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藤原 兼俊(ふじわら の かねとし、生年不詳 - 明徳元年/元中7年(1390年))は、南北朝時代の公家。藤原式家、従二位・藤原家倫の子。官位は正三位・式部少輔。藤原式家の最後の公卿。
式部少輔を経て、応安6年(1373年)従三位に叙せられ公卿に列す。永和4年(1378年)正三位に至る。明徳元年(1390年)薨去。兼俊の子孫は伝わらず、結果的に兼俊が藤原式家の氏人として最後の公卿となった。
『公卿補任』による。