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違法収集証拠排除法則

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

違法収集証拠排除法則(いほうしゅうしゅうしょうこはいじょほうそく)とは、証拠の収集手続が違法であったとき、公判手続上の事実認定においてその証拠能力を否定する刑事訴訟上の法理である。略して排除法則とも呼ばれる。

概説

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供述証拠の場合、収集過程に違法性があれば、虚偽の供述が疑われるなど、証明力に影響を及ぼす可能性がある[1]

一方、非供述証拠の場合には押収手続に違法性があっても、その押収物の証明力自体に影響を及ぼすとは考えにくい[1]。このような非供述証拠の証拠能力を否定することは、実体的真実主義に反するとも考えられ、コモン・ローなどでは、その証拠能力は否定されなかった[1]。しかし、19世紀後半にアメリカ合衆国で違法な押収物の排除法則が確立された[2]

排除法則の根拠としては、これまで主として規範説・司法の廉潔性説・抑止効説の3つの説が唱えられてきた。

規範説
違法収集証拠の利用は、法の適正手続に反する。
司法の廉潔性説
違法収集証拠の裁判手続での利用は、司法に対する国民の信頼を裏切るものである。
抑止効説
将来の違法捜査の抑止のためには、違法収集証拠を排除することが、最善の方法であるとするものである。

今日では、抑止効説を主流としながら、これら3つの説が総合的に排除法則の根拠をなしていると考えられている。

米国における排除法則

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アメリカ合衆国では、もともとコモン・ローのもと収集手段に違法性の瑕疵があっても、原則として事件に関連性の認められる証拠であれば、採用を許容する証拠法則がとられていた[2]

しかし、1886年のボイド対合衆国事件(en: Boyd v. United States)で、アメリカ合衆国憲法修正第4条(不合理な捜索、逮捕、押収の禁止)に違反して、不法に押収された証拠を採用することは、アメリカ合衆国憲法に違反すると判断された(合衆国最高裁判所判決では、修正第4条と不可分の関係で修正第5条も引用された)[3]

また、1914年のウィークス対合衆国事件(en: Weeks v. United States)では、不当に押収された物を証拠として採用することを認めれば、憲法修正第4条が無意味になるとして、証拠から排除した[3]。これらの判例は、連邦刑事規則第41条において明文で規定されることとなった[3]

日本における排除法則

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供述証拠に関しては強制等による自白の証拠能力を否定する規定(日本国憲法第38条2項 、刑事訴訟法319条1項)がある。これに対して違法に収集された非供述証拠の証拠能力に関する明文規定はなく、排除法則は判例によって採用されたものである。なお、上記の憲法38条2項及び刑事訴訟法319条1項を排除法則の特別規定とする見解も主張されている。

根拠規定

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非供述証拠の排除法則は、前述したように明文規定はないものの、憲法31条・35条や刑事訴訟法218条1項 の趣旨に由来するものであるといえる。

  • 憲法31条は適正手続の保障を定めている。これは同時に、人身の自由についての基本原則とされ、公権力を手続的に拘束し、人権を手続的に保障することを目的とした条文であるとされている。
  • 憲法35条は令状主義をその趣旨とし、裁判官による令状がなければ、住居、書類および所持品について侵入、捜索および押収を受けることはない旨を保障している。

すなわち、言い換えるならば、排除法則は日本国憲法の定める適正手続と令状主義の要請といえる。

このうち、憲法31条を根拠とするのが田宮説、33条・35条を根拠とするのが渥美説である。

適用基準

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違法収集証拠の排除の基準には絶対的排除説と相対的排除説の二つの考えがある。

絶対的排除説
絶対的排除説は、証拠収集手続の違法の有無を証拠能力否定の基準とするものである。この説は、排除法則の根拠に関する規範説に親しむ基準といえる。
これに対しては、些細な違法があったにすぎない場合にも一律に証拠能力を否定することは、真実発見を困難にし、現実的でないとする批判や、裁判所が証拠収集の違法認定に対して慎重になりやすくなるとの批判などがある。
相対的排除説
相対的排除説は、証拠収集手続に憲法違反があった場合は絶対的に証拠を排除するが、それ以外の場合には司法の廉潔性や将来の違法捜査の抑止の観点から、諸般の事情を利益衡量して排除を決定すべき、とする。すなわち、手続違反の程度・捜査官の有意性・証拠の重要性・手続違反と証拠の因果関係・事件の重大性などを総合的に考慮した上で、証拠能力を判断すべきであるとしている。
これに対しては、事件の重大性や証拠の重大性を考慮すれば、処罰の必要を重視することになり、証拠が排除されないことになるとの批判や、柔軟な排除基準を採ることは、かえって司法に対する国民の信頼を損なうとする批判などがある。
しかし、排除法則の根拠も総合的に考慮すべきであるから、その基準も利益衡量とならざるをえない点、および裁判所による捜査手続の違法認定は、仮に証拠の排除がなされなかったとしても、判例による捜査法の形成という一定の効果をもたらしうるので、違法宣言の出しやすい基準が望ましい点などから相対的排除基準がより妥当と考えられる。

最高裁判例が示した基準は「令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定される」というものであり、相対排除説の立場をとっているといえる。

判例

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排除法則が日本の最高裁判例で採用されたのは、昭和53年(1978年)9月7日のことである。それまでの判例は、押収物は押収手続が違法であったとしても物自体の性質、形状に変異を来すはずがないから、その形状等に関する証拠たる価値に変わりはないというものであった[4]

しかし、学説上は、アメリカ法の影響を受け、少なくとも収集手続に重大な違法がある証拠の証拠能力は否定すべきとする見解が有力になっていた。また最高裁昭和36年6月7日大法廷判決[5]では、15人中6名の裁判官が反対意見として、理論的に違法収集証拠排除法則を認めた。下級審においても、違法収集証拠排除法則を肯定する裁判例が増えてきていた。

最高裁判所判例
事件名 覚せい剤取締法違反、有印公文書偽造、同行使、道路交通法違反
事件番号 昭和51(あ)865
昭和53年9月7日
判例集 刑集第32巻6号1672頁
裁判要旨

一 (略)
二 (略)
三 証拠物の押収等の手続に憲法三五条及びこれを受けた刑訴法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるべきである。

四 職務質問の要件が存在し、かつ、所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況のもとで、必ずしも諾否の態度が明白ではなかつた者に対し、令状主義に関する諸規定を潜脱する意図なく、また、他に強制等を加えることなく行われた本件所持品検査(判文参照)において、警察官が所持品検査として許容される限度をわずかに超え、その者の承諾なくその上衣左側内ポケツトに手を差し入れて取り出し押収した点に違法があるに過ぎない本件証拠物の証拠能力は、これを肯定すべきである。
最高裁判所第一小法廷
裁判長 岸上康夫
陪席裁判官 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 岸盛一
意見
参照法条
 憲法31条,憲法35条,警察官職務執行法2条1項,刑訴法1条,刑訴法218条1項
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このような状況の下、最高裁は昭和53年9月7日第一小法廷判決において、初めて排除法則を理論的に認めた。同事案においては具体的な事情に照らし証拠排除までは認められなかったが、最高裁平成15年2月14日第二小法廷判決[6]においては、排除法則を適用した初めての証拠排除が行われた。

議論

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排除法則は強制処分の事後審査において重要な機能を果たしていると評される。しかしながら、現実には前掲昭和53年最判の理論に従えば、その機能を果たすことは難しいとされる。すなわち、同最判が定立した基準に照らせば、排除法則が機能するのは違法な手続が捜査官によって繰り返されるという異常な事態に限定されてしまい、通常の場面では排除法則は機能しないことになるのである[7]

脚注

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  1. ^ a b c 熊谷弘・浦辺衛・佐々木史朗・松尾浩也編 『証拠法大系I証明』1970年、p.193
  2. ^ a b 熊谷弘・浦辺衛・佐々木史朗・松尾浩也編 『証拠法大系I証明』1970年、p.194
  3. ^ a b c 熊谷弘・浦辺衛・佐々木史朗・松尾浩也編 『証拠法大系I証明』1970年、p.195
  4. ^  最高裁判所第三小法廷判決 昭和24年12月13日 集刑第15号349頁、昭和24(れ)2366、『強盗未遂、銃砲等所持禁止令』「違法な押收手續により押收された物件の證據能力」、“たとえ押收手續に所論の様な違法があつたとしても押收物件につき公判迄において適法の證據調が爲されてある以上(此のことは記録によつて明である)これによつて事實の認定をした原審の措置を違法とすることは出來ない、押收物は押收手續が違法であつても物其自体の性質、形状に變異を來す筈がないから其形状等に關する證據たる價値に變りはない、其故裁判所の自由心證によつて、これを罪證に供すると否とは其專權に屬する。”。
  5. ^ 最高裁判所大法廷判決 昭和36年6月7日 刑集第15巻6号915頁、昭和31(あ)2863、『麻薬取締法違反』「 一 被疑者の緊急逮捕に着手する以前その不在中になされた捜索差押は適法か
    二 右捜索差押調書および捜索差押にかかる麻薬に対する鑑定書の証拠能力」、“一 司法警察官の職務を行う麻薬取締官が麻薬不法譲渡罪の被疑者を緊急逮捕すべくその自宅に赴いたところ、被疑者が他出中であつたが、帰宅次第逮捕する態勢をもつて同人宅の捜索を開始し、麻薬を押収し、捜索の殆んどを終る頃帰宅した同人を適法に緊急逮捕した本件の場合の如く、(判文参照)、捜索差押が緊急逮捕に先行したとはいえ、時間的にはこれに接着し、場所的にも逮捕の現場でなされたものであるときは、その捜索差押を違憲違法とすべき理由はない。
    二 右麻薬取締官作成の右捜索差押調書および捜索差押にかかる右麻薬に対する鑑定書につき、被告人および弁護人が第一審公判廷において、これを証拠とすることに同意し、意義なく適法な証拠調を経たときは、右各書面は、捜索差押手続の違法であつたかどうかにかかわらず証拠能力を有する。”。
  6. ^ 最高裁判所第二小法廷判決 平成15年2月14日 刑集第57巻2号121頁、平成13(あ)1678、『 覚せい剤取締法違反,窃盗被告事件』「1 逮捕当日に採取された被疑者の尿に関する鑑定書の証拠能力が逮捕手続に重大な違法があるとして否定された事例
    2 捜索差押許可状の発付に当たり疎明資料とされた被疑者の尿に関する鑑定書が違法収集証拠として証拠能力を否定される場合において同許可状に基づく捜索により発見押収された覚せい剤等の証拠能力が肯定された事例」、“1 被疑者の逮捕手続には,逮捕状の呈示がなく,逮捕状の緊急執行もされていない違法があり,これを糊塗するため,警察官が逮捕状に虚偽事項を記入し,公判廷において事実と反する証言をするなどの経緯全体に表れた警察官の態度(判文参照)を総合的に考慮すれば,本件逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を没却するような重大なものであり,本件逮捕の当日に採取された被疑者の尿に関する鑑定書の証拠能力は否定される。
    2 捜索差押許可状の発付に当たり疎明資料とされた被疑者の尿に関する鑑定書が違法収集証拠として証拠能力を否定される場合であっても,同許可状に基づく捜索により発見され,差し押さえられた覚せい剤及びこれに関する鑑定書は,その覚せい剤が司法審査を経て発付された令状に基づいて押収されたものであり,同許可状の執行が別件の捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど判示の事情の下では,証拠能力を否定されない。”。
  7. ^ 内田博文 2016, p. 112.

参考文献

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  • 田口守一 『刑事訴訟法[第四版補正版]』 弘文堂、2006年。
  • 渥美東洋 『刑事訴訟法〔新版補訂〕』 有斐閣、2001年。
  • 井上正仁編 『別冊ジュリスト刑事訴訟法判例百選[第八版]』 有斐閣、2005年。
  • 内田博文 著、川崎英明・古賀康紀・小坂井久・田淵浩二・船木誠一郎 編『「強制処分」概念の再構成について(刑事弁護の原理と実践【美奈川成章先生・上田國廣先生古稀祝賀記念論文集】)』現代人文社、2016年、101-118頁。ISBN 9784877986599 

関連項目

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