など文献は多数存在する。そのため、単に「やらまいか」という言葉が登場しただけではなく、有意な言及がなされている書籍のみを下記に記載する。

  • 梶原一明著『超合理経営の発想』徳間書店1988年ISBN 4195986435
  • 渡辺三義著『名字にみる静岡県民のルーツ研究』静岡新聞社1994年ISBN 478381046X
  • 島田眸著『〈ジムニー〉が拓いたスズキの経営』にっかん書房、1994年。ISBN 4526036072
  • 天竜太郎著『競馬やらまいか――F1マジック馬券』近代文芸社、1996年ISBN 4773351020
  • 梶原一明著『本田宗一郎〈挑戦者〉の名言――やってみもせんで、何をいっとるか!』ロングセラーズ2000年ISBN 4845406632
  • 横井裕之著、廣島武監修『7人のザ・サムライ経営者――サムライ企業が〈日本の元気〉を再生する』廣済堂出版2004年ISBN 4331510344
  • 大須賀正孝著『やらまいか!――トラック一台から超優良上場企業をつくった破天荒な男の経営実践録』ダイヤモンド社2005年ISBN 4478321191
  • 沢根好孝著『ばねの通販、創業者のやらまいか人生』沢根好孝、2006年ISBN 478389678X
  • 尾島俊雄著『この都市のまほろば――消えるもの、残すもの、そして創ること』2巻、中央公論新社、2006年。ISBN 4120037711
  • 浜松市企画部企画課編『第1次浜松市総合計画――はままつ“やらまいか”創造プラン』20072014版、浜松市2007年
  • 浜松市企画部企画課編『第1次浜松市総合計画――はままつ“やらまいか”創造プラン』20072014概要版、浜松市、2007年。
  • 本田宗一郎言葉、梶原一明著『本田宗一郎――不可能を可能にする言葉』ロングセラーズ、2007年。ISBN 9784845407811
  • 梶原一明監修『本田宗一郎の見方・考え方――ビジネスには〈やらまいか〉精神で当たれ!』PHP研究所、2007年。ISBN 9784569691695
  • 砂地歩著『プロジェクトXYZの男――ガン驚異治療まで突き進んだ型破りベンチャー奮戦記』新風舎、2007年。ISBN 9784289027934
  • 澤木修二著『やらまいか――随筆』澤木蓉子、2007年。
  • 三戸岡道夫編『二宮金次郎から学んだ情熱の経営』栄光出版社、2010年ISBN 9784754101206
  • 沢根好孝著『80歳の〈やらまいか〉随想』あさ出版、2010年。ISBN 9784860634377
  • 浜松市企画部企画課編『第2次浜松市総合計画――はままつ“やらまいか”創造プラン』20112014版、浜松市、2011年
  • 伊丹敬之著『人間の達人本田宗一郎』PHP研究所、2012年ISBN 9784569804101
  • 梶原一明著『本田宗一郎――苦難こそ勝機――未来を作りだす魂の言葉』ロングセラーズ、2012年。ISBN 9784845422494
  • 晝馬輝夫著『知らないこと、できないことに価値がある』幻冬舎2014年ISBN 9784344025554
  • 浜松市市民部市民協働・地域政策課編『みんなでやらまいか宣言!』浜松市市民部市民協働・地域政策課、2015年
  • 三野明洋著『やらまいか魂』文藝春秋企画出版部、2015年。ISBN 9784160088504
  • 田村秀男・加賀谷貢樹・高山豊司著『浜松企業家列伝』エフジー武蔵、2016年ISBN 9784906877911
  • 梶原一明著『本田宗一郎〈逆境〉を生き抜く力』ロングセラーズ、2016年。ISBN 9784845409815
  • 太田耕史郎著『地域産業政策論』勁草書房、2016年。ISBN 9784326504299
  • 江尻義久ほか著『私の経営学』5巻、商工中金グループ商工中金経済研究所、2016年。ISBN 9784904735282
  • 三野明洋著『やらまいか魂』2巻、文藝春秋企画出版部、2017年ISBN 9784160088894
  • 松立学・鈴木和樹・岡島慎二編『これでいいのか静岡県浜松市』マイクロマガジン社、2017年。ISBN 9784896376159
  • オザワ部長著『吹部ノート』3巻、ベストセラーズ、2017年。ISBN 9784584138267
  • 和泉三雄著『やらまいか経営で《ニッチ市場を創る》――起業から五十年の記録』スナオ電気、2018年
  • 長谷川智筆『遠州考――やらまいかを探る』羽衣出版、2019年ISBN 9784907118433
  • 北路透著『小説やらまいか――豊田佐吉傳』上巻、致知出版社、2019年。ISBN 9784800912145
  • 北路透著『小説やらまいか――豊田佐吉傳』下巻、致知出版社、2019年。ISBN 9784800912152
  • 長谷川智筆『遠州考――やらまいかを探る』2巻、羽衣出版、2020年ISBN 9784907118518
  • 三野明洋著『対自核――やらまいか魂Next One』新潮社図書編集室、2020年。ISBN 9784109101721
  • 三野明洋著『やらまいか魂――デジタル時代の著作権20年戦争』三野明洋、2020年。ISBN 9784021009235

関連項目

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外部リンク

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