藤沢令夫
人物情報 | |
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生誕 |
1925年6月14日 日本 長野県 |
死没 |
2004年2月28日(78歳没) 日本 京都府京都市 |
出身校 | 京都大学 |
子供 | 藤澤三佳 |
学問 | |
研究分野 | 西洋古典学 |
研究機関 |
九州大学 京都大学 京都国立博物館 |
主要な作品 | 『藤澤令夫著作集』 |
影響を受けた人物 | 田中美知太郎、北村透谷 |
学会 | 日本西洋古典学会 (第5代委員長) |
藤沢 令夫(ふじさわ のりお、1925年6月14日 - 2004年2月28日)は、日本の哲学者・西洋古典学者。専攻はギリシア哲学。京都大学名誉教授。京都国立博物館館長を歴任。1993年紫綬褒章。1998年叙勲二等授瑞宝章。2004年没時叙正四位。
経歴
[編集]- 出生から修学期
1925年、母の実家のある長野県松本市で生まれた[1]。国鉄官僚の父の転任にともなって各地を転々とした。旧制広島第一中学校(現:広島県立広島国泰寺高等学校)に入学し、上級生だった頃に西洋絵画集を購入。ラファエロの大作『アテナイの学堂』のプラトンとアリストテレスの部分を切り取り、部屋に飾った。北村透谷の「ホメロス在りし時、プラトン在りし時、彼の北斗は今と同じき光芒を放てり」という美文とあいまって、第三高等学校 (旧制)の受験勉強の気休めにしていたのが、哲学への憧憬の始まりだったと回想している[2]。
1941年、第三高等学校に入学。ボート部の活動と読書に勤しんだ。京都大学文学部に入学したが、学徒動員に伴い中国大陸に出征。復員後の1947年に復学した。戦後の虚無感を抱える中で田中美知太郎やギリシア哲学に出会い、研究の道に進んだ。在学中に知り合った梅原猛と橋本峰雄とは同級生で、この頃より親交があった。1951年、京都大学文学部哲学科を卒業。
- 哲学研究者として
1958年、九州大学文学部助教授に就いた。1963年に京都大学文学部助教授に転じ、1969年に教授昇格。1989年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は京都国立博物館館長を務めた。
また学界では、1986年から1998年まで松平千秋の後任として第5代日本西洋古典学会委員長に就いていた。京都大学学術出版会「西洋古典叢書」の発足にも寄与し、没時まで編集委員を務めた。2004年に京都府京都市で死去。
受賞・栄典
[編集]研究内容・業績
[編集]専門は西洋古典学。主要な著作は『藤澤令夫著作集』(全7巻 )にまとめられている。
家族・親族
[編集]著作
[編集]- 著書
- 共編著
- 『哲学の歴史Ⅰ』(岩波講座 哲学 16) 服部英次郎共編 岩波書店 1968
- 『哲学のすすめ』梅原猛・橋本峰雄共著 筑摩書房(学問のすすめ) 1969
- 『哲学を学ぶ人のために』編、世界思想社 1972
- 『プラトン』(世界の思想家 1) 編、平凡社 1977
- 『知の発見:叡知』広中平祐共著、てらこや出版 1983
- 著作集
- 『藤澤令夫著作集』(全7巻)岩波書店 2000-2001
- 実在と価値
- イデアと世界
- 世界観と哲学の基本問題
- プラトン『パイドロス』註解
- ギリシア哲学と現代
- 「よく生きること」の哲学
- 自然・文明・学問
- 訳注
- 『プラトン著作集 第1巻 パイドロス<註解>』岩波書店 1957
- 『プラトン著作集 第2巻 ゴルギアス<註解>』岩波書店 1960
- 『オイディプス王』ソポクレス著、岩波文庫 1967
- 改版 2004年、ワイド版 2009年
- 『パイドロス』プラトン著、岩波文庫 1967
- 改版 2010年
- 『ギリシア哲学と宗教』コルネリア・ド・フォーゲル著、筑摩叢書 1969
- 復刊 1985年
- 『プラトン全集』岩波書店(全15巻) 田中美知太郎と監修 1974-1978
- 『ギリシア哲学 シャトレ哲学史・西洋哲学の知 1』監訳、白水社 1976
- 新版 1998年
- 『哲学者アリストテレス』ジョン・L.アクリル著、山口義久共訳、紀伊国屋書店 1985
- 『国家』プラトン著、岩波文庫 1979
- 改版 2008年、ワイド版 2002年
- 『プロタゴラス-ソフィストたち』プラトン著、岩波文庫 1988
- 『メノン』プラトン著、岩波文庫 1994
- 『ゴルギアス』プラトン著、中公クラシックス 2002
- 献呈論文集
『イリソスのほとり 藤澤令夫先生献呈論文集』内山勝利・中畑正志編、世界思想社 2005
藤澤令夫に関する資料
[編集]- 内山勝利「追悼・藤澤令夫先生」『西洋古典学研究』53, 2005年, 217-220頁 PDF
- 『長野県人名鑑』1974年
- 『人事興信録』1995年