第301飛行隊 (航空自衛隊)
第301飛行隊 | |
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第301飛行隊のF-35A | |
創設 | 1973年10月16日 |
所属政体 | 日本 |
所属組織 | 航空自衛隊 |
所在地 | 青森県三沢基地 |
編成地 | 茨城県百里基地 |
通称号/略称 | 301SQ |
愛称 | ケロヨン |
標語 | 見敵必戦 創意開発 |
上級単位 | 第3航空団 |
最終上級単位 | 北部航空方面隊 |
第301飛行隊(だい301ひこうたい、301st Tactical Fighter Squadron)は、航空自衛隊北部航空方面隊第3航空団隷下の戦闘機部隊である。三沢基地に所属し、F-35A戦闘機を運用し、連絡機にはT-4を運用する。
概要
[編集]1972年(昭和47年)8月1日に百里基地で臨時F-4EJ飛行隊が編成され、マクドネル・ダグラス社から輸入した最初のF-4EJ戦闘機2機が配備された。1973年(昭和48年)10月16日にF-4EJ戦闘機の1番目の飛行隊(マザースコードロン)として、第7航空団隷下に「第301飛行隊」として新編された[1]。
1985年(昭和60年)3月2日、新田原基地の第5航空団隷下の第204飛行隊がF-104J/DJからF-15J/DJへの機種更新に伴い百里基地へ移動となり、入れ替わる形で新田原基地の第5航空団へ移動。1991年(平成3年)4月には、F-4EJ改戦闘機に機種更新された。
F-4EJ改の減少に伴い、管理の一元化を行うとともに南西方面への戦術強化を図るため、2016年(平成28年)10月に、F-15Jを装備する第305飛行隊と入れ替わる形で、再び百里基地に移駐した。
部隊マークはマフラーをした「カエル」で、百里基地付近にある筑波山名物のガマの油売りに由来するガマガエルをモチーフにしており、「無事に帰る」との意味もこめている。マフラーの星の数は、所属航空団を示し、2020年12月15日現在、第3航空団所属のため「3」個となっている[2]。かつては第7航空団を示す「7」、第5航空団時代を示す「5」になっていた(但し第7航空団時代のマフラーの星の位置は、編成当初と2回目の配置時代とでは若干異なる)。
2020年度にF-35への機種改編と三沢基地へ移駐することが予定され[3]、12月15日に移駐が完了した[4][5]。
かつてはF-4機種転換操縦課程(操縦者教育)と対領空侵犯措置任務に基づく実働任務の両方を任務としていた。
沿革
[編集]- 1972年(昭和47年)8月1日:百里基地において臨時F-4EJ飛行隊編成[6]。
- 1973年(昭和48年)
- 1976年(昭和51年)1月19日:部隊マーク制定[7]。
- 1978年(昭和53年)
- 1979年(昭和54年)
- 1980年(昭和55年)11月10日 - 11月11日:航空総隊対戦闘機戦闘競技会F-4部門優勝[10]。
- 1985年(昭和60年)
- 1991年(平成 3年)
- 1992年(平成 4年)7月20日 - 7月23日:航空総隊戦技競技会F-4部門優勝[11]。
- 1999年(平成11年)5月21日 - 6月2日:航空総隊戦技競技会FI(要撃)部門優勝[12]。
- 2000年(平成12年)6月13日 - 6月16日:航空総隊戦技競技会FI部門優勝[13]。
- 2002年(平成14年)5月20日 - 5月23日:航空総隊戦技競技会FI部門優勝[14]。
- 2003年(平成15年)10月15日:部隊創設30周年記念式典を実施[7]。
- 2007年(平成19年)11月28日:F-4EJ改用途廃止開始。
- 2016年(平成28年)10月31日:百里基地へ移動。再び第7航空団隷下へ編入。
- 2020年(令和 2年)
歴代運用機
[編集]-
F-4退役記念塗装機
-
第301飛行隊40周年記念塗装のF-4EJ改(2013年)
登場作品
[編集]- 『原子力空母信濃』
- 鳴海章作品。原子力空母「信濃」の艦載機部隊として、第301飛行隊が登場する。
- 『エウレカセブンAO』
- 新田原基地の所属部隊として登場。時代設定が2025年であるためか、運用機体がF-4EJ改からF-15Jに更新されている。
脚注
[編集]- ^ イカロス出版 JWing No.185 2014年1月号 14頁 「空撮!!F-4ファントム 第301飛行隊40年の歩み」
- ^ 航空自衛隊三沢基地公式アカウント
- ^ 三沢基地、F35配備で2月に式典 F2は2019年度、百里基地に移転1年前倒し 2018年1月24日 東奥日報社
- ^ a b 航空自衛隊百里基地公式アカウント
- ^ 航空自衛隊三沢基地公式アカウント
- ^ a b c d e イカロス出版 Jwing No.214 2016年6月号 40頁 「日本の戦闘機部隊2016 保存版!空自の全15個戦闘機部隊ヒストリー」松崎豊一
- ^ a b c d e イカロス出版 Jwing No.65 2004年1月号 22頁-23頁 「第301飛行隊創設30周年記念式典」石原肇
- ^ 那珂湊の沖で自衛隊機墜落 乗員二人は無事『朝日新聞』1979年(昭和54年)7月7日朝刊13版 22面
- ^ 文林堂 航空ファン イラストレイテッド 94-10 No.78 26頁-33頁 「戦競 航空自衛隊戦技競技会の迷彩機(F-104,F-1,F-4EJ,F-15) '79戦競」
- ^ 文林堂 航空ファン イラストレイテッド 94-10 No.78 34頁-43頁 「戦競 航空自衛隊戦技競技会の迷彩機(F-104,F-1,F-4EJ,F-15) '80戦競」
- ^ イカロス出版 JWing No.184 2013年12月号 21頁 「戦競2013 戦競、偉大なるその軌跡」松崎豊一
- ^ イカロス出版 Jwing No.12 1999年8月号 38頁-43頁 「戦競'99、今年の勝者はだれだ?」松崎豊一
- ^ イカロス出版 Jwing No.25 2000年9月号 18頁-25頁 「平成12年度航空総隊戦技競技会」松崎豊一
- ^ イカロス出版 Jwing No.48 2002年8月号 18頁-37頁 「日本最強の戦闘機部隊はどこだ!? 平成14年度航空総隊戦技競技会実施!」松崎豊一