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警察の暴力

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
警察による暴力から転送)

警察の暴力(けいさつのぼうりょく、: police brutality)、または警察による残虐行為とは、警察官が一般市民に対して不当または過剰な力を行使し、市民権を侵害する行為である。

これには、身体的な傷害嫌がらせ、身体的または精神的な加害や暴言物的損害、および殺害等が挙げられる[1]警察官は、警察権の発動による実力行使行政により許可されているが、本来は過度な暴力に傾かぬ用に警察比例の原則があり、それが法文化されている国も多い。しかし、警察による暴力は、全体主義的な国を始め、民主主義国家でも広く横行している[2]

発生の構造

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ロンドンで警察官に地面に押しつけられ、死亡したイアン・トムリンソン英語版(2009年)
郵便局占拠に対する強制排除事の警察による暴力に抗議するデモ(バンクーバー、カナダ、1938年)

警察官の暴力行為の原因として、トラウマなどの警察官個人の精神病質が指摘されることがある[3]。しかし、このような「腐ったリンゴ理論」[注 1]は、警察組織の構造にある根本的な問題を無視した、スケープゴートであるという指摘もある。王立カナダ騎馬警察によるレポートによると、「腐ったリンゴ理論」は警察組織や管理職の警官が、根本的な組織的問題を是正せず、個々の警察官の資質の問題にすり替える、単純化された言い訳だと指摘する[4]

同レポートでは、警察組織の構造的な問題として、以下を指摘した。

  • 警察の組織内に警察風土、警察職業文化に従う同調圧力が存在すること。
  • 警察内の不祥事汚職を、見て見ぬ振りをする警察風土(Blue Code of Silence英語版)により、違法行為を行う警察官とそれを支持する犯罪者母体が継続的に存在すること。
  • 上司からの命令が絶対であるなど、強固な権威主義的な縦社会であること(より強固な権威主義である組織ほど、個人による倫理的な決断ができないという研究もある)。
  • 警察組織内に内部調査などの自浄機能が欠如していること。

ニューヨーク大学教授、ジェローム・スコルニック英語版によると、警察で働く人の中には、徐々に社会に対して権力的な感覚を持ち、自身は法の上に立っている、という認識を持つ場合があるという[5]。この様な警察官の職業的人格形成は、個人の資質でなく、組織の職業文化に依存する事も指摘されている[6]。日本においても警察の職業文化は確認され、法執行経験や治安維持経験が、警察官の権威主義的パーソナリティを強固にしていると報告された[6]

世界的な発生事例

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シドニー大学で活動家に対して違法な極技を使用するオーストラリア警察

例えばアメリカ合衆国内では、殺傷能力のある武器の使用は重要かつ論争を呼ぶ問題となっている[7]ワシントンポスト紙は2019年に1,004人が警察によって射殺されたと発表している一方、"Mapping Police Violence"では同年に1,098人が殺害されたと報告している[8][9]

人種プロファイリングによる警察の暴力

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警察官が、特定の人種の人に対して過度な疑惑を抱くこと(レイシャル・プロファイリング)で、人種的マイノリティは警察の暴力の対象となりやすい[10][11]

アメリカ合衆国

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ガーディアン紙のデータベースによると、2016年の100万人当たりの警察による射殺人数はネイティブ・アメリカンの場合10.13人、黒人の場合6.6人、ヒスパニック系の場合3.23人、白人の場合2.9人、アジア系の場合1.17人となっている[12]。総数で見れば、警察は他の人種や民族よりも白人を多く殺害しているものの、白人がアメリカ合衆国内の人口の多数を占めているという観点から考える必要がある[13]。アメリカ合衆国内の人口の割合に照らし合わせると、2015年のデータではアフリカ系アメリカ人は白人より2.5倍も射殺され易いと計算されている[13]

人種的プロファイリング以外を含めた米国での警官による殺害事件の一覧についてはen:Lists of killings by law enforcement officers in the United Statesを参照。

日本

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日本においても、外国人犯罪の深刻度を警察庁の広報が強調する傾向にある[18]

2020年5月には、渋谷区在日クルド人男性が警察官に押さえつけられる様子が動画に撮影され、後日、渋谷警察署前で警察官の行動に根拠がないとしてデモが行われた[19]。他方、一般社団法人日本クルド文化協会は、今回の騒動の発端になったクルド人の行為は日本の法律・慣習に照らし合わせて擁護する余地はなく、渋谷での抗議デモには正当な理由がなく、「デモはかえって在日クルド人への偏見を助長した」と批判した[20][21][22]

2015年には、警官OBが自身の経験を売りにしてひきこもり当事者を自立させると称して、不法に拉致監禁する事例が発生した。引き出し屋#赤座警部の全国自立就職センター案件を参照せよ。

集会参加者に対する警察の暴力

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集会の自由の原則がある国においても、デモやストライキなどの政治集会に対して、警察が治安維持の名目で武力を行使する事例が見られる。

2012年には、南アフリカのマリカナ鉱山で労使交渉を目的とした労働者と警察隊の間で武力衝突がおき、47人が死亡した(マリカナ鉱山における労使対立)。警察隊の労働者への発砲は、現地メディアでは大量虐殺 (: massacre)と表現された[23][24]

2013年のトルコ反政府運動において、強権主義的な政府に対する反対運動に対して、政権側が警察を導入してデモの鎮圧化を謀った。最終的に、2人の死者、数千人の負傷者と多くの逮捕者を出した[25]

2019年-2020年香港民主化デモは、逃亡犯条例改正案に反対するデモとして始まり、最大約200万人の参加者(主催者発表)とする巨大なデモと発展した。デモ参加者と警察隊の衝突は過激化し、警察は実弾発砲を含む武力行使で対応し、多くの死傷者と逮捕者が出ている。ゴム弾を用いて意図的にデモ参加者の頭部を狙うなど[26][27][28]、多くの警察による暴力が報告された。また、デモ参加者に対するレイプを含む性暴力、失踪事件、建物からの落下による死亡などについて、警察の関連が疑われている[29][30][31][32][33][34]

警官による性暴力

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韓国で、1986年6月に警察によってソウル大女子学生が性拷問された富川警察署性拷問事件が発生した。

日本では神奈川県警の警察が、交通違反の女性に覚醒剤を提供し、それをネタに「逮捕する」と取調室に何度も呼び出し、3年間に10回以上の強姦を繰り返した、と1999年に女性が訴えた。後に、原告側が取り下げた[35]。参考:神奈川県警察の不祥事

その他の事例

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脚注

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注釈

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  1. ^ 腐ったリンゴ理論とは、組織における不祥事は個人の資質の問題だとし、その個人(腐ったリンゴ)を捨てれば解決するという考え方で、警察の暴力の擁護に頻繁に使われる。

出典

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  1. ^ Emesowum, Benedict (2016-12-05). “Identifying Cities or Countries at Risk for Police Violence”. Journal of African American Studies 21 (2): 269-281. doi:10.1007/s12111-016-9335-3. ISSN 1559-1646. 
  2. ^ Amnesty International Report 2007”. Amnesty International (2007年). 2007年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月1日閲覧。
  3. ^ Scrivner, "The Role of Police Psychology in Controlling Excessive Force" 1994: 3-6
  4. ^ Loree, Don (2006年). “Corruption in Policing: Causes and Consequences; A Review of the Literature”. Research and Evaluation Community, Contract and Aboriginal Policing Services Directorate. Royal Canadian Mounted Police. 2007年9月1日閲覧。
  5. ^ Skolnick, Jerome H.; Fyfe, James D. (1995). “Community-Oriented Policing Would Prevent Police Brutality”. In Winters, Paul A.. Policing the Police. San Diego: Greenhaven Press. pp. 45-55. ISBN 978-1-56510-262-0 
  6. ^ a b 吉田如子「日本における警察官職業文化 : 調査票調査によって」『法社会学』第72号、日本法社会学会、2010年、250-283頁、doi:10.11387/jsl.2010.72_250 
  7. ^ Fyfe, James J. (June 1988). “Police use of deadly force: Research and reform”. Justice Quarterly 5 (2): 165–205. doi:10.1080/07418828800089691. 
  8. ^ Sinyangwe, Samuel (2020年6月1日). “Police Are Killing Fewer People In Big Cities, But More In Suburban And Rural America”. FiveThirtyEight. 2020年6月8日閲覧。
  9. ^ Fatal Force: 2019 police shootings database”. The Washington Post. 2020年6月8日閲覧。
  10. ^ “Why do US police keep killing black men?” (英語). BBC News. (2015年5月26日). https://www.bbc.com/news/world-us-canada-32740523 2018年10月23日閲覧。 
  11. ^ Powers, Mary D. (1995). “Civilian Oversight Is Necessary to Prevent Police Brutality”. In Winters, Paul A.. Policing the Police. San Diego: Greenhaven Press. pp. 56-60. ISBN 978-1-56510-262-0 
  12. ^ “The Counted: people killed by the police in the US”. The Guardian. https://www.theguardian.com/us-news/ng-interactive/2015/jun/01/the-counted-police-killings-us-database October 21, 2016閲覧。 
  13. ^ a b Do Police Kill More White People Than Black People?”. Snopes (September 22, 2016). 2021年6月3日閲覧。 “As The Post noted in a new analysis, that means black Americans are 2.5 times as likely as white Americans to be shot and killed by police officers.”
  14. ^ Luibrand, Shannon (August 7, 2015). “Black Lives Matter: How the events in Ferguson sparked a movement in America”. CBS News. 2020年6月3日閲覧。
  15. ^ 米黒人男性の死は「殺人」と、正式な検視結果で 死因は「首の圧迫による心停止」」『BBCニュース』2020年6月2日。2020年6月3日閲覧。
  16. ^ アメリカ各地で抗議6日目、暴力も続く 警官による黒人男性死亡で」『BBCニュース』2020年6月1日。2020年6月3日閲覧。
  17. ^ 米メンフィス、黒人男性暴行死の映像公開”. AFP (2023年1月28日). 2023年2月10日閲覧。
  18. ^ 中島真一郎 (2005). 日本における外国人犯罪の実像 (Report).
  19. ^ “「警官に押さえ込まれけが」 渋谷署前で200人が抗議デモ クルド人訴えに共鳴”. 毎日新聞. (2020年5月30日). https://mainichi.jp/articles/20200530/k00/00m/040/179000c 2020年6月1日閲覧。 
  20. ^ 一般社団法人日本クルド文化協会6月13日Facebook公式アカウント
  21. ^ 在日クルド人ヘイトクライム抗議デモに在日クルド協会が関与否定の異例声明…「偏見助長」ビジネスジャーナル2020.06.15 18:20
  22. ^ 警察への抗議デモは「偏見を助長した」 在日クルド人団体「苦言」の背景ヤフーニュース、J-CASTニュース6/15(月) 20:34配信
  23. ^ Richard Stupart (16 August 2012). “The Night Before Lonmin's Explanation”. African Scene. 20 August 2012時点のオリジナルよりアーカイブ。17 August 2012閲覧。
  24. ^ Monde Maoto and Natsha Marrian (17 August 2012). “BDlive”. BDlive. 17 August 2012閲覧。
  25. ^ “トルコ反政府デモ5夜連続、政府の陳謝でも鎮静化せず”. AFPBB News (フランス通信社). (2013年6月5日). https://www.afpbb.com/articles/-/2947932?pid=10852205 2020年6月1日閲覧。 
  26. ^ Hong Kong police declare China extradition protest 'a riot' as rubber bullets and tear gas fired at crowd”. CNN. 12 June 2019閲覧。
  27. ^ “Hong Kong police fire rubber bullets as extradition bill protests turn to chaos”. Reuters. https://www.reuters.com/article/us-hongkong-extradition/hong-kong-police-fire-rubber-bullets-as-protests-turn-to-violent-chaos-idUSKCN1TC1WR 12 June 2019閲覧。 
  28. ^ Hong Kong extradition: Police fire rubber bullets at protesters”. 12 June 2019閲覧。
  29. ^ 郭文貴爆驚人事實:美國議員、政界人士看到陳彥霖的照片哭了”. www.cmmedia.com.tw. 2019年11月12日閲覧。
  30. ^ 科大生周梓樂留院第5日 今晨8時不治”. Apple Daily 蘋果日報. 2019年11月12日閲覧。
  31. ^ 香港警察已成人類文明的惡夢 | 甄拔濤 | 立場新聞” (英語). 立場新聞 Stand News. 2019年11月12日閲覧。
  32. ^ 港網憤傳少女遭港警輪姦墮胎 警方啟動調查” (中国語). RFI - 法國國際廣播電台 (2019年11月9日). 2019年11月12日閲覧。
  33. ^ 正在香港採訪的德國記者在美國社群媒體發文:香港警察比IS更可怕” (中国語). RFI - 法國國際廣播電台 (2019年11月11日). 2019年11月12日閲覧。
  34. ^ Police Misconduct in 2019 Hong Kong Democratic Movement” (英語). 2019 Hong Kong Democratic Movement (2019年11月14日). 2019年11月14日閲覧。
  35. ^ http://www.web-pbi.com/contrast2/acrap01.htm

関連項目

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