豊田元良
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豊田 元良(とよだ もとよし、1850年(嘉永3年)[1] - 1915年(大正4年)5月17日[1])は、日本の政治家。香川県丸亀市初代市長。香川県会議員。旧姓は高畑[1]。名は元良[1]。号は柳南又萍舟[1]。
経歴・人物
[編集]讃岐・丸亀の高畑家に生まれ、後琴平の豊田家を嗣ぐ[1]。尾池松湾に学んで詩書を得意とした[1]。大いに吏才があり、始め戸長、県会議員となり、次いで仲多度郡長、三豊郡長を歴任し、最後に市制実施第1期の丸亀市長となったが、まもなく辞めて公共事業に尽力した[1]。
世間の人たちは豊田のことを否定的に「大言壮語の卸問屋」、「絶大突飛の空想家」とみなしていた[2]。細心綿密の人ではなかった[2]。
官歴
[編集]- 1877年(明治10年)1月9日 - 愛媛県第六大区四小区小区長
- 5月18日 - 愛媛県第六大区五小区小区長
- 1881年(明治14年)9月20日 - 任 愛媛県三豊郡長
- 1883年(明治16年)11月11日 - 兼任 愛媛県仲多度郡長
- 1884年(明治17年)3月10日 - 免兼官
- 1885年(明治18年)3月5日 - 任 愛媛県仲多度郡長
- 1886年(明治19年)8月25日 - 任 愛媛県仲多度郡長、叙奏任官六等、賜中級俸
- 1890年(明治23年)11月30日 - 任 愛媛県三豊郡長、叙奏任官六等
- 12月16日 - 昇叙奏任官五等
- 1891年(明治24年)8月16日 - 官等廃止
- 11月4日 - 非職
- 1892年(明治25年)1月9日 - 任 阿野鵜足郡長
- 11月20日 - 叙高等官八等
- 1894年(明治27年)2月6日 - 昇叙高等官七等
- 1899年(明治32年)8月 - 任 香川県丸亀市長
- 1904年(明治37年)1月 - 免 香川県丸亀市長
栄典
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 浅岡留吉『現代讃岐人物評論 一名・讃岐紳士の半面』宮脇開益堂、1904年。
- 梶原竹軒監修『讃岐人名辞書』高松製版印刷所、1933年。