Wikipedia:井戸端/subj/翻訳と「独自研究」について
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翻訳と「独自研究」について
[編集]お願いいたします。私は初めてWikipediaに「アラトリステ(映画)」というページを書き込んだCoinntoと申します。現在も地方館で順次公開中のこの映画は、馴染みの薄いスペインの歴史物である上に、長尺なため完成時に一時間近くカットされ、原作を知らない観客にとって、とても分かりにくい内容になっています。そのため日本語字幕にもミスが多く、有志の方がノートページに「字幕の正誤表」を書き込まれました。 しかし、この「正誤表」は「独自研究」に当たるとして、本文に書き込まれた「ノートページに正誤表がある」という記述や内部リンクが削除されてしまいます。 本文とのリンクは、日ごろノートページまではチェックしない閲覧者に「正誤表」があることを知らせる為に付けているので、削除されることに困惑しております。
この「正誤表」は、本文ではなくノートページに書き込まれ、執筆者も謙虚に更なる訂正と対話を求めています。スペイン版DVDの字幕を頼りに逐一訳しているので、「独自研究」と言われるほど逸脱した部分があるとは、どうしても思えません。内部リンクを貼ることすら許されない内容だとは思えないのです。そこで、Wikipediaに詳しい方々に、どの部分が「独自研究」なのか、どう直せばルールに沿うのか、お尋ねしたいと考えました。
映画の字幕ですので、ネタバレになりますが、よろしければご一読いただけませんでしょうか。字幕の一部しか記載されておりませんので、必要でしたら、適宜スペイン語と英語の字幕を書き加えます。どうか、よろしくお願い申し上げます。--Coinnto 2009年3月5日 (木) 04:19 (UTC)
- (コメント)「独自研究」か否かの前に、その正誤表が正しいかどうかを保障するのは誰かという観点があります。その正誤表の検証可能性はどのように担保されているのでしょうかということです。また別の観点としては、その記事を理解したり作品の芸術性を認識する上で正誤表は必須のものでしようか?必須でなければWikipedia:ウィキペディアは何ではないかなどの「(スペイン語の)語法案内ではありません」とか「(字幕が間違っているという)独自の調査結果を発表する場所ではありません」とか「(字幕が間違っているという)事実の暴露や報道をする場所ではありません」とか「(間違な字幕の)データベースではありません」とかに該当しないというための表なのでしょうか? たとえば特定の場面が字幕の誤訳により芸術としての解釈に齟齬をきたす(作品の根幹が理解できなくなるとか、作品全体としての解釈が反対の解釈に導いてしまう)誤訳であれば有用性はあるかもしれませんが、正誤表の目的が「字幕の誤訳を網羅的に列挙する」意図しかなければ「ウィキペディアは何ではないか」のガイドラインにより無くともよい表と評価されると考えます。--あら金 2009年3月5日 (木) 07:51 (UTC)
- (コメント)アポロ13#日本語版での翻訳の誤り等についてにも同じようなことでしょうか。この記述自体は親切心に基づいていると思いますし、除去してしまうのももったいない気がします。ただ、第三者が雑誌などの媒体上で誤訳を指摘したわけではなく、利用者本人が発見(?)した誤訳ですよね?そうすると独自研究という非難は甘んじて受けるしかないでしょう。またザ・リングでも「66年の流産」→「66回の流産」という有名な[1]誤訳がありますが、第三者の出典無しにザ・リングの記事中でわざわざ指摘するのは適切でないように思います。ざっくり言うと、誤訳の指摘というのは映画評論に近くWikipediaの守備範囲からは外れるかと。--fromm 2009年3月5日 (木) 09:13 (UTC)
- (コメント)ノートでの議論を拝見しましたが、目的外利用との印象を受けました。先人の経験[2]を参考にして、Wikipedia 外で独自に活動をされることを勧めます。 --Yhiroyuki 2009年3月5日 (木) 11:44 (UTC)
- (コメント)まさしく検証可能性の原則に相当するケースだと思います。信頼できる情報源にそのような指摘があると示すことが可能であれば問題ないとは思うのですが・・・。Wikipediaの影響力は絶大です。検証可能性の薄い情報が、どれほどWikipediaを発信元として世の中を一人歩きしているか、お気づきの方もおられますよね。服部半端 2009年3月5日 (木) 12:38 (UTC)
- その言語に慣れた人にはそれが誤訳だと指摘することはほとんど1+1は2だというぐらいのことに感じられるかもしれませんが、誤訳の指摘はどうしても解釈を含んだものになります。ウィキペディアでは解釈には出典が必要とされます。なので誤訳だと指摘した情報源を見つけるか、、あるいはウィキペディア以外にその調査結果を公表するかですね。--Afaz 2009年3月5日 (木) 13:04 (UTC)
- あら金様、お返事をありがとうございました。正誤表の検証については、本国スペインで発売されたDVDのスペイン語字幕(セリフ通り)や英語字幕(スペイン語からの直訳)を添付しております。理解については、例えば「ブレダを包囲した」は、「ブレダが降伏した」(一年間も包囲した末に、ようやく降伏させた場面です)。「トゥーリン」は「トリノ」である等、訂正が必要な誤訳を書き出しました。作品の根幹については、主人公がヒロインにプロポーズするか否かの問題で…こう書くと、非常に安っぽい話に見えると思いますが、これは例えば「宮本武蔵はお通さんにプロポーズするか」というレベルの問題なため、見過ごすことが出来ませんでした。その他にも、これは容認できないという部分がございましたら、更なるご指摘を、どうぞ宜しくお願い申し上げます。--Coinnto 2009年3月5日 (木) 15:26 (UTC)
- fromm様、大変遅れまして申し訳ございません。独自研究でも削除の対称にならずに済めば、ありがたいことです。「雑誌等に発表されている」という案件については、この映画が史実に基づいているため、ある程度まで百科事典でカバーできると思います。フィクションの部分に関しては、スペインで、すでに発売されているDVDの字幕を参考に、日本語字幕と比較して、「意訳にしても、それでは正反対です」と指摘しております。DVDの字幕(セリフ通り)は、「発表されている」の範疇には入りませんでしょうか。活字媒体としては、スペイン語のシナリオ本も発売されています。これらは、いわば原典だと思うのですが。書きすぎの部分も確かにございますので、どうぞご指摘をお願いいたします。--Coinnto 2009年3月5日 (木) 15:26 (UTC)
- Yhiroyuki様、分量の多いページをお読みいただきまして、ありがとうございました。Wikipediaのルールに則った形で、正誤表を掲載できればと儚い望みを抱いております。
- 服部半端様、お返事が遅れまして申し訳ございません。今回の正誤表は、日本語字幕に関するものですので、スペイン版DVDのスペイン語字幕(セリフ通り)と、その直訳である英語字幕は、「信頼できる情報源」と言えませんでしょうか。日本語字幕との差異を確認するだけならば、自動翻訳で十分です。この正誤表で最も主張されているのは、ストーリーの柱とも言える主人公とヒロインの関係ですが、日本語字幕はここに大きな問題があります。原作の小説には、この部分は描かれておらず、言わば映画そのものが原作です。スペイン語字幕か、直訳の英語字幕を正しく読み取れば、誰でも原典に当たったことになるわけです。それでも、どこかの活字媒体に記事が載らなければ、誰も確証を得られないのでしょうか。そこのところが、どうも分からず困っております。(シナリオもスペイン語のみですが、手元にございます)。--Coinnto 2009年3月5日 (木) 21:19 (UTC)
- Afaz様、本当に大変遅くなりました。確かに「正誤表」と「意訳について」の記事には、翻訳のクセを指摘したものもございました。これは反省せねばなりません。出典が必要とのご指摘も、ありがとうございます。歴史上の人物名や地名は辞書に頼り、一部は原作の小説の該当箇所を明記いたしました。原作にないオリジナルの部分はスペイン版DVDの字幕を参考にしています。上の服部半端様へのお返事にも書かせていただきましたが、スペイン語字幕はセリフ通りですし、映画製作サイドによる英語字幕も、それなりに権威があると思っております。--Coinnto 2009年3月5日 (木) 21:19 (UTC)
- まずは端的に、わたしの見解としてCoinntoさんのご質問にお答えします。
- 1.スペイン版DVDのスペイン語字幕(セリフ通り)と、英語字幕は、「信頼できる情報源」かどうか
- Coinntoさんがおっしゃるような「正誤表」を作成するための「信頼できる情報源」にはあたらないと思います。
- 2.スペイン語字幕や英語字幕の存在にかかわらず活字媒体の記事が必要かどうか
- 「信頼できる情報源」が別途が必要だと思います。(必ずしも「活字」印刷物でなくともよい。ネット上のソースでも可。)
- いま一度、Wikipedia:検証可能性、Wikipedia:独自研究は載せないをご覧ください。
- わたしはCoinntoさんのいわれる「正誤表」は、発表された情報に対する未発表の分析結果にあたると考えます。すなわち、独自研究です。スペイン語が元の映画ということですから、スペイン語が原典、つまり一次資料にはなると思います。この原典にあたられたことを強調なさっていますが、このスペイン語の字幕を読むことで「専門知識がなくとも分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できる解説」(Wikipedia:独自研究は載せないより)が可能でしょうか。わたしは無理だと思います。無理であればこそ、翻訳の専門職の人が存在するわけです。しかもその専門職の人をしてパーフェクトにはなりえないのが実態です。問題の記事のノートでも、もう1人ご参加の方がやはりスペイン語は分からないとおっしゃっているとおり、それが普通でしょう。このような状況であるにもかかわらず、Coinntoさんはさらに、スペイン語版と日本語版字幕の記述を照らし合わせた上で、この映画を「どう見るべきか」にまで踏み込んでおられます。Wikipedia:独自研究は載せないでは、一次資料を基に記事を書いてもよいのは、先ほどあげた「誰でも検証できるかどうか」という観点に加えて「分析、総合、解釈、評価にあたる主張を全く行わない記事」であること、としています。この点でも、Coinntoさんのおっしゃる「正誤表」が「独自研究」にあたると考えます。「英語字幕」が「直訳」であるからそれを見れば「誰でも分かる」という理論を展開するのは屋上屋を架すようなもので、同じ問題を多重化することにはなってもなんら手助けにはなりません。「英語字幕がスペイン語の直訳だ」と評している検証可能かつ信頼性ある情報源を探すところから始まるだけのことです。
- せっかく井戸端で「正誤表」の意義について討議を呼びかけたのですから、ここで議論が行われていることを理由に記事ノートで「正誤表」の是非でなく、内容について議論を再開し、推し進めようとする行動には賛同しかねます。服部半端 2009年3月6日 (金) 16:56 (UTC)
- 服部半端様、ありがとうございます。大変お手数をおかけいたしました。
- しつこいようですが、更に皆様にお尋ねいたします。「正誤表」は検証可能な事実のみとし、どうしても問題ありと思われる意訳は、日本語字幕と英語字幕を併記して、「ここは訳し方が違うと思うのですが、どうでしょうか?」と、問いかけるに留めた場合、書き込みの許容範囲に収まるでしょうか。「こうであるべき」と断定するのではなく、閲覧される全ての方に対して、信憑性のある回答を求めたいのです。
- 「正誤表」として残す部分の存在価値については、この映画が「三十年戦争」「八十年戦争」という史実に基づくため、例えば「エンギエン侯爵」という字幕は、実際はアンギャン公という実在の将軍であること等、Wikipediaに相応しい内容だと思います。--Coinnto 2009年3月7日 (土) 06:03 (UTC)
- 「ここは訳し方が違うと思うのですが、どうでしょうか?」と、問いかけるに留めた場合、書き込みの許容範囲に収まるでしょうか。「ここは訳し方が違う」と思っているのは誰ですか?それがWikipediaの執筆者の考えに過ぎないなら、記事に書くのはご遠慮下さい。
- この映画が「三十年戦争」「八十年戦争」という史実に基づくため、例えば「エンギエン侯爵」という字幕は、実際はアンギャン公という実在の将軍であること等、Wikipediaに相応しい内容だと思います。「映画の中のエンギエン公爵=アンギャン公という実在の将軍」は誰の判断ですか?そのような判断を記載した「信頼できる情報源」があるなら、その情報源を明記した上で記事に書いてください。そうでなければ、やはり記事に書くのはご遠慮いただくしかないと思います。--Dwy 2009年3月7日 (土) 07:28 (UTC)
- 信憑性のある回答を求めたいのです
- Yahoo!知恵袋をご利用ください。
- 「正誤表」として残す部分の存在価値
- Wikiepedia的には個々の誤訳の紹介自体は必要でありません。例えば『ロード・オブ・ザ・リング』での「嘘をつくな」のような大きなものが一つあれば十分です。誤訳の背景とか評価とか、その後どうなったとか、そういう情報の方がふさわしいです。 --Yhiroyuki 2009年3月7日 (土) 13:42 (UTC)
(インデント戻し)Dwy様、ありがとうございます。Dwy様の書き込まれた「検証可能性を理由に記述を除去されてしまったら」は、以前から参考にさせていただいておりました。私は、スペイン語であっても「シナリオ」が最も権威ある情報源だと思っておりましたので、ご迷惑をおかけしております。
この「正誤表」はノートページに書き込まれたものですので、「ノートに移動して、他の編集者に出典の提供を呼びかけてみる」というDwy様のアドバイスに則り、例えば、原文と訳文を併記して、「このように訳す根拠について、出典を求めます」と書き込むのは、いかがでしょうか。本当にしつこくて申し訳ございません。意訳によってストーリーが正反対になった部分がございますので、お許し下さい。
史実に関する「信頼できる情報源」としては、それぞれWikipediaにリンクを貼っておりますが、百科事典や歴史書と差し替えることも可能です。--Coinnto 2009年3月7日 (土) 23:49 (UTC)
Yhiroyuki様、ありがとうございます。実は、自力で理解できない部分について、「Yahoo!知恵袋」も利用いたしました。ただ、識者と思しき方からお答えを頂いても、その回答者に、「本名を名乗って、Wikipediaで信頼できる情報源になって下さい」とまでは、お願いできませんでした。
「正誤表」が文章ではなく、リストになっているのは、映画が現在も地方館で公開中のため、照らし合わせる際の利便性を求めました。
大きな誤訳については、確かな情報源としてスペインの映画製作会社に、返事が来るまでしつこく問い合わせるという手が残っておりますが、実は、この映画に関しては、数か月後に発売される日本版DVDで、字幕がかなり修正されるという話題が、ネット上に広まっています。
そこで、皆様に再度お尋ねいたします。あと二か月ほどで映画の公開が終れば、この「正誤表」は事実上、御役御免となります。「正誤表」の執筆者とも話しましたが、日本語字幕の翻訳者さんを責めるための記事ではないので、日本版DVDが正しく修正されさえすれば、どなたかの判断で削除されても、何の蟠りもございません。(ただ、どうか公開終了まで、あと二か月はご容赦ください)
ですが、今回のようにストーリーが正反対になる程の誤訳があり、本来のセリフがシナリオ等で確認できるにも関わらず、スペイン語であるとの理由で認められないことには、やはり違和感を覚えます。大ヒット映画ではないので、「映画紹介」以上に踏み込んだ記事は期待できません。
これは、「正誤表」の全体ではなく、最も訂正が必要な、「正反対になった主人公とヒロインの関係」の部分のみの質問ですが、仮に映画製作会社に問い合わせ、運よく回答が得られたとしても、その文章もまたスペイン語です。
こういう場合、皆様でしたらどう対処されますでしょうか。伝をたよって、大学のスペイン語学科の教授に「お墨付き」を頂こうかとも思いましたが、「Wikipediaの映画の項目のために」とお願いするのは少し憚られる方で、実行はいたしませんでした。プロの翻訳家に依頼する方法もありますが、どの程度のプロならば認められるでしょうか。
「正誤表」そのものについては、現在の日本語字幕の中で、気になる点を書き出したものですので、書き過ぎの部分を削除することには、全く異議はございません。
お尋ねすべきことは、たぶん、これで全てだと思います。どうか、よろしくお願い申し上げます。--Coinnto 2009年3月7日 (土) 23:49 (UTC)
- (コメント)なんというか、ご自分の都合ばかりを前面に押し出したコメントに思えます。既に複数の方から方針について指摘がありますが、それらの方針文書は読んだのでしょうか。読んでなお上記コメントであれば方針に従う意思なしとみなされても文句は言えないでしょうし、読まずに書いてるなら、まず方針を熟読・理解の上でコメントしてくださいとしか言えません。--郁 2009年3月8日 (日) 01:10 (UTC)
- (コメント)その誤訳が真に重要なものであれば、スペイン語版をもとにしてあらすじや登場人物紹介を記述し、脚注で日本語版の字幕について触れるという形で記述できるはずです。もし、正誤表という形でしか記述できないのであれば、それは重要ではありません。 --Yhiroyuki 2009年3月8日 (日) 06:27 (UTC)
Coinntoさんについて、Wikipedia:管理者伝言板/投稿ブロックにて報告をいたしました。メインページに明記してあるとおり、「基本方針に賛同していただけるなら」誰でも記事を編集したり新しく作成したりできますが、逆に方針を理解しなかったり同意しないのであれば、記事の編集はお断りです。
Wikipediaはそのシステム上、誰でも編集できます。しかし、その目的は百科事典を作ることであり、百科事典である以上、その記事は信頼性のあるものでなければなりません。「誰でも編集できる」と「信頼性のある記事」とは矛盾します(なぜなのか説明する必要があるでしょうか?)。だからこそ、Wikipediaではいくつかの基本方針が設けられ、書き手に制約を課しています。
まず、記事の記述には「Wikipedia:検証可能性」が求められます。「検証可能性」とは、公刊された信頼できる情報源にもとづいた記述であることを意味し、簡単に言えばしっかりした裏付けなり根拠なりのある記述であることが必須です。言い換えれば、Coinntoさんであれ私であれ、あるいは他の人であれ、個々のユーザが「私はこう思う」だけでは記事を書いてはいけないというのが原則なのです。「私はこう思う」だけで書いてよければ、悪意を持って嘘を書く(信頼性のない記事を書く)ことを阻むことは出来ません。また、インターネットでは「自称専門家」と本物の専門家を区別することは困難です。だからこそ、裏付けなり根拠なりを書かなければいけませんし、それなしではWikipediaの目的の実現は妨げられてしまいます。
最初から指摘しましょう。「日本語字幕が誤訳である」という命題の根拠は何ですか? 正誤表の翻訳が語学や史実等の観点に照らして正しいというその根拠は何ですか? くどいようですがCoinntoさんが「誤訳だと考える・思う」ではダメです。掲示板は信頼できる情報源ではなく、根拠になりません。専門家やプロの専門家に「お墨付き」をもらっても、その「お墨付き」が公刊されたものでないかぎり、やはり根拠になりません。
もっと簡単に質問しましょう:現在公開されている日本語字幕が誤訳であるという判断をしたのは誰で、その判断はどこ(書籍、雑誌、論文、専門的な権威のあるウェブサイト…等々)を見ればわかるのでしょうか。
ここまでの発言を拝見するに、この質問をクリアできるような情報源をお持ちではないように見受けられます。郁さんが言われるように、基本方針をまず虚心に熟読し、それらに従ってご自身のやりたいことを出来るのか否か、冷静に判断してください。いままでのご発言を見る限り、指摘された基本方針の文書を読んだ上での発言であるとはとうてい判断しえません。
なお、あまり言うべきではないかも知れませんが、基本方針に従えない方の参加は強制的にお断り(Wikipedia:投稿ブロック)される場合がございます。ご注意ください。--ikedat76 2009年3月8日 (日) 06:34 (UTC)
- 郁様、Yhiroyuki様、ご指摘をありがとうございました。お返事を用意している間に、Ikedat76様からも書き込みを頂きましたが、とりあえず、この文章を投稿いたします。
- 「スペイン語が認められないことに違和感を覚える」という文章は、確かに誤解を招く表現でした。お詫びいたします。よろしければ、下記の文章をお読みください。
- 皆様のコメントは、本当に時間をかけて読ませていただきました。そのために毎回お返事が遅れ、申し訳なく思っております。気付いた誤訳を全て書き出すのは誤りだということも、スペイン語のセリフも現状では「信頼できる情報源」に当たらないということも教わりました。あと二か月間は残したいという記述も、言葉足らずでした。どうかお許しください。
- 私が井戸端に質問させていただいた動機は、ノートページで「独自研究」との指摘を受けた記事が、いつ削除されるか分からない。削除されない記事にするには、どうすれば良いかという点にありました。そこまでして残したい理由は、まだ劇場公開が続いている映画に、「重大な誤訳」があるためです。
- とりあえず公開終了までの二か月だけでも、この点を閲覧者にアピールできれば、映画館に足を運び、更にネットで確認しようという観客にメッセージを伝えられます。誰もが発売される日本版DVDで映画を見直すとは限らないからです。
- 日本では、この点にまで踏み込んだ評論記事が書かれる可能性は、あまりなさそうです。それでも、「独自研究」と指摘されない記事にするには、どうするべきか。それには、何とかスペイン語の「シナリオ」(字幕)を使えるようにしなければ。
- 私がこう考えたのは、「信頼できる情報源」を読み、「記事の中で非英語の情報源を自身で英語に翻訳したものを引用する場合、外国語による原文の引用を明確にするようにし、読者が元の情報源が何を語っているのかと翻訳の正確さを確認できるようにすべきです」という文章に活路を見出したからです。皆様から「私自身の考えを押し付けてはならない」と教わりましたので、無関係な、本物のプロによる翻訳と原文の併記ならば可能ではないかと思いました。
- その場合、誰に依頼すれば良いのか。あのご高齢の大学教授は引き受けて下さらないだろうなァ…と、このような考えを巡らせた結果、上記の「最後の質問」の文章が出来上がりました。
- Yhiroyuki様のご質問ですが、「あらすじや登場人物紹介」は、件のページの本文がそれに当たります。ノートページに「正誤表」を書き込んだのは、閲覧者に参加と意見を求めるためです。--Coinnto 2009年3月8日 (日) 11:02 (UTC)
- ikedat76様、報告していただくことに全く問題はございません。削除されそうな記事を掲載可能なものにするには、どうすれば良いかと言うのが、そもそものクエスチョンですので。
- 誤訳であるという根拠ですが、この映画は史実に基づくため、史実とフィクションの部分があります。史実の誤訳はWikipediaの正しい表記にリンクを貼りましたが、歴史書などに差し替える用意もあります。フィクションの大部分は、原作の小説(日本語版)の該当箇所を記しました。残りは、映画オリジナルの部分ですので、この映画の製作国であるスペイン製のシナリオやDVDの字幕を日本語字幕と併記しました。上記のコメントにも書きましたが、翻訳する場合は原文を示せと「信頼できる情報源」に記されておりました。シナリオはスペインで公刊された書物です。また、誤記であると断定してはいけないと皆様から教わりましたので、断定しない形に書き換える準備をしております。--Coinnto 2009年3月8日 (日) 14:21 (UTC)
全く分かっていただけていないので端的に質問します。誤訳だという判断は誰がしたのでしょうか。お答えください。判断をしたのがCoinntoさんである限り、どんなにやっても削除しなければなりません。個人サイトなりブログなり別の場所をお探しください。--ikedat76 2009年3月8日 (日) 15:02 (UTC)
- ikedat76様、たいへん遅くなりました。
- これまで皆様から多くのご指摘をいただき、私が「誤訳である」「…に違いない」と断定してはならないこと、スペイン版の資料だけでは、「正誤表」として不完全だということも理解いたしました。記事の修正を始めていないので、「正誤表」を残そうとしていると思われるかも知れませんが、その考えはございません。Yhiroyuki 様のアドバイスのように、文章にすることも考えましたが、「誤訳があった」という表現も今のところ根拠を示せないので、無理なようです。しかし、「誤訳」と指摘せず、「スペイン語の字幕と日本語の意訳」として、重要な部分のみ、書き出すことは出来ないものかと思いました。
- 原語と併記ということで、日本語の直訳を付けられれば、ありがたいのですが。--Coinnto 2009年3月9日 (月) 01:17 (UTC)
ウィキペディアではなくご自身のホームページでやってはいかがです?尊敬に値するたいへん有意義な試みだとは思うものの、ここは検証サイトではないし、Coinntoさんがどんなにがんばっても、どんなに有意義なことを書いても、今後他の人が「必要ない」「ふさわしくない」と判断すれば消しますよ。そもそも、「ウィキペディアの記事」とは、なにか。に、ついて、Coinntoさんのもつイメージと他の人のイメージとに非常に大きな隔たりがあるようです。ウィキペディアにはさまざまな制約があるため、どんなに重要なことでも、ウィキペディア 「には」 書けないことも少なくありません。たとえば、どんなに重要なニュースでも、拙速な記事化は推奨されていません。完結していないテレビ番組に対するリアルタイムの過度な加筆は好ましいとされていません。映画公開の期間中に、観客に重大なメッセージを送るために、ウィキペディアを利用しようとすることは目的外使用なのです。122.249.212.185 2009年3月9日 (月) 13:01 (UTC)
- ひとつだけ。ノートページは本文ではありません。したがって、「ノートページに正誤表がある」と指示をするのは、記述上不適切です。本文に書くかどうかを調整するのがノートページの役割であって、本文の補足として使うものではありません。--ゆきち 2009年3月9日 (月) 13:31 (UTC)
- 間に他の方のコメントが挟まっていますがこのまま。
- お話を伺う限り、「正誤表」も「原語/日本語対訳」もどちらもまず記事本文に載せることはできません。
- ゆきちさんがご指摘の点からすると、ノートページにもダメです。記事の補足としてノートページを使うというやり方がおかしいという点がまずひとつ。もうひとつには、「正誤表」「原語/日本語対訳」等、何でもよいいのですが、記事本文に掲載できないという判断がこれだけ示されているとおり、それらをノートページに記載しても記事本文に何ら貢献し得ないと言う意味で、目的外利用(はっきり言えば、スペースの無駄遣い)です。
- さらに、IPユーザ氏が指摘されているように、「映画公開期間中だけ載せてほしい」というのもある種の宣伝行為と解する余地のあるものであり、ウィキペディアでやってはならないことと見なさざるを得ません。
- 結論として、あきらめてください、と申し上げるほかありません。--ikedat76 2009年3月9日 (月) 14:54 (UTC)
参考までに。その作品の日本語訳の誤訳(とされるもの)への言及のある項目としては赤と黒やハリー・ポッターシリーズといったものがあります。これらの例を見ても例え誤訳についての検証可能性に耐えうる出典が存在するとしても「誤訳が存在するという見解があること」と「指摘されている代表的な誤訳」の記述程度にとどめるべきかと思います。--211.124.129.185 2009年3月9日 (月) 20:49 (UTC)
- 皆様、ご指摘をありがとうございます。正誤表の掲載に無理があるということは、よく理解いたしました。削除されることに、反論する意思は全くございません。
- 本当にしつこくて申し訳ございませんが、「アラトリステ(映画)」というページを開設した者として、今日も映画館に足を運ぶ方がおられる以上、ストーリーが正反対になっていることの指摘は、義務だと感じておりますので、更なる書き込みをお許しください。
- 正誤表に代わるものとして、次の二つの方法を考えました。
- ①本文の「あらすじ」に、「主人公はヒロインに求婚"しない"」という記述を載せ、それに対して「要出典」や「疑問点」のタグを貼り、ノートページで、日本語字幕を盾に訂正を求める。
- この場合、検証のためのディベートとして開始された議論であることも明記し、閲覧者の参加も求めます。
- ②本文の「あらすじ」に、「主人公はヒロインに求婚"する"」という記述を載せ、同じく「疑問点」等のタグによって、別の人物が異議の文章をノートページに書き込む。
- この場合は、体裁としては正しくても、本文に書き込みをした者が、タグを貼られることを承知しておりますので、やはり一種のディベートに当たると思われます。
- これらのコメントの中で、資料として「原文と訳文の併記」を上げれば、正誤表が削除されても、最も重要なメッセージは残ります。その間に、スペインの映画製作会社に、「どちらが正しいのか」という質問状も送ります。運良く回答が得られた場合、スペイン語からの翻訳に権威が必要ならば、プロに依頼いたします。「プロに依頼」の意味は、「誤訳であるというお墨付き」ではなく、私の翻訳では故意による意訳の疑いがあり、信用されない場合に、「信頼できる情報源」を求めるということです。いかがでしょうか。--Coinnto 2009年3月10日 (火) 02:55 (UTC)
「「アラトリステ(映画)」というページを開設した者」などという特別な地位は存在しません。Wikipedia:記事の所有権をご覧下さい。「信頼できる情報源」があろうがなかろうが「訂正を求める」とか「注意を喚起する」とかはどう考えてもウィキペディアの目的外利用ですからやるべきではないでしょう。これ以上議論を続けても異なる結論が出るとは思えません。もう議論は終了させませんか。--222.147.227.241 2009年3月10日 (火) 03:49 (UTC)
- わたしも、既に議論は存在していないと思います。長々と続けられているのは、Coinntoさんに対する、Wikipediaの方針についての説明だけです。
- Coinntoさんがお考えになっているような義務は、Coinntoさんにはありません。そのような義務感は、安心してご放念ください。Coinntoさんに何がしかの義務があるとすれば、それはWikipediaの方針についての理解を深めていただくことです。
- Coinntoさん、もう一度、この文書→Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかの、特に「ウィキペディアは演説をする場所ではありません」の節をよくご覧ください。わたしの目から見ますと、Coinntoさんのやろうとなさっていることは、ここに書かれている項目のうち、少なくとも 1、2、3、4、5、9番に相当すると思います。
- あえて苦言いたします:
- Coinntoさんが「誤訳」や「正誤」の指摘の必要ありとお考えになっているものは、「解釈」や「鑑賞」方法の域です。Coinntoさん自身のノートページからの言葉をお借りすれば、「映画の中にちりばめられ、役者さんの微妙な演技や、短い台詞、音楽、編集、小道具に至る全てから観客が感じ取るべき」ものを、書き出そうといっているようなものです。「ここは原作と違う」とか、「観客が見方を間違えてしまう」あるいは「ここは重要だから指摘しないと」というのも、すべてCoinntoさんの主観によるものです。ご自身のお言葉に矛盾しています。Wikipediaでそのようなご指摘やご講釈は不要です。今あなたがやろうとなさっていることは、「Coinnto流『映画アラトリステ』はこう鑑賞しろ!」という個人サイトの内容にはぴったりでも、Wikipediaには不要なばかりか、逆にあってはならないものでしかありません。
- 冒頭に述べましたように、わたしは既に「議論」はないと考えますが、何か「議論」があると主張し、本来記事にならざる内容へと利用者を誘導することも問題ではないかと思います。現時点で、問題の記事と、ノートページがまさしくその関係になっていることも危惧しております。服部半端 2009年3月10日 (火) 05:19 (UTC)
- 皆様へ、たいへん遅くなりました。近々に削除が行われそうな状況の中で、何とか重要な部分だけは残したいと、しつこく質問を続けてしまいました。申し訳ございません。
- 一つだけ、管理者の方によって削除が行われる場合、誤訳に関する多くのコメントも、その対象に含まれますでしょうか。
- 誤訳の指摘は、日本語字幕の翻訳者さんを責めることが目的ではなく、「正誤表」と「意訳について」を書き込んだ者は全員、映画の公開終了時には、コメントも含めて消えた状態に戻したいと希望しておりました。ですが、他の方のコメントも書き込まれているため、勝手な真似が出来ないことも懸念の一つでした。
- 削除されることに、不満は全くございませんので、コメントの部分もご配慮いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。本当にお手数をおかけいたしました。お詫び申し上げます。--Coinnto 2009年3月10日 (火) 23:17 (UTC)
- 同作品については、劇場で上映されたものと日本語版DVDとで大幅に字幕が変更されるということは既に原作翻訳者によって明らかにされておりますから[3]、本文記事中にこの事実のみを記述し、ノートページの「正誤表」および「正誤表の内容についての議論」は削除するのがよろしいかと思います。ノートページの使い方としては少々乱暴過ぎるところまで来てしまったかと。--Uniontour 2009年3月10日 (火) 23:53 (UTC)
誤訳の指摘に関して、「誤訳 映画」で検索[4]しますと、結構な件数ヒットしますね。映画記事に限らずこういうツッコミ的な書き込みはよくあります。--fromm 2009年3月11日 (水) 02:47 (UTC)
- ノートページで度々、本文との内部リンクを外す操作をされた方によって、「正誤表」は削除されました。「正誤表」の製作者は管理者の裁定を待っていたため、ご本人の利用者ページで確認したところ、削除ではなく「コメントアウト」であることと、「管理者はしばしば、議論の当事者による解決を期待して介入を見合わせる」との回答を頂きました。「コメントアウト」の理由は、「正誤表」の製作者が個人ブログ等に記事を転載する際、記録の保存が必要だからとのことです。
- この方がノートページに書き込まれたコメントは、当該箇所のスペイン語字幕を全て書き出す必要があるとのアドバイスと、「独自研究」についての指摘のみで、「正誤表」の外部転記には関係しておられません。また、「ノートページに書かれた他人の意見は削除すべきではない」とされながら、直前に書き込まれていた「削除に備えて保存を」という、「コメントアウト」の根拠を覆すCoinntoのコメントは消されていました。
- この場合、むしろ「削除した」と表現して下さった方が、率直なご意見と受け取れたと思います。
- 以前にも申し上げましたが、「正誤表」と「意訳について」の製作者は、管理者の方による削除が行われる際には、誤訳について詳細に語っている多くのコメントも消えることを希望しておりました。しかし現在は、「コメントアウト」が行われた状態のまま放置しております。見苦しい部分もありますが、いつまでもこの状態に置く意思はございませんのでご容赦くださいませ。--Coinnto 2009年3月14日 (土) 01:04 (UTC)
- 私が行ったのは「正誤表」とその内容についての議論のコメントアウトであって、削除ではありません。コメントアウトと削除を混同しないでください。
- コメントアウトにとどめたのは、ノートページでの議論は削除しないということが通例だからです。問題なのは、お二人がノートページを事実上、本文ページに対する規制が及ばないアネックスとして利用していたという点です。本文記事であれば遠慮なく消すことが出来るのですけれども、一応、ノートページで書かれたものであるということを考慮して、しかしこれまでの議論からノートページであってもああしたものがあるのは望ましくない(独自研究の公開)という意見が大勢を占めましたので、緊急避難としてコメントアウトとしたわけです。
- お二人が削除に同意されるのであれば、私の手で削除しておきますが、よろしいでしょうか?--Uniontour 2009年3月14日 (土) 08:05 (UTC)
- どなたによるものかまでは断定できませんが、Wikipedia外から積極的に問題の記事のノートページへの誘導を行おうとする呼びかけもなされていたようです。これまでの書き込み、経緯から見て、Wikipediaの方針が理解できないというよりは、従う意志がないという印象がわたしには強くあります。ご本人の手による削除、同意を待つ必要はないかと考えます。服部半端 2009年3月14日 (土) 14:55 (UTC)
- 服部半端様へ、ここで議論を再会する意思はございません。ご意見を頂戴した皆様と管理者の方へ結果をご報告したまでです。「正誤表」を削除された方からお返事があるかと思い、コメントを用意しておりましたので、そのまま書き込ませていただきます。「正誤表」が、「アラトリステ」に関する他のWikipediaの記事や、何らかの団体、個人の方にご迷惑をおかけしましたら、心からお詫びいたします。それ程お急ぎにならなくとも、管理者の方による削除が行われなければ、問い合わせるなり、自分たちで削除するなりしておりました。宜しければ「コメントアウト」を解除し、元の状態に戻していただけると幸いです。
- 「正誤表」について記事を掲載されている方にも、連絡がつく限り、無用な情報は消して下さるようお願いいたします。以上です。皆様、お騒がせをいたしました。ありがとうございました。--Coinnto 2009年3月15日 (日) 00:40 (UTC)
- 服部半端氏が指摘されるように、Coinnto氏はウィキペディアの方針に従う意志がないとまでは断言したくないですが、少なくともウィキペディアの仕組みを理解しておられないし、理解しようという努力に対して消極的ではないかと思えます。また、「ここで議論を再会する意思はございません」という宣言は合意形成努力を放棄されたものと解釈する以外無いようです。ともかく、ご自身の手で削除されるならば、現状からでも何の障害もございませんので、コメントアウトタグごとの削除をしてください。数日経っても残っている場合には私が代わりに削除しておきます。--Uniontour 2009年3月15日 (日) 01:31 (UTC)
Coinntoさんへ。こんにちは。ええと。「削除」すると、管理者以外は誰も見れなくなります。削除するには、削除依頼などを通してコミュニティの合意を得た後に、管理者が対処する必要があります。「編集除去」は、誰でもできます。最新版には掲載されませんが、誰でも履歴から掲載されている版を見る事ができます。「コメントアウト」は、ソースには残っているけれど、表示されないようになっているものです。古い版を探さなくても、編集タブで編集画面を開くと、その内容を見る事ができます。権利侵害などがあると、「編集除去」や「コメントアウト」では、侵害が継続することになりますから「削除」する必要があります。今回は、侵害については問題とされていませんから、削除ではなく、除去/コメントアウトという対応がとられています。保存などが必要なら正誤表が残っている版を閲覧する事ができます。
正誤表については、まずは、通常では百科事典の内容としてはそぐわないということがひとつ、その「正誤」や「正誤がもたらす重要さ」については単純に評価ができるものではなく、ウィキペディアではないところ、たとえば映画や翻訳の雑誌などで、編集者らの判断の後でなければ、ウィキペディアには掲載することが難しいとご理解いただければと思います。映画を見る人たちにとって有益な情報であれば、百科事典ではなく、ブロクなどで掲載されていても、十分関心を集めることになるでしょう。
ノートページは、正誤表に関する話題を過去ログ化しました。念のためですが、除去した話題は、ノート最上部で示したリンクから閲覧する事が可能です。--Ks aka 98 2009年3月15日 (日) 09:28 (UTC)
- お疲れ様です。ひとまずこの状態で様子を見ますか。--Uniontour 2009年3月15日 (日) 10:17 (UTC)
- Ks aka 98様、ありがとうございました。第三者である管理者の方に適切に処理していただき、心底ホッといたしました。管理者伝言板/投稿ブロックに報告されていましたので、不適切な利用者として、投稿記事も削除の対象となるのではと、各自、記録を保存した上でお待ちしておりました。「正誤表」は、映画の公開終了後には無用となり、字幕作家さんへの「非難」に過ぎなくなる文章です。管理者の方の裁決がない場合、自分で自分の削除依頼を出すべきかとも話し合っておりました。お手数をおかけし申し訳ございません。感謝いたします。--Coinnto 2009年3月15日 (日) 16:47 (UTC)
- 管理者による裁定を希望するのであれば、最初から井戸端ではなく削除依頼を出されるべきだったのではないでしょうか? ここで色々な方の意見が出されたにもかかわらず、管理者による裁定にこだわってそれらの意見を取り入れた行動をされることは無かったわけですから、議論に参加してくださった方々に対しての礼を失しているように思います。それに、いまだにご理解いただけていないようですが、「正誤表」は映画の公開中であろうがなかろうがウィキペディアには無用のものです。今後もウィキペディアに参加されるのでしたら、まずは方針文書やガイドライン文書の熟読をしていただきたく思います。--Uniontour 2009年3月15日 (日) 22:40 (UTC)
- Coinnto氏は海獺氏によって投稿ブロックとなりました。ご報告まで。--Uniontour 2009年3月15日 (日) 23:43 (UTC)
- 管理者による裁定を希望するのであれば、最初から井戸端ではなく削除依頼を出されるべきだったのではないでしょうか? ここで色々な方の意見が出されたにもかかわらず、管理者による裁定にこだわってそれらの意見を取り入れた行動をされることは無かったわけですから、議論に参加してくださった方々に対しての礼を失しているように思います。それに、いまだにご理解いただけていないようですが、「正誤表」は映画の公開中であろうがなかろうがウィキペディアには無用のものです。今後もウィキペディアに参加されるのでしたら、まずは方針文書やガイドライン文書の熟読をしていただきたく思います。--Uniontour 2009年3月15日 (日) 22:40 (UTC)
- Ks aka 98様、ありがとうございました。第三者である管理者の方に適切に処理していただき、心底ホッといたしました。管理者伝言板/投稿ブロックに報告されていましたので、不適切な利用者として、投稿記事も削除の対象となるのではと、各自、記録を保存した上でお待ちしておりました。「正誤表」は、映画の公開終了後には無用となり、字幕作家さんへの「非難」に過ぎなくなる文章です。管理者の方の裁決がない場合、自分で自分の削除依頼を出すべきかとも話し合っておりました。お手数をおかけし申し訳ございません。感謝いたします。--Coinnto 2009年3月15日 (日) 16:47 (UTC)