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頼鷹二郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

頼 鷹二郎(らい たかじろう、1866年11月22日慶応2年10月16日[1] - 1937年[2])は、日本実業家。竹原製塩社長[1]。竹原銀行頭取[3]。尾道塩回送取締役[1][3]頼山陽の叔父頼春風の曽孫。族籍は広島県平民[1]

人物

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安芸国竹原(現・広島県竹原市)出身。頼廉次郎の二男[1]。頼俊直の弟[1]1881年、先代三郎の養子となり1883年家督を相続した[3]。諸会社の重役として知られた[3]

『商工資産信用録 第25回』によると、頼鷹二郎(調査年月・1924年2月)は「正身身代・P、信用程度・B、職業・金穀貸付」である[4]。住所は広島県賀茂郡竹原町[1]

家族・親族

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頼家

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 『人事興信録 第5版』ら1頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年7月29日閲覧。
  2. ^ a b c d e 『その前夜』P480-P484 解説: 著者とその周辺
  3. ^ a b c d 『人事興信録 第4版』ら1頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年7月29日閲覧。
  4. ^ 『商工資産信用録 第25回』広島県ら之部22頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年12月2日閲覧。
  5. ^ a b c 『大衆人事録 第12版 近畿・中国・四国・九州篇』広島34頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年10月4日閲覧。
  6. ^ a b c 『広島県紳士録 昭和8年版』45頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年7月29日閲覧。
  7. ^ a b 『日本紳士録 第47版』広島18頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年2月19日閲覧。

参考文献

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  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
  • 商業興信所編『商工資産信用録 第25回』商業興信所、1921 - 1926年。
  • 『広島県紳士録 昭和8年版』西日本興信所、1933年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第12版 近畿・中国・四国・九州篇』帝国秘密探偵社ほか、1938年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第47版』交詢社、1944年。
  • 頼惇吾 『その前夜』晃文社、1972年。