香取航空基地
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座標: 北緯35度43分45秒 東経140度36分40秒 / 北緯35.72917度 東経140.61111度 香取航空基地(かとりこうくうきち)は、大日本帝国海軍の航空基地(軍用飛行場)。旧匝瑳郡椿海村(現千葉県匝瑳市)と同郡共和村(現千葉県旭市)にまたがり建設された。
概要
[編集]- 建設が決定されたのは1938年(昭和13年)、完成は1942年(昭和17年)頃。
- 1945年(昭和20年2月)、本州から初となる神風特攻隊が硫黄島へ出撃した。1945年(昭和20年10月)、太平洋戦争終戦と共にその役目を終えた。
- 正式名称:海軍香取航空基地。通称で香取飛行場とも呼称されている。
- 現在の千葉県旭市にある、あさひ鎌数工業団地がその跡地であり、滑走路は1500mと1400mの2本で互いの中央部が十字状に交差した特徴を持つ。
- 方位に対して、南東・北西方向に1400m滑走路、南西・北東方向に1500m滑走路があり、西側に司令部等の主要建物があった。
現存する遺構
[編集]- 北西角の北側田圃内(匝瑳市春海)に航空機用有蓋掩体壕が2基、南東角の東側、鎌数伊勢大神宮(旭市鎌数)の駐車場脇に大型機用有蓋掩体壕がある(いずれも個人私有地内)。また、鎌数工業団地から西へ約2kmの場所に間口幅3m×高さ1.5mで奥行の深い有蓋掩体壕がある。(香取航空基地との関連は現時点で不明)
- 工業団地西側の空き地内に当時の前庭舗装が残っている。また、滑走路面跡地にある日清紡ブレーキ(1987年進出)の自動車テストコースには、滑走路の舗装が当時のまま一部残っている。
関係する人物
[編集]その他
[編集]- 2017年まで使用していた銚子駅駅舎は、元々の駅舎が銚子空襲で焼失した後、戦後に旧香取航空基地の元格納庫を転用・改装して再建されたものであった。
- 1976年、戦没者慰霊碑が工業団地西側の旭緑地公園に建立された。碑文の題は自衛隊の初代航空総隊司令、第3代航空幕僚長を務め、ブルーインパルスを創設した源田実による。また、公園内には自衛隊機(SNJ型航空機)が展示されている。
- 滑走路面跡地周辺は1984年公開の映画『零戦燃ゆ』のロケ地となった。
参考文献
[編集]- 匝瑳市に現存(2012年9月時点)する掩体壕の解説板、『掩体壕(えんたいごう)』、2008年12月、匝瑳市教育委員会
- https://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=266165&isDetail=true
(USA-M44-A-5VV-298 1946年02月13日米軍撮影空撮写真)