篠原榮太
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(篠原栄太から転送)
しのはら えいた 篠原 榮太 | |
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仕事場にて | |
本名 | 篠原 榮太 |
別名義 | 篠原 栄太 |
生誕 |
1927年 日本・東京府 |
死没 |
2023年9月14日(96歳没) 日本・東京都 |
職業 |
グラフィックデザイナー ロゴタイプデザイナー タイポグラファー 書体デザイナー イラストレーター |
受賞 | 第7回橋田賞(1999年) |
公式サイト | 篠原榮太作品集 |
篠原 榮太(しのはら えいた、1927年〈昭和2年〉[1][2][3] - 2023年〈令和5年〉9月14日[4])は、日本のグラフィックデザイナー。
テレビ局専属のタイトルロゴデザイナーとして活動を開始し、やがてロゴタイプおよび書体デザインの第一人者となった。
来歴
[編集]東京府出身[2]。ネオンサインのデザインに従事した[3]のち、映画のスタッフロールデザインの美しさに魅せられ[3]、映像デザインの仕事を目指して、1955年、ラジオ東京テレビジョン(KRT、のちのTBSテレビ)開局と同時に、運営会社のラジオ東京に入社[2]し、テレビ番組の静止画台紙(タイトル画面、気象情報、ステーションブレイクなど)のデザインに従事[3]。ロゴ製作者としては、硬質なレタリングによる字体のほか、毛筆による筆耕を得意とした。
1964年(昭和39年)、大谷四郎とともに、日本タイポグラフィ協会の前身となる「日本レタリングデザイナー協会」を設立した[2]。のち日本タイポグラフィ協会理事、理事長、会長を歴任[2]。
独立後は、テレビ番組のタイトルロゴ素材製作のかたわら、印刷物デザイン、写真植字・電算写植など向けの書体デザイン、イラストレーションを手掛けたほか、ファインアート作品も発表した。TBSビジョン顧問[2]ののち、同社退職後は、多摩美術大学、専門学校東京デザイナー学院、東京デザインスクールで教鞭をとったほか、「レタリング技能検定」中央委員長を歴任するなど、長年にわたりデザイン教育に携わった[2]。
2018年頃に進行性核上性麻痺と診断される。2023年9月14日に老衰のため東京都内の施設で死去した。96歳没[4]。
受賞歴
[編集]- 全日本CM協議会(ACC)CMフェスティバル 銀賞(1961年) - スポット
- 全日本CM協議会(ACC)CMフェスティバル 銅賞(1962年) - スポット
- 民放フェスティバル アニメーション作品部門 金賞・銀賞(1965年)
- 民放テレビタイトルデザインコンクール/優秀賞(1966年)
- NAAC展 日本タイポグラフィ協会賞(1981年)[2]
- NAAC展 日本タイポグラフィ年鑑ベストワーク賞(1985年・1989年・1992年)[2]
- 文部科学省社会教育功労者表彰(2004年)[2][5]
- 第7回橋田賞(1999年)[2]
- 第10回佐藤敬之輔賞[2]
主な仕事
[編集]テレビ番組タイトル
[編集]- KRテレビ→TBSテレビ
-
- 東芝日曜劇場
- コンバット!(吹替版)[3]
- 輝く! 日本レコード大賞[2]
- 近鉄金曜劇場
- ベルトクイズQ&Q
- 黒澤明シリーズ
- 月曜ロードショー[3]
- サウンド・イン"S"
- ありがとう[3]
- 寿の日
- はじめまして
- 明日がござる
- いごこち満点
- かあさん堂々
- 晴れのち晴れ
- たとえば、愛
- 桜中学シリーズ
- 木曜座
- 愛
- 心
- JNN報道特集
- 秋なのにバラ色
- 関ヶ原
- 野々村病院物語、野々村病院物語II
- 夜明けのタンゴ
- 想い出づくり。
- はまなすの花が咲いたら
- さよなら三角またきて四角
- 人間万事塞翁が丙午
- 刑事ヨロシク
- 輝きたいの
- 金曜日の妻たちへ
- 青が散る
- 家族ゲーム(長渕剛版)
- 痛快なりゆき番組 風雲!たけし城[2]
- セゾンスペシャル 雨の降る駅
- 男女7人夏物語、男女7人秋物語
- 妻よ妻よ
- 日曜特集・新世界紀行
- 忠臣蔵・女たち・愛
- 俺たちの時代
- 渡る世間は鬼ばかり[2][3]
- 忠臣蔵(ビートたけし版)
- 橋田壽賀子スペシャル 源氏物語 上の巻・下の巻
- 次男次女ひとりっ子物語
- 家族の物語
- 課長サンの厄年
- 女の言い分
- 魔の季節
- 明るいほうへ 明るいほうへ
- 浅草ふくまる旅館
- 官僚たちの夏
ロゴタイプ・CI
[編集]- 福島テレビ コーポレートアイデンティティ(1983年 - 1998年)
- ミムロ食品 コーポレートアイデンティティ(1987年)
- TBSビジョン コーポレートアイデンティティ(1989年)
- 琉球放送 社名・局名(RBC)ロゴタイプ
- テレビ高知 局名(KUTV)ロゴタイプ
- テレパック 社名ロゴタイプ
- 日本オートスポーツセンター 略称(JASC)ロゴタイプ
- 雑誌『郵趣』ロゴタイプ
- TBSラジオ キャンペーンロゴマーク
- 協栄岡野 各種商品ロゴタイプ
- 鮒忠 各種商品ロゴタイプ
書体
[編集]- 新隷書体(1980年 モリサワ)
- 篠(1985年 リョービイマジクス)[3]
- まるたくん(1989年 リョービイマジクス)
- 成田国際空港デジタルサイネージ「SEASON・春夏秋冬」コンテンツ内の文字デザイン(2000年)[2]
印刷物デザイン
[編集]- 学燈社 月刊誌『若人』表紙デザイン(1960年)
- 新橋演舞場 各種公演ポスター、パンフレット、題字(1968年 - 1992年)[2]
- 明治座 各種公演ポスター、パンフレット、題字(1968年 - 1992年)[2]
- 日生劇場 各種公演ポスター、パンフレット、題字(1968年 - 1992年)
- DVD-BOX『落語研究会』シリーズ 文字情報デザイン
- 書籍タイトル
イラストレーション
[編集]書籍挿絵は後述
- 東京都広報誌「とうきょう広報」ロゴタイプ・表紙画(1973年 - 1981年)[2][9]
- 読売新聞ラジオ欄「深夜ラジオと若者」挿絵(1976年)
- シャトー・メルシャン勝沼ワイナリー ワイン資料館 壁画、パッケージ[2][13]
その他のデザイン
[編集]作品が収録された出版物
[編集]- 東京アートディレクターズクラブ年鑑(1976年 - 1978年)
- 『プリント』誌(1981年)
- 『インターナショナル・タイポグラフィック・コミュニケーション』誌(1989年)
- 教科書
美術館所蔵
[編集]- クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館(1982年)
- クリングシュポールミュージアム(1983年)
著書
[編集]- 隷書デザイン(1971年 グラフィック社)
- テレビタイトルデザイン(1971年 グラフィック社)
- 表字集 毛筆(1980年 アトリエ・メグ)
- テレビタイトルロゴタイプ(1992年 兼六館出版)
- 本の変奏曲(2008年 グラフィック社)
- 芝居の題字(2010年 グラフィック社)
- 篠原榮太のテレビタイトル・デザイン(2020年 グラフィック社)
共著
[編集]- 実戦ビデオソフト入門(1976年 視聴覚科学技術センター) - 遠藤隆智、清水和幸
- テレビデザイン(1977年 グラフィック社) - 2冊組の2巻「タイトルデザイン」を担当。1「スタジオアート」は坂上健司
- 挿絵・絵本
脚注
[編集]- ^ 篠原, 栄太, 1927- 国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 人物 - 篠原榮太作品集
- ^ a b c d e f g h i j 広谷鏡子「〈放送史への証言〉“制約”のなかの自由 ~テレビ美術・タイトルデザインの草創期,そしてこれから~ (PDF) 」(NHK放送文化研究所『放送研究と調査』 2010年10月号) - pp.34-38 が篠原へのインタビュー。
- ^ a b 「タイトルデザイナー篠原榮太さん死去 96歳 TBS「金八先生」「渡鬼」「風雲!たけし城」「レコ大」」『Sponichi Annex』2023年9月27日。2023年9月28日閲覧。
- ^ 金田一剛「タイポグラファー列伝 Vol.16」 - 『タイポグラフィックス・ティー』第283号、NPO法人日本タイポグラフィ協会、2016年、144頁
- ^ 篠原榮太『テレビタイトルロゴタイプ』(兼六館出版、1992年)略歴欄より抜粋
- ^ テレビタイトル 篠原榮太作品集
- ^ 「篠原栄太」の検索結果 テレビドラマデータベース
- ^ a b CI・ロゴタイプ 篠原榮太作品集
- ^ タイプフェイス 篠原榮太作品集
- ^ a b 題字 篠原榮太作品集
- ^ a b 印刷物 篠原榮太作品集
- ^ イラスト 篠原榮太作品集
- ^ 著書 篠原榮太作品集
- ^ 「篠原榮太」に一致する資料 国立国会図書館サーチ