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訴訟終了宣言

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

訴訟終了宣言(そしょうしゅうりょうせんげん)とは、ある訴訟が終了しているか否かについて争いが生じた場合において、訴訟がすでに終了していると裁判所が判断したときに行う宣言。民事裁判刑事裁判のいずれにおいても行われることがあるが、条文上の根拠はなく、裁判実務における運用として定着したものである。

民事裁判

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民事裁判において、訴えの取下げ民事訴訟法第262条)、請求の放棄・認諾、裁判上の和解(同法第267条)等があった場合には訴訟は終了するが、これらの訴訟の終了原因が錯誤詐欺によって生じたものであると一方当事者が主張するなどして、これらの原因の効力の有無に争いが生じる場合がある。こうした場合、効力を争う側は、期日指定の申立て(同法第93条第1項)を行い、訴訟の終了原因がないことを争うことができるとされる[1]。このような申立てを受けた裁判所は、必ず口頭弁論を開いて審理を行い、訴訟の終了原因がないと判断したならば審理を続行し、訴訟の終了原因があると判断したならば訴訟終了宣言を行うこととする判例法理が定着している[2][3][4]

また、訴訟の係属中に当事者が死亡して訴訟を受け継ぐ者(民事訴訟法第124条)がおらず、訴訟手続を終了する必要がある場合や、裁判の脱漏(同法第258条)があるとして追加の判決を申し立てられた場合に、裁判所がその申立に理由はない(つまり、裁判に脱漏はない)と判断した場合にも行われることがある[5]

上訴の取扱い

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民事裁判においては、訴訟終了宣言は判決によってなされることが通例である。よって、これに対して不服がある場合には上訴することが可能である[6]

この場合、上訴審裁判所において、原審の行った訴訟終了宣言が妥当と判断されれば上訴は棄却されるのに対し、原審の行った訴訟終了宣言が妥当でないと判断された場合には、訴訟終了宣言判決は訴訟判決の一種と考えられていることから、同法第307条が類推適用され、原則として原審に差し戻されるが(同条本文)、事件につき更に弁論をする必要がないときに限り自判が可能と解されている(同条ただし書)[7]

当該自判を行うに際しては、上訴したのが当事者の片方だけであった場合、何が当事者にとっての不利益かが一義的に明らかではないため、不利益変更禁止の原則(同法第304条)との関係が問題となることがある。判例[8]においては、訴訟上の和解の有効性が争われた事案において、第一審が当該和解を有効として訴訟終了宣言判決を行い、これに被告のみが控訴した場合、控訴審裁判所が第一審判決を取り消した上で原告の請求を一部認容する内容の自判をすることは、当該和解の内容に関わらず形式的に被告にとって不利益と言えるので、不利益変更禁止の原則の抵触すると判断している[7]

訴訟終了宣言判決の例

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主 文
本件訴訟は、昭和三九年二月一四日上告人の死亡によつて終了した。(主文以下略)
理 由
…職権をもつて調査するに、上告人は、昭和三八年一一月二〇日本件上告の申立をしたが、昭和三九年二月一四日死亡するにいたつたこと、記録上明らかである。
…おもうに、生活保護法の規定に基づき要保護者または被保護者が国から生活保護を受けるのは、単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的利益ではなく、法的権利であつて、保護受給権とも称すべきものと解すべきである。しかし、この権利は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であつて、他にこれを譲渡し得ないし(五九条参照)、相続の対象ともなり得ないというべきである。
…されば、本件訴訟は、上告人の死亡と同時に終了し、同人の相続人D、同Eの両名においてこれを承継し得る余地はないもの、といわなければならない。
…よつて、民訴法九五条、八九条に従い、裁判官奥野健一の補足意見および裁判官草鹿浅之介、同田中二郎、同松田二郎、同岩田誠の反対意見があるほか、全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。 — 最高裁判所大法廷昭和42年5月24日判決(一部抜粋)
主 文
原判決を破棄する。
本件訴訟は、平成四年九月九日に上告人が請求を放棄したことにより終了した。
理 由
…しかしながら、離婚請求訴訟について請求の放棄を許さない旨の法令の規定がない上、婚姻を維持する方向での当事者による権利の処分を禁じるべき格別の必要性もないから、離婚請求訴訟において、請求を放棄することは許されると解すべきである。
…そうすると、これと異なる見解に立って上告人のした請求の放棄によっても本件離婚請求訴訟は終了しないものとした…原判決は破棄を免れない。
よって、本件訴訟が平成四年九月九日に上告人が請求を放棄したことにより終了したことを宣言することとし、民訴法四〇八条に基づき、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。 — 最高裁判所第一小法廷平成6年2月10日判決(一部抜粋)
主 文
1 本件訴訟は,当裁判所が同訴訟につき平成27年7月15日に言い渡し、同年8月5日の経過により確定した判決により終了した。(主文以下略)
理 由
…この点につき、控訴人は、本件判決には裁判の脱漏があるから、本件訴えに係る請求は当審に係属する旨主張するものの,前記認定事実によれば、本件判決は、本件訴えを全て却下した原判決が相当であるとして控訴を棄却するものであるから、本件判決に裁判の脱漏があると認められないことは明らかである。
…よって,本件申立ては理由がなく,本件訴訟は本件判決の確定により終了したから、主文のとおり判決する。 — 知的財産高等裁判所平成29年5月17日判決(一部抜粋)

刑事裁判

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刑事裁判では、上訴の取下げの効力を被告人が争った場合に行われることがある。被告人は、上訴を行っても任意に取下げることができるが(刑事訴訟法第359条)、その場合には取下げにより事件は直ちに終了し、上訴する前の判決が確定する[10]

しかし、上訴の取下げは判決の確定という取り返しのつかない効果を生じることから、特に取下げによって死刑判決が確定した事件を中心に、被告人は取下げの意味を理解していなかった[11]、取下げ当時被告人には訴訟能力がなかった[12]、取下げは精神病の影響によるものである[13][14]等、上訴の取下げは無効であるから公判を再開すべきとの主張を、被告人やその弁護人が行う場合がある。このような上訴の取下げの効力を争うための制度は、刑事訴訟法上に規定がない。しかし、現実に取下げの効力に争いが生じている以上、これを無視するのは妥当ではないため、こうした主張を受けた裁判所は取下げの効力について判断を行い、取下げが無効と判断したのであれば上訴審の審理を再開し、取下げが有効と判断したのであれば訴訟終了宣言によって事件が終了したことを明らかにするといった運用が、裁判実務において定着している[15]

なお、刑事裁判においては、民事裁判と異なり、訴訟終了宣言は決定によって行われることが通例である[16]。また、通常、高等裁判所の決定に対しては抗告をすることはできないが(刑事訴訟法第482条第1項)、高等裁判所の行った訴訟終了宣言の決定は判例法理上「即時抗告をすることができる旨の規定がある決定」として取り扱われるため、3日以内にその高等裁判所に異議の申立をすることができる(同条第2項)[17]。これに対し、最高裁判所が行った訴訟終了宣言の決定については、不服を申立てることができない[18]

訴訟終了宣言決定の例

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主 文
Aに対する殺人及び窃盗被告事件は、昭和五一年一〇月五日被告人がした控訴取下の申立により、終了したものである。
理 由
…これを本件についてみるに、前述の、本件控訴取下の経緯に徴すると、被告人は、控訴取下の申立の結果原審の死刑判決が確定し、その後これを動かす手段が全くないことになる旨を熟知した上で右申立に及び、この決意はパラノイアとは直接関係がないものであると考えられる。そうすると、本件控訴取下の申立は、死への前記願望の点において、通常人の考え方からすると不自然なものではあるけれども、申立それ自体は訴訟能力に欠けるところのない精神状態すなわち、自己の防禦上の利害を理解し、これに従つて行動する能力を備えている状態で、真意を表明したものであると認めざるを得ないから、前記被告事件は、右申立によつて終了したことになる。 よつて、主文のとおり決定をする。 — 東京高等裁判所昭和51年12月16日決定(一部抜粋)
  • 藤沢市母娘ら5人殺害事件…死刑判決の重圧から逃れるため、早く死刑になりたいという動機をもって行われた控訴の取下げは、真意に出たものであるとして訴訟終了宣言決定を行った事例[19]
主 文
本件控訴は、平成三年四月二三日被告人がした控訴取下により終了したものである。
理 由
…以上のとおり、本件控訴取下当時の被告人の訴訟能力には、なんら欠けるところがないばかりでなく、その取下の行為は、死への願望に裏付けられている点で、やや特殊な動機というべきであるが、その置かれた状況に照らし真意にでたものと認められ、かつ、取下にこめられた被告人の意図に錯誤はないことが明らかであるから、本件控訴取下は有効である。
…以上の次第で、被告人が平成三年四月二三日付でした控訴取下有効であり、本件控訴は右取下により終了したものであるから、その趣旨を明らかにするため、主文のとおり決定する。 — 東京高等裁判所平成4年1月31日決定(一部抜粋)

脚注

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  1. ^ 司法協会 2013, p. 278.
  2. ^ 高橋 2014, pp. 284–285.
  3. ^ 大審院第二民事部明治43年3月30日決定”. 2023年6月8日閲覧。
  4. ^ 早稲田大学民事手続判例研究会, 繁田明奈「判例評釈〔民事手続判例研究〕訴訟上の和解における訴訟終了宣言判決と不利益変更禁止の原則 最一小判平成27年11月30日民集69巻7号2154頁」『早稻田法學』第92巻第4号、早稲田大学法学会、2017年7月、165-180頁、hdl:2065/00055365ISSN 0389-0546CRID 1050001202490994304 
  5. ^ 町村泰貴「和解による訴訟終了を宣言する判決の効力 : 東京地裁昭和63年1月27日判決を素材として」『商学討究』第41巻第1号、小樽商科大学、1990年7月、99-111頁、hdl:10252/1578ISSN 0474-8638CRID 1050282676651142912 
  6. ^ 岩瀬(1989), p. 186.
  7. ^ a b 渡邉和道「和解による訴訟終了宣言判決に対して被告のみが控訴した場合における不利益変更禁止の原則」『愛知学泉大学現代マネジメント学部紀要』第5巻第1号、愛知学泉大学現代マネジメント学部、2017年5月24日、67-73頁。 
  8. ^ 最高裁第一小法廷平成27年11月30日判決
  9. ^ 野山, p. 186.
  10. ^ 岩瀬(1989), p. 182.
  11. ^ 「最高裁において訴訟終了宣言がなされた事例(最高裁判所第一小法廷平成19年12月17日決定)」『判例タイムズ』第1260号、2008年4月1日、131-133頁。 
  12. ^ 福岡高等裁判所?平成13年9月10日決定”. 2023年6月8日閲覧。
  13. ^ 仙台高等裁判所令和3年10月4日決定
  14. ^ 東京高等裁判所昭和51年12月16日決定”. 2023年6月7日閲覧。
  15. ^ 岩瀬(1989), p. 183.
  16. ^ ただし、あくまで運用であることから、名古屋高等裁判所昭和38年10月31日判決のように、判決で行われた例もある。
  17. ^ 岩瀬(1989), p. 181.
  18. ^ 「最高裁判所がした訴訟終了宣言の決定に対する不服申立ての許否(最高裁判所第二小法廷平成27年2月24日決定)」『判例タイムズ』第1411号、2015年6月、75-76頁。 
  19. ^ ただし、本決定への異議申立てを棄却した決定に対する特別抗告審である?最高裁判所第二小法廷平成7年6月28日決定において、本件控訴の取下げは無効であると判断されている。

参考文献

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関連項目

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