笹久保
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■笹久保・笹久保新田 | |
---|---|
北緯35度54分58.04秒 東経139度42分56.25秒 / 北緯35.9161222度 東経139.7156250度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 埼玉県 |
市町村 | さいたま市 |
区 | 岩槻区 |
人口 | |
• 合計 | 1,427人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 | |
市外局番 | 048[4] |
ナンバープレート | 大宮 |
笹久保(ささくぼ)は、埼玉県さいたま市岩槻区の大字。関連大字である笹久保新田(ささくぼしんでん)についても扱う。郵便番号は笹久保が339-0034[2]、笹久保新田が339-0035[3]。
地理
[編集]さいたま市岩槻区南部の大宮台地(岩槻支台)やその周辺の沖積平野に位置する。綾瀬川左岸沿いの区境に近い西側に笹久保新田、その東側に笹久保が隣接している。
笹久保では雑木林や農耕地などの自然の中に住宅地や民間地が混在する。笹久保新田では綾瀬川の自然堤防上に集落が見られ[5][6]、東北自動車道沿いには倉庫などの民間地があるが、主に周囲が開けた農作地[6]として利用されている。
かつて、目白大学岩槻キャンパスの南側の笹久保新田の地区内に武州鉄道が敷設されていたため[7]、航空写真などから線路の痕跡が道路や南北に細長い民間地となっている様子が見て取れる。
歴史
[編集]もとは江戸期より存在した武蔵国埼玉郡岩槻領に属する笹久保村であった[6]。笹久保は篠窪や笹窪とも記される。古くは永承年間(1046年 - 1052年)ごろは大和田と称されていた[6]。笹久保新田は1686年(貞享3年)は笹久保村のうちであったが、元禄年間(1688年から1704年)までに笹久保村より笹久保新田が分村する[6]。
- 笹久保村、笹久保新田ともにはじめは岩槻藩領、1756年(宝暦6年)より幕府領となる[6]。
- 幕末の時点では埼玉郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、笹久保村は幕府領(代官・大竹左馬太郎支配所)。笹久保新田は幕府領(代官・大竹左馬太郎支配所)および芝山小兵衛の知行[8]。
- 1868年(慶応4年)6月19日 - 幕府領が武蔵知県事・山田政則(忍藩士)の管轄となる。
- 1869年(明治2年)
- 1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した南埼玉郡に属す。郡役所は岩槻町に設置。
- 1886年(明治19年)4月 - 飯塚村に所在した飯塚学校が笹久保村に移転し、笹久保学校(現・さいたま市立和土小学校)と改称する[9]。
- 1888年(明治21年)4月 - 笹久保学校が黒谷村に移転する。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に平行して黒谷、飯塚、笹久保、木曽良、村国、南下新井、笹久保新田の6箇村1新田が合併し、和土村が成立。和土村の大字笹久保および笹久保新田となる[6]。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 大字笹久保に新和村立新和中学校(現・さいたま市立城南中学校)が開校する。
- 1954年(昭和29年)
- 1970年(昭和45年)3月 - 大字笹久保新田の西部を通る国道122号の岩槻鳩ヶ谷バイパスが建設され、開通する。
- 1972年(昭和47年)11月13日 - 大字笹久保新田の西部を通る東北自動車道が建設され、開通する。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 岩槻市がさいたま市と合併し、さいたま市岩槻区の大字となる。
世帯数と人口
[編集]2017年(平成29年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
笹久保 | 433世帯 | 955人 |
笹久保新田 | 192世帯 | 472人 |
計 | 625世帯 | 1,427人 |
小・中学校の学区
[編集]市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[11]。
大字 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
笹久保 | 1番地2 - 1番地9 3番地2 4番地4 |
さいたま市立新和小学校 | さいたま市立城南中学校 |
その他 | さいたま市立和土小学校 | ||
笹久保新田 | 全域 |
交通
[編集]鉄道は敷設されていない。1キロほど南に浦和美園駅がある。かつては武州鉄道の笹久保駅が開設されていた[7]。
道路
[編集]- 笹久保
- 笹久保新田
施設
[編集]- 笹久保
- さいたま市立城南中学校
- さいたま市消防局岩槻消防署笹久保出張所
- 岩槻和土郵便局
- 市営笹久保住宅[5]
- 観音院
- 篠岡八幡大神社(笹久保八幡神社)
- 八幡神社こども広場
- 笹久保新田
- 宝蔵寺
- 地蔵院
- 浅間神社
- 天満宮
- 笹久保新田公民館
脚注
[編集]- ^ a b “さいたま市の人口・世帯(時系列結果)”. さいたま市 (2017年10月5日). 2017年10月5日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月5日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月5日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 948頁。
- ^ a b c d e f g 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 405頁。
- ^ a b “走れ武州鉄道” (PDF). 蓮田市役所 (1997年8月). 2019年1月21日閲覧。
- ^ 「旧高旧領取調帳データベース」の検索結果も参照。
- ^ 沿革史 - さいたま市立和土小学校.2019年12月31日閲覧。
- ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 1429頁。
- ^ “さいたま市立小・中学校通学区域一覧”. さいたま市 (2017年8月23日). 2017年9月20日閲覧。
参考文献
[編集]- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。
- 旧高旧領取調帳データベース