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高橋誉冨

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

高橋 誉冨(高橋 譽冨[1]、たかはし たかよし、1913年9月29日[2] - 2003年5月13日)は、日本政治家参議院議員(1期、自由民主党)。

経歴

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千葉県出身。1937年千葉県師範学校(現千葉大学教育学部)卒[3]。卒業後は千葉県内の小学校で教鞭を執り[3]、その後は、習志野市立津田沼小学校校長船橋市立二宮中学校校長を務めた。[要出典]1963年千葉県議会議員(八千代市)を経て、1974年第10回参議院議員通常選挙千葉地方区)で初当選、当選1回。福田赳夫内閣北海道開発政務次官を務めた[3]1980年に引退。1984年秋の叙勲で勲三等旭日中綬章受章[4]

2003年5月13日午前2時39分、肺炎のため千葉県八千代市の病院で死去、89歳[5]。死没日をもって正五位に叙される[1]

著書

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  • 「教育ひとすじ」(1973年)
  • 「魂にひびく体育」(1961年)

脚注

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  1. ^ a b 『官報』第3621号10-11頁 平成15年6月5日号
  2. ^ 『「現代物故者事典」総索引(昭和元年~平成23年) I 政治・経済・社会篇』(日外アソシエーツ、2012年)p.719
  3. ^ a b c 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』347頁。
  4. ^ 『官報』号外第128号1頁 昭和59年11月5日号
  5. ^ 高橋誉冨氏死去/元自民党参院議員 四国新聞、2003年5月13日

参考文献

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  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。