金沢市夫婦強盗殺人事件
金沢市夫婦強盗殺人事件(かなざわしふうふごうとうさつじんじけん)は、2004年(平成16年)9月13日に石川県金沢市神野二丁目84番[1]の民家で発生した強盗殺人事件(少年犯罪)。
概要
[編集]2004年(平成16年)9月13日3時20分ごろ、石川県金沢市神野2丁目の民家に強盗目的で少年(当時17歳)が勝手口の窓ガラスを割って侵入したが[注 1]、家主の男性(当時66歳)と妻(当時64歳)に気づかれ、抵抗されたためサバイバルナイフ(刃渡り約30cm)や鉄製の杭(刃渡り約10 cm)で全身を刺して、夫婦を出血性ショックで死亡させた上[2]、現金3700円とカードが入った財布を奪った[3]。妻からの110番通報を受け、石川県警金沢西署の署員が現場に急行すると、ナイフを持って立ちつくす少年を発見し、少年が「人を刺した」と供述したため、同署員は少年を現行犯逮捕した。
強盗殺人などの容疑で送検された少年は[4][2]「金がありそうな家があったので入ったが、見つかってしまったので夫婦を刺した」と説明し[4]、動機については「運転免許取得が可能になる18歳を目前に控え[注 2]、免許取得にかかる費用を強奪するため」と発言した[2]。
少年は、小学校から不登校であったことを巡り、家庭内でトラブルになり、時には家族に手を出すこともあった。両親との会話は少なく、自宅に篭り漫画を読んだり、ゲームをしたりして過ごしていた[6]。
盗みに入る家を物色するために母親の乗用車を無免許運転していた少年は[2]、現場付近の市道で車が側溝に脱輪している状態で発見されたことについて「自分で運転した」と発言し、話題が車のことになるといきなり饒舌になり、異常なほどの関心を見せていた。
少年は夫婦を殺害したことについての反省や謝罪の念を示さず、取調官に自分の両親が殺害されたらどう思うかという質問に対し「そんなのは運命だ」と返答した[2]。
当時、2ちゃんねるなどの掲示板上に、加害者少年の氏名や経歴などを特定する書き込みが見られた[7]。そのため、同月22日には金沢地方法務局によって、それに該当する4件の書き込みの削除依頼がなされた[7]。
裁判
[編集]同年10月4日に金沢地方検察庁は「刑事処分相当」の意見書を付け、少年を強盗殺人と銃刀法違反の容疑で金沢家庭裁判所へ送致した[8]。少年は少年審判を経て、金沢家裁(仲宗根一郎裁判官)から金沢地検へ逆送致され(同月29日付の決定)[9][10]、同年11月5日、強盗殺人などの罪で金沢地方裁判所へ起訴された[11]。
同年12月22日に本事件の裁判の初公判が金沢地裁(伊東一廣裁判長)で開かれ、少年は起訴事実を認めた。2005年7月から2006年3月にかけて実施された精神鑑定の結果、少年は「反社会性パーソナリティ障害には該当するが、アスペルガー症候群や行為障害には当てはまらない。性格の偏りはあるが、責任能力が減衰していたとはいえない」として責任能力が認められた。
2006年(平成18年)9月7日、金沢地検の検察官は「犯行は残虐で冷酷を極めており、本来であれば死刑を持って臨むほかない」として、犯行時18歳未満の被告人に対する最高刑の無期懲役を求刑した。
同年12月18日、金沢地裁(堀内満裁判長)は検察の求刑通り、元少年に無期懲役を言い渡した[12][注 3][注 4]。判決理由で裁判長は、元少年が「凶器を複数用意していたこと、返り血が目立たない服に着替えたこと、通報を阻止するために電話線を切断したこと」を挙げ、完全責任能力があったと認定した。その上で「死刑を選択すべき事案であるが、少年法第51条の規定が適用される」と結論付けた[注 5][18]。遺族は判決後の会見で「年齢に関係なく死刑が適用できるように少年法の見直しをお願いしたい」と発言した。
同年12月27日に元少年の弁護人が判決を不服として名古屋高裁金沢支部に控訴したが[19][20]、2007年(平成19年)2月13日に元少年が控訴を取り下げ、刑が確定した[21][20]。
殺害された被害者らの遺族は、損害賠償命令制度に基づき、元少年とその両親を相手取り、4970万円の損害賠償を金沢地裁に申し立てた。2006年(平成18年)12月26日の和解協議で元少年の母親は長期にわたって毎月数万円ずつ支払うことを約束し、遺族が了承したため、2007年(平成19年)1月26日に正式に和解が成立した。
少年事件記録廃棄問題
[編集]2022年10月20日に神戸家裁が神戸連続児童殺傷事件の事件記録を全廃棄していたことが発覚した[22]。それを皮切りに相次いで全国の重大少年事件の記録が廃棄されていたことが明らかとなり、問題となった[注 6][24]。
事件記録の処分の判断が各裁判所に任されていたことが原因であったとされ[25]、最高裁は同月25日付で全国の裁判所に対し全ての裁判記録の廃棄を一時停止するよう指示した[25]。
同年12月13日、最高裁は本事件を含んだ少年事件59件の事件記録について、保存あるいは廃棄の経緯を個別調査する旨を発表した[注 7][23]。加えて同月19日、金沢家裁は本事件の記録が作成されたか否かが不明となっている旨を発表した[23]。
その他
[編集]本事件の発生前後の時期である2004年8月から同年9月にかけては、加古川7人殺害事件(同年8月2日発生)、津山小3女児殺害事件(9月3日)、豊明母子4人殺害事件(9月9日)、栃木兄弟誘拐殺人事件(9月12日)、長野・愛知4連続強盗殺人事件(9月17日に犯人逮捕)、大牟田4人殺害事件(9月21日発覚)と、日本各地で被害者が大量に上ったり、幼い子供が犠牲になったりする凶悪な殺人事件が短期間に相次いで発生していた[27]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 事件現場は県道196号沿い、北陸自動車道・金沢西インターチェンジの西側の住宅街の一角である。
- ^ 少年は逮捕後の9月24日に18歳の誕生日を迎えている[5]。
- ^ 犯行時18歳未満の少年に対する無期懲役は船橋明大生強盗殺人事件(2002年6月判決)以来のことであった。
- ^ 裁判長は判決理由を先に言い渡し、主文を後回しにした。
- ^ 少年法第51条:罪を犯すとき十八歳に満たない者に対しては、死刑をもつて処断すべきときは、無期刑を科する。この規定を適用されて無期懲役刑が確定した事例は、1966年から2007年2月までの間で、最高裁が把握している限りでは3件ある[13]。本事件の犯人以外に同条文が適用された主な判決には、混血少年連続殺人事件(広域重要指定106号事件)の犯人(事件当時16歳)に対し千葉地裁松戸支部(浅野豊秀裁判長)が1971年9月9日に宣告した判決[14][15]、名古屋アベック殺人事件の犯人の1人(事件当時17歳)に対し名古屋地裁刑事第4部(小島裕史裁判長)が1989年6月28日に宣告した判決[16](同年7月13日付で確定[17])がある[13]。
- ^ 一般的な少年事件の捜査資料や審判記録の保存期間は少年が26歳になるまでと規定されており、その期間を過ぎると廃棄される[22]。その一方で、史料的価値の高いとされている重大少年事件に関しては、期間満了後でも永久的に保存しなければならないという「特別保存」の運用が規定されている[22]。本事件や神戸事件についてはその重大少年事件に該当するとされている[23]。
- ^ 全59件のうち破棄52件 例:大分一家6人殺傷事件(2000年発生)・佐世保小6女児同級生殺害事件(2004年発生)・亀岡暴走事故(2012年発生)保存7件 例:光市母子殺害事件(1999年発生)・西鉄バスジャック事件(2000年発生)[26]
出典
[編集]- ^ 『北國新聞』2004年9月13日夕刊(第40132号)第12版一面1頁「金沢・神野 17歳少年 夫婦を刺殺 未明、窓割り侵入 盗み目的「気付かれ刺した」 西署逮捕」(北國新聞社) - 『北國新聞』縮刷版 2004年(平成16年)9月号559頁。
- ^ a b c d e 「運転免許欲しさの凶行 金沢の夫婦刺殺 17歳少年が供述」『北國新聞』北國新聞、2004年9月14日。オリジナルの2004年9月14日時点におけるアーカイブ。
- ^ “免許取得費用欲しさに2人を殺害”. response. (2004年9月16日) 2021年11月4日閲覧。
- ^ a b 「殺人の少年は母親の車で物色」『NHKニュース』NHKニュース、2004年9月14日。オリジナルの2004年9月16日時点におけるアーカイブ。
- ^ 『北國新聞』2004年9月25日朝刊(第40144号)第一社会面43頁「夫婦刺殺 少年の拘置延長 金沢地裁「慎重な調べ必要」」(北國新聞社) - 『北國新聞』縮刷版 2004年(平成16年)9月号1135頁。
- ^ 「金沢の夫婦刺殺、数時間前に犯行決意 少年供述、車は初めて運転 」『北國新聞』北國新聞、2004年9月15日。オリジナルの2004年9月17日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b 「ネット掲示板書き込みを削除要請 夫婦刺殺で金沢法務局」『朝日新聞』朝日新聞、2004年9月22日。オリジナルの2004年9月24日時点におけるアーカイブ。
- ^ 『北國新聞』2004年10月5日朝刊(第40154号)第一社会面33頁「金沢・夫婦刺殺 遺族がコメント 「保護する必要あるのか」」 「遺族コメント全文「父と母 返して」 深い悲しみ、少年法に疑問も」」「金沢地検 少年を家裁送致 「刑事処分が相当」」(北國新聞社) - 『北國新聞』縮刷版 2004年(平成16年)10月号239頁。
- ^ 『北國新聞』2004年10月29日夕刊(第40177号)第一社会面9頁「金沢の夫婦刺殺 少年を検察官送致 金沢家裁 「人命尊重の念みられず」」 審判では認められず」(北國新聞社) - 『北國新聞』縮刷版 2004年(平成16年)10月号1367頁。
- ^ “金沢の夫婦刺殺事件、18歳少年を検察官送致”. 産経新聞 (産経新聞). (2004年10月29日)
- ^ 『北國新聞』2004年11月6日朝刊(第40185号)第一社会面47頁「金沢の夫婦刺殺 強盗殺人で少年起訴 刑事責任能力が争点 金沢地検 来月にも初公判」「弁護人「正式な精神鑑定を」 審判では認められず」(北國新聞社) - 『北國新聞』縮刷版 2004年(平成16年)11月号263頁。
- ^ “金沢の夫婦強殺で無期懲役”. 四国新聞社. (2006年12月18日) 2021年11月4日閲覧。
- ^ a b 『読売新聞』2007年2月15日東京朝刊石川版31頁「金沢の夫婦刺殺 元少年の無期確定 遺族、絶えぬ苦しみ=石川」(読売新聞北陸支社)
- ^ 『毎日新聞』1971年9月10日東京朝刊第14版第三社会面21頁「【松戸】女性三人殺しに無期の判決」(毎日新聞東京本社) - 『毎日新聞』縮刷版 1971年(昭和46年)9月号305頁。
- ^ 『朝日新聞』1971年9月10日東京朝刊第14版第二社会面22頁「【松戸】混血青年に無期の判決 3女性絞殺 千葉地裁判決」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『中日新聞』1989年6月28日夕刊E版一面1頁「大高緑地アベック殺人 名地裁判決 主犯少年(当時)に死刑 『残虐、冷酷な犯罪』 共犯の5被告 無期―不定期刑に」「(解説)精神的未熟さ認めたが厳刑(永井 昌己記者)」(中日新聞社) - 『中日新聞』縮刷版 1989年(平成元年)6月号1181頁。
- ^ 『中日新聞』1996年12月16日夕刊E版二面2頁「アベック殺人死刑判決破棄 少年への極刑に慎重 集団心理などを考慮」(社会部・伊藤博道)「アベック殺人事件控訴審判決の要旨 元少年被告 矯正で罪の償いを」「アベック殺人事件の訴訟経過」(中日新聞社) - 『中日新聞』縮刷版 1996年(平成8年)12月号694頁。
- ^ 「少年法の“カベ”「死刑で処断すべき事案」も無期に」『ZakZak』ZakZak、2006年12月18日。オリジナルの2007年1月6日時点におけるアーカイブ。
- ^ 『北國新聞』2006年12月28日朝刊(第40947号)第一社会面33頁「金沢の夫婦強殺 元少年弁護団が控訴 名高裁金沢支部 「意思は確認できず」」(北國新聞社) - 『北國新聞』縮刷版 2006年(平成18年)12月号1267頁。
- ^ a b 「強殺の元少年、弁護人通さず自ら控訴取り下げ…無期確定」『ZakZak』ZakZak、2007年2月14日。オリジナルの2007年2月19日時点におけるアーカイブ。
- ^ 『北國新聞』2007年2月13日朝刊(第40992号)第二社会面36頁「金沢の夫婦強殺 元少年が控訴取り下げ 無期懲役の判決確定」(北國新聞社) - 『北國新聞』縮刷版 2007年(平成19年)2月号600頁。
- ^ a b c “「少年A」の全ての事件記録を廃棄 神戸家裁「適切ではなかった」 1997年の連続児童殺傷事件”. 東京新聞. (2022年10月20日) 2022年10月20日閲覧。
- ^ a b c 「夫婦強盗殺人の少年の記録作成されたか「不明」 金沢家裁」『北國新聞』北國新聞、2022年12月20日。オリジナルの2022年12月20日時点におけるアーカイブ。
- ^ “相次ぐ少年事件“記録廃棄” 最高裁が保存や運用面の検証へ”. NHKニュース. (2022年10月25日) 2022年10月25日閲覧。
- ^ a b “全裁判記録、廃棄停止指示 最高裁が全国の裁判所に”. 日本経済新聞. (2022年11月2日) 2022年11月2日閲覧。
- ^ “重大少年事件の記録廃棄 最高裁、調査対象59件の全リスト公表 兵庫県内は5件”. 神戸新聞. (2022年12月13日) 2022年12月13日閲覧。
- ^ 『産経新聞』2004年9月23日大阪朝刊総合一面「福岡の少年遺棄 「4人殺し捨てた」 逮捕の女供述 不明の母、兄らか」(産経新聞大阪本社) - 大牟田4人殺害事件の関連記事。