Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/箱根山戦争 20130211
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選考終了日時:2013年2月24日 (日) 19:07 (UTC)
- (自動推薦)2013年1月の月間強化記事賞受賞記事。--Pastern(会話) 2013年2月10日 (日) 19:07 (UTC)
- 賛成 たった2冊ですが参考文献を確認してきました。チェックした部分では文献をよく読みこなし、構成を丸パクリではない自分のオリジナルでしかし正確に記されています。全体の内容にも不足しているところはなさそうです。堤康次郎vs五島慶太というまれに見る面白い素材でありますが、この記事も高い質を保ちながら読み応えのある記事となっています。--ぱたごん(会話) 2013年2月14日 (木) 10:45 (UTC)
- コメント 本項目のテーマについては、大東急時代の副社長、小田急電鉄社長などを歴任して深くかかわった安藤楢六が、日経新聞の『私の履歴書』に寄稿し、そこでこの件にも触れられています[1]。この資料に殆ど触れていないことは、GAでは保留理由とはしませんが、FAに進むときは絶対的と言っていい問題点となります。なかなか検証する時間をとれないが、項目の発展が期待されますね。--GDSTCB(会話) 2013年2月15日 (金) 22:16 (UTC)
- コメントご意見ありがとうございます。『私の履歴書』については、入手に手間取っていたこと、たまたま近くの図書館では閲覧できなかったこともあって、そのままでいったん改稿を行なっていたものでした。当該書籍はGDSTCB様のご指摘があった時点で入手の目途がたっており、先ほど手元に届きました。さらっと目を通した限り、今の内容が大きく変わることはなさそうですが、他の記事にも大いに活用できそうな文献であるだけに、しっかり目を通して記事に反映させたいと思っております。Cassiopeia-Sweet(会話) 2013年2月18日 (月) 04:09 (UTC)
- 賛成 この手の企業間の争いの解説記事というのもまた面白いですね。丁寧な出典の付け方とわかりやすい解説で申し分ないと考えます。--Tam0031(会話) 2013年2月17日 (日) 17:02 (UTC)
- 賛成 このような現代の民間企業間の争いというものは、中立的観点から記事として纏め上げるのが難しいと思いますが、当事者(社史等)を含む、さまざまな立場の人間が書いた複数の文献を出典として、全体像の流れ、経過を分りやすく記事として構築された執筆者さんの努力に敬意を表したいと思います。こんなことがあったのかと興味深く読むことが出来ました。--さかおり(会話) 2013年2月24日 (日) 02:32 (UTC)
- 賛成 分量の多さと多くの資料に基づいているにも関わらず、通して読みやすいと感じます。ランダムにピックアップした次の点について他項目と照合したところ、整合性に大きな支障は見当たりませんでした。
- 箱根土地の設立は1920年3月である。
- 1945年12月に、強羅ホテルを運営していた箱根観光が国際興業に譲渡された。
- 強羅ホテル - こちらには「12月」とは書かれていない。また、こちらでは運営会社ではなく、ホテルそのものが東急から国際興業に譲渡されたような記述となっている。
- 1950年8月1日の時点で海上運送法は制定されていた。
- 1954年10月に相模湖で遊覧船の転覆事故があった。
- 内郷丸遭難事件 -1954年10月8日
- 運輸大臣は、1957年7月6日の時点で宮沢胤勇、1960年7月9日の時点で楢橋渡であった。
- 1960年4月から12月の間の神奈川県知事は内山岩太郎である。
--GDSTCB(会話) 2013年2月24日 (日) 14:32 (UTC)
終了 選考期間終了時点で賛成票が3票以上かつ2/3以上の支持があるため。この記事は、良質な記事となります。--GDSTCB(会話) 2013年2月24日 (日) 20:30 (UTC)