酒井喜四
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酒井 喜四(さかい きし[1]、1901年4月25日[2] - 1974年7月1日[1])は、日本の官僚・実業家。
帝国石油総裁・社長を務めた。
来歴
[編集]北海道札幌市出身[1]。1924年に東京帝国大学法学部を卒業し、農商務省に入省[2]。商工事務官、商工省鉱山局燃料課長、燃料局第一部油政課長兼資源課長兼商工書記官、燃料局石油部長、札幌鉱山局長などを歴任[1][2]。商工事務官時代に旧石油業法の起案に携わり、1934年の同法の成立に尽力した[3]。1941年10月鉄鋼局長[1][2]、1943年鉄鋼統制販売株式会社社長[1]。戦後も商工省燃料局長を務めたが、1947年に退官[1]。同年の第23回衆議院議員総選挙において北海道1区から立候補したが落選した[4]。1948年に帝国石油総裁となり、1950年の民営化後も引き続き1952年まで社長を務めた[1]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h 『東京新聞』、1974年7月2日付33面
- ^ a b c d 『大衆人事録 第14版 東京篇』、「酒井喜四」の項
- ^ 『産業政策史回想録 第5巻』、19頁
- ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』162頁。
参考文献
[編集]- 『大衆人事録 第14版 東京篇』帝国秘密探偵社、1942年
- 産業政策史研究所 編『産業政策史回想録 第5巻』産業政策史研究所、1979年
- 『東京新聞』、1974年7月2日付
- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。