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高松神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
高松神社
所在地 静岡県御前崎市門屋2068番地[1]
位置 北緯34度39分12.8秒 東経138度5分33.5秒 / 北緯34.653556度 東経138.092639度 / 34.653556; 138.092639座標: 北緯34度39分12.8秒 東経138度5分33.5秒 / 北緯34.653556度 東経138.092639度 / 34.653556; 138.092639
主祭神 伊弉冊尊[2]
速玉男命[2]
亊解男命[2]
社格県社
創建 701年[3]
(旧暦大宝元年9月)[3]
例祭 10月第2土曜日
主な神事 月例祭[4]
元旦祭[4]
祈年祭[4]
節分祭[4]
大祓式[4]
新嘗祭[4]
七五三[4]
除夜祭[4]
地図
高松神社の位置(静岡県内)
高松神社
高松神社
地図
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高松神社(たかまつじんじゃ)は、静岡県御前崎市神社である。近代社格制度における社格は県社。

概要

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静岡県御前崎市門屋に鎮座する神社である[1]文武天皇の命により創建され[3]熊野三山から勧請された[3]伊弉冊尊速玉男命亊解男命の3柱を祀っており[2]、静岡県御前崎市門屋、合戸、塩原新田、菊川市河東の住民を氏子としている[5]。文武天皇により同時に創建された静岡県掛川市三熊野神社小笠神社とともに「遠州の熊野三山」とも称され、創建以来、熊野信仰を背景に周辺地域からの信仰を集めた。

祭神

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歴史

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佐原義連による神領の寄進状(『惣地頭兼預所平十郞左衛門尉神領寄進狀』正治2年6月、個人蔵)[6]。「遠江國笠原庄一宮近邊荒・野御神領事。」[7]と記されており「惣地頭預所左衛門尉[8]と署名されている

文武天皇の命により701年(旧暦大宝元年9月)に創建されたとされている[3]。文武天皇の夫人である藤原宮子が熊野三山に対して安産を祈願したところ[3]、無事に首皇子を産むことができた[3]。これを受けて、文武天皇は東方に3つの神社を建て、そこに熊野三山の神々を祀ることにした[3]。宮地についてさまざまな検討がなされたのち、遠江国城飼郡西大渕村に三熊野神社、城飼郡門屋村に高松神社、城飼郡入山瀬村に小笠神社が建てられることになった[3]

三熊野神社、高松神社、小笠神社に祭神を勧請する際には、熊野三山から海上を船で移動することになった[3]。701年(旧暦大宝元年8月)、遠江国城飼郡合戸村の砂浜に船が到着し[3]、その翌日に祭神は仮殿に遷座した[3]。その後、各神社の本殿が完成すると、祭神は本殿に遷座した[3]。なお、熊野三山は熊野本宮大社熊野速玉大社熊野那智大社の3社で構成されているが[3]、三熊野神社は熊野本宮大社に[3]、高松神社は熊野速玉大社に[3]、小笠神社は熊野那智大社に[3]、それぞれ対応している[3]

その後、高松神社は多くの信仰を集めることになった。源頼朝伊豆国に配流される際にも[3]、高松神社に祈願したという[3]。後年、頼朝は鎌倉幕府を開くに至ると、代官を高松神社に差し向けて代参させたという[3]

近代社格制度の下では県社とされており、鳥居の近くに建てられた石柱にも「縣社高松神社」と刻まれている。

境内

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右衛門尉高行による神領の寄進状(『右衛門尉高行寄進狀』暦応2年2月27日、個人蔵)[9]。「遠江國笠原庄村岡鄕內田壹町。」[9]を寄進すると記されている

高松神社の境内には「高松緑の森公園」が隣接している[10]。また、神社周辺の高松山は御前崎遠州灘県立自然公園に指定されるなど緑が多く残る地域であり、御前崎市役所では都市計画にて神社一帯の自然環境保護を推進する方針を発表している[11][12]

祭事・年中行事

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例祭は毎年10月の第2土曜日に行われる。その際は、氏子らによる奉納相撲が行われる[13]。また、2001年には「高松神社千三百年祭」が行われたが[14]、これは創建から1300年が経過した記念に催されたものである。

氏子区域

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脚注

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  1. ^ a b 「こんな楽しみ方、あんな楽しみ方」『高松神社の歩き方:高松神社』高松神社。
  2. ^ a b c d e f g 「祭神」『高松神社とは:高松神社』高松神社。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 「由緒」『高松神社とは:高松神社』高松神社。
  4. ^ a b c d e f g h 「年間行事」『高松神社とは:高松神社』高松神社。
  5. ^ a b c d e 「御前崎――高松神社の奉納相撲――地域の一員――土俵で自覚」『御前崎 高松神社の奉納相撲 地域の一員 土俵で自覚【遠州秋祭り③】|あなたの静岡新聞静岡新聞社、2021年10月28日。
  6. ^ 『靜岡縣史料』4輯、靜岡縣、1938年、339-340頁。
  7. ^ 『靜岡縣史料』4輯、靜岡縣、1938年、339頁。
  8. ^ 『靜岡縣史料』4輯、靜岡縣、1938年、340頁。
  9. ^ a b 『靜岡縣史料』4輯、靜岡縣、1938年、343頁。
  10. ^ 御前崎市 OMAEZAKI CITY 携帯電話ホームページ』御前崎市役所。
  11. ^ 国土利用計画(第一次御前崎市計画)御前崎市、2008年3月。
  12. ^ 御前崎市役所都市計画課『御前崎市都市計画マスタープラン高松地域』御前崎市役所、2008年4月。
  13. ^ 平成20年度イベントカレンダー』御前崎市役所。
  14. ^ 御前崎市 OMAEZAKI CITY 市の歴史・旧浜岡町のあゆみ』御前崎市役所。

関連人物

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関連項目

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外部リンク

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