酒井忠晄
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酒井 忠晄(さかい ただあきら、1887年(明治20年)8月28日 - 1923年(大正12年)1月18日)は、日本の華族。従五位・子爵、旧出羽松山藩(松嶺藩)主酒井家第9代当主。
1887年(明治20年)8月28日、旧出羽松山藩主・酒井忠匡の長男として生まれる。1911年(明治44年)4月30日、父・忠匡が死去する。同年5月16日、爵位を襲爵し子爵となる。1923年(大正12年)1月18日 - 死去、享年35。 谷中霊園の天王寺墓地に葬られる。
家族・親族
[編集]- 父:酒井忠匡 - 出羽松山藩(松嶺藩)第8代当主
- 妻:酒井卷子 - 滋賀県士族・樹下宣之助の長女
- 長男:酒井忠康 - 旧松山藩第10代当主
- 長女:酒井慎子 - 酒井忠明(旧庄内藩主家第17代当主) 夫人
参考資料
[編集]- 『庄内人名辞典』 編纂・出版:庄内人名辞典刊行会
日本の爵位 | ||
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先代 酒井忠匡 |
子爵 (松山)酒井家第2代 1911年 - 1923年 |
次代 酒井忠康 |