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西大路隆修

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
にしおおじ たかのり

西大路 隆修
生誕 1834年9月13日
死没 (1895-12-18) 1895年12月18日(61歳没)
国籍 日本の旗 日本
配偶者 小森万寿子
子供 長女:玉山理子
次女:木下𤡩子
養子:西大路吉光
養子:西大路真光
養父:西大路隆意
父親:西大路隆枝
母親:池尻保子 
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西大路 隆修(にしおおじ たかのり、1834年9月13日天保5年8月11日) - 1895年明治28年)12月18日[1])は、日本の子爵西大路家の第20代当主。父は西大路隆枝。養父は西大路隆意

生涯

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右近衛権中将西大路隆枝とその妻で権大納言池尻暉房の娘・保子の長男として生まれる。1884年明治17年)より子爵となる。叔父である西大路隆意の養子となり、西大路家の家督を継いだ[2]

私生活では小森頼之の娘である小森万寿子と結婚し、2女を儲けた。養子に竹屋光昭の四男である西大路吉光を迎え、家督は吉光が継いだ[3]

1895年(明治28年)、死去。

系譜

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脚注

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  1. ^ 『平成新修華族家系大成』下巻(霞会館、1996年)p.306
  2. ^ 1979年『人事興信録 第2巻』
  3. ^ 『華族會館の百年』(1975年霞会館
日本の爵位
先代
-
子爵
西大路家初代
1884年 - 1895年
次代
西大路吉光