観智院 (台東区)
表示
観智院 | |
---|---|
所在地 | 東京都台東区谷中5-2-4 |
位置 | 北緯35度43分26.3秒 東経139度46分5.8秒 / 北緯35.723972度 東経139.768278度座標: 北緯35度43分26.3秒 東経139度46分5.8秒 / 北緯35.723972度 東経139.768278度 |
山号 |
初音山(醫王山) 地名の谷中初音町から |
院号 |
観智院 圓照院(旧称) |
宗派 | 真言宗豊山派 |
本尊 | 大日如来 |
創建年 | 慶長16年(1611年) |
開山 | 照誉法印 |
中興年 | 17世紀末期 |
中興 | 宥朝法印 |
正式名 |
初音山東漸寺觀智院 醫王山東漸寺觀智院(旧称) |
札所等 | 御府内八十八ヶ所霊場63番札所、御府内二十一ヶ所霊場6番札所 |
公式サイト | 東京谷中 観智院 |
法人番号 | 7010505000198 |
観智院(かんちいん)は、東京都台東区にある真言宗豊山派の寺院。
歴史
[編集]1611年(慶長16年)、照誉法印によって開山された。元々は神田に位置していたが、1648年(慶安元年)に谷中へ、万治年間(1658年~1661年)に現在地に移転した[1][2]。
1680年(延宝8年)以降の第12世住職宥朝法印の代になり、当院は身分に囚われない多くの檀家を獲得し、寺運興隆の道を開いた。また当初の院号は「圓照院」であったが、「圓照」が「炎焦」に通じるということから、「観智院」に改称した。その甲斐あってか、元禄地震や関東大震災などの震災による大火の難を免れている。これらの功績により、当院は宥朝法印を「当山中興の祖」としている[2]。
このように、巧みに火災の難を逃れてきた当院であったが、1945年(昭和20年)の空襲では、大師堂や不動堂を除く建物が焼失してしまった。幸いにも本尊や寺宝は守り通すことができた[2]。
交通アクセス
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 東京市下谷区 編『下谷区史』東京市下谷区、1935年