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Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/マルティン・ハイデッガー 20151111

選考終了日時:2015年11月25日 (水) 00:07 (UTC)

  • (自動推薦)2015年10月の月間強化記事賞受賞記事。--Trvbot会話2015年11月11日 (水) 00:07 (UTC)[返信]
  • コメントこれだけのボリュームで、600以上の注釈があり、加筆をなさった方には敬意を表さざるを得ません。一方で、主題そのものが難しいうえに、記事のボリュームがすごいことで、選考する側もすごい大変であり、結果的に何も意見がつかない(つけられない)という状況になっているように思います。こればっかりはしかたがないというか、割りを食ってしまっていますよねえ。
かくいう私もこの記事が「網羅されているか」「中立的か」「独自研究じゃないか」については判断できる知見がないとしか申し上げられません。(だったらコメントするなという批判もあるでしょう。)
「良質の目安」4項目に照らして、「スタイルマニュアルに沿った構成」については概ねクリアと考えます。細かくアラを探せば「◯◯の講義」でぶつ切りになっている部分とか、ボリュームの大きな段落をいくつかに分けたほうが読みやすそうだとかはありますが、大きな問題ではないと考えます。「網羅性・出典」、「独自研究」、「中立的」の観点は、「生涯」節、「評価・研究」節、「影響」節については概ねクリアできているのではないかと考えます。
しかし「思想」節についてはわかりません。「世界=内=存在と現存在」「時間性」「『形而上学入門』」「『哲学への寄与論稿』」「放下」節には出典がありませんし、「共同存在」「「ヒューマニズム」批判」節も出典に乏しいです。記事の履歴を拝見すると、これらの部分は今回の大幅加筆以前からあった記述です。記事の主題が哲学者・思想家であるということを考えると、(肝心の)思想節に出典がないというのは、ちょっと厳しいのではないかなとは思います。ただし、出典がない既存の記述が妥当なのか、独自研究じゃないのか、中立性はどうなのか、については「私にはわかりません」としか言いようがなく、あくまでも外形的な判断です。ハイデッガーの著作を読めるか、理解できるかということでいうと、私には絶対無理です(思想節はどの小節を読んでも1行目からちょっと何言ってるかわかんない状態です。私の能力では、高校生向けの教科書程度のものを使って「これこれだとされている」あたりまでが関の山でしょう。)
全体としては、今回加筆された主な部分、つまり「思想節」以外については概ね「良質」はクリアできるだろうと考えますが、「思想」節は少なくとも検証可能性の観点でクリアできていない、と考えます。--柒月例祭会話2015年11月22日 (日) 04:01 (UTC)[返信]

選考終了時点で賛否なしのため、今回は見送りとなります。--ぱたごん会話2015年11月25日 (水) 10:29 (UTC)[返信]