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Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/こわれた腕環 20240810

選考終了日時:2024年8月24日 (土) 10:24 (UTC)

  1. 「キャデンは、この手法(テナーの視点からの自由間接話法)は若い読者を登場人物に感情移入させる点でヤングアダルト文学に効果的である一方、大人の読者は異なる状況を読み取る可能性があると指摘している」ですが、自由間接話法で異なる状況を読み取る、というのがイメージできませんでした。
  2. 「『帰還』においては、テナーの権力と地位が『こわれた腕環』とは逆転しており、」ですが、テナーの立場が複雑なので、どう逆なのか理解に迷いました。テナーは立場はあるが権力はなかったので、この逆というと、立場はないが権力はある、となりますが、テナーは『帰還』では主婦で、主婦に権力はないように思います。導かれる側から導く側へ、助けられる側から助ける側へ、ということかなとも思いますが、こちらは日本語の「権力」という言葉とはやや離れた解釈になるように感じました。
  • 英語文献の「The Language of the Night: Essays on Fantasy and Science Fiction」は出典として使われていないようです。
  • これは後々追加されればうれしい内容になりますが、一昔前の日本人ファンタジー作家の多く(特に女性)が、好きなファンタジー作品にゲド戦記を挙げているように思うので、日本だけでなく、後続のファンタジー作品への影響があるとよいと思います。--呉野会話2024年8月18日 (日) 13:14 (UTC)[返信]
  • コメント 当該記事を翻訳した利用者です。このたびはコメント頂きありがとうございます。
  1. ご指摘の2点は私も翻訳時に悩んだ部分です。話法については、日本語ではあまり論じられなさそうでピンとこないのではないかと感じる点です。ここでは第三者の語り手が主人公の視点で叙述しているもので、信頼できない語り手#三人称の信頼できない語り手を示唆しているのかなと推測しました。
  2. 逆転については、『帰還 (ル=グウィン)』の解説である程度掘り下げた記憶がありますが、直接には本作で大巫女(の生まれ変わり)として周囲からかしずかれていたテナーが、『帰還』では一農園主の妻となっていることを指しています。また、大巫女は選ばれた(強いられた)もので本人の意志とは無関係ですが、農園主の妻はテナー自らが選んだ身分(生き方)という違いがあります。したがって、名目上の地位に対して実質的な権力の有無という意味での「逆転」ではないのでは?と考えます。とはいえ、本作ではまさにその点がかなり前景化されている面もあるため、含みを持たせている可能性も捨てきれません。あるいは単純に「権力」という語句の選択がまずかったのかもしれません。もっといい訳があれば、修正をお願いしたいところです。
  • 英語文献については、ご指摘どおり直接参照してはいないようなので、英語関連文献として移しました。
  • 後続作品への影響についてのご趣旨については同意します。ただし『影との戦い』にはシリーズをある程度俯瞰しての説明が英語版にありましたが、本記事はシリーズ2作目であり、この1冊のみの影響を抽出することはとても難しいだろうという予感があります。ここのところ記事書きできる時間がなく、プロジェクトから遠ざかっていますが、できればあと2冊分の記事を立ち上げて、終わりにシリーズ全体についてなにか書ければいいなとは思っています。--みっち会話2024年8月19日 (月) 10:53 (UTC)[返信]
返信 (利用者:みっちさん宛) :返信いただきありがとうございます。
  1. 日本語は主語も省いたりしますし、日本ではあまり論じられない話題なんですね。ご説明を聞いて納得しました。話法に自由間接話法の説明が少しあるので、今後こちらがもう少し充実するといいですね。
  2. 「power」の訳には、私もよく迷います。Wikipedia図書館から出典を確認できたので、少し長いですが、おそらく出典になった箇所を引用します。(Wikipedia図書館にログイン→「SpringerLink」をクリック→「Hollindale, Peter Earthsea」で検索すると出ました。論文タイトルではなぜか出ません)
Or perhaps not. Certainly the world of Earthsea is changed in Tehanu,in macrocosmic ways that have mighty resonances for the whole imagined world: the movement of power from Roke to Havnor, the arrival of a Karg as Master Patterner, the living embodiment of a common origin for the human and the dragon. But much of the book’s retreat from spatial heroism lies in its local setting on Gont, rather than its concentration on the female. Tehanu’s feminism is original rather than revolutionary, and not so out of line with the earlier books as may appear. The Farthest Shore is both a consummation and reversal of A Wizard of Earthsea. Ged is first empowered through disgrace, then disempowered through heroic sacrifice. Similarly, Tehanu is a consummation and reversal of The Tombs of Atuan. Tenar’s status and power in Tehanu invert those in Tombs. As child and priestess, Tenar was formally and ritually empowered but actually impotent. As wardress of the captive Ged, she was herself a prisoner until she opted for freedom as Ged's protegee. In Tehanu we find that she did not use her freedom to usurp the male domain, but abandoned her (revolutionary) studies with Ogion and freely chose instead to live a woman’s traditional life as wife, mother, housekeeper. Her life has been unusual only in that she chose it. But in Tehanu itself, her situation is different. Instead of disempowered high status as the priestess on Atuan, she has empowered low status on Gont. There is nothing demeaning in Tenar’s several roles as a ‘power behind the throne.’ She is confidante to Ogion dying. She is ‘midwife’ to Ged’s anguished ordinariness; emasculated of his celibate wizardries, he is initiated by Tenar into male sexuality and love. She is Tenar of the Ring, the King’s friend and mediator. She is (and will prove) the first ambassador of reconciliation between the Archipelago and Kargad lands. Above all, she is foster mother of the abused child Therru, who is also dragonchild, least and greatest of Earthsea children. Because of her empowered womanhood, Tenar is abused and humiliated by the evil wizard Aspen, a disciple of Cob, but is also an agent of his thwarting and destruction. — Hollindale, Peter、The Last Dragon of Earthsea
テナーが「power behind the throne(王権の背後にある権力)とされており、地位は低いが権力のある人、と理解されているようなので、「権力」という訳で修正は必要ないと思います。(テナーが影の権力者だと感じたことがなかったので、正直この解釈には驚きました。)Template:Cite journalに「quote」で引用が入れられるので、上の引用の一部を入れるといいかもしれません。
3. 確かにシリーズ全体ではなく、本書単体で触れたファンタジー作家のコメントはあまりなさそうですね。残り2冊の記事も楽しみにしています。
私からは以上となります。お手本のような大変優れた記事だと思います。日本語としての完成度にも感服しました。

賛成のみ3票以上の状態が48時間継続のため、早期終了・通過。--Family27390会話2024年8月22日 (木) 13:44 (UTC)[返信]