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Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/大阪電灯 20150511

選考終了日時:2015年5月25日 (月) 04:55 (UTC)

  • (自動推薦)2015年4月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話2015年5月11日 (月) 04:55 (UTC)[返信]
  • 賛成 一連の日本の電力会社記事と同じく圧巻と言ってよい出来栄えです。こういったいぶし銀の記事がjawpにあるのが誇らしくなります。--ぱたごん会話2015年5月13日 (水) 13:52 (UTC)[返信]
  • 賛成 非常によくまとめられており、広範な文献を調査して丁寧に出典を明示していて、良質な記事の水準に達しているものと思います。供給区域と発電所の位置を示す地図を添付できればなお良いと感じます。1点、私の記憶では、九州電気軌道に譲渡された門司支店の電力供給は少なくとも、西日本にあるのに50ヘルツ供給だったことが大きな特色だったと思うのですが、そのあたりを説明し事情を解説することはできないものかと思います。北九州は、戦後の商用電源周波数の整理作業で真っ先に60ヘルツ転換された割と有名な地域だと思います。--Tam0031会話2015年5月19日 (火) 16:40 (UTC)[返信]
    • コメント 執筆者です。ご指摘の周波数について少し史料を見てみたのですが、当該地区が三相交流50ヘルツになったのは門司支店を譲り受けた九州電気軌道が1911年に新発電所(小倉発電所)を建設してからのようです(『電気事業要覧』(NDLJP:974998/111、ただし西鉄の社史にそういった話はなかったように記憶します)。大電門司支店の時代は単相交流120ないし125ヘルツですね(NDLJP:805421/73)。大阪地区でも60ヘルツになるまでの周波数の推移を省略していたのですが、追記してみます。--継之助会話2015年5月20日 (水) 14:38 (UTC)[返信]
      • ありがとうございます。門司支店だった時代はそんな高い周波数を使っていたのですか。アメリカやドイツでは草創期はいろいろな周波数を使っていたと聞きますが、日本でもそんな時代があったのですね。本当は、商用電源周波数の記事はもう少しきちんと直したいところです。周波数がバラバラなのを統一する作業をしたのは、日本だけではないわけですし。--Tam0031会話2015年5月20日 (水) 14:57 (UTC)[返信]
  • 賛成 複数の文献を丹念に調べ上げ、丁寧な構成と分かり易い文章で書かれています。良質な記事として十二分な内容に仕上がっていると思います。--さかおり会話2015年5月22日 (金) 03:02 (UTC)[返信]

賛成票のみ3票の状態が48時間継続したので、早期終了・通過となります。--まさふゆ会話2015年5月24日 (日) 09:32 (UTC)[返信]