石田耕太郎
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石田 耕太郎 いしだ こうたろう | |
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生年月日 | 1949年8月8日(75歳) |
出生地 | 鳥取県倉吉市 |
出身校 | 大阪市立大学法学部 |
前職 | 鳥取県営病院事業管理者 |
所属政党 | 無所属 |
称号 | 旭日小綬章 |
当選回数 | 3回 |
在任期間 | 2010年4月11日 - 2022年4月10日 |
石田 耕太郎(いしだ こうたろう、1949年(昭和24年)8月8日[1] - )は、日本の政治家。元鳥取県倉吉市長(3期)。
来歴
[編集]鳥取県倉吉市出身[2]。1968年(昭和43年)3月、鳥取県立倉吉東高等学校卒業。1973年(昭和48年)3月、大阪市立大学法学部卒業。
1979年(昭和54年)10月、鳥取県庁に入庁。2000年(平成12年)8月、境港管理組合事務局長に就任。2009年(平成21年)4月、県営病院事業管理者に就任[3]。
2010年(平成22年)3月28日に行われた倉吉市長選挙[4]に立候補し初当選。2014年(平成26年)の市長選は無投票で再選。2018年(平成30年)、3選。
2022年に退任[5]。
2023年(令和5年)春の叙勲で旭日小綬章を受章した[6]。
脚注
[編集]- ^ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、324頁。
- ^ Facebook「鳥取県倉吉市長 石田耕太郎」の基本情報より。
- ^ 倉吉市 - 市長プロフィール
- ^ なお倉吉市では前年2009年11月1日に市長辞任に伴う出直し選挙が行われている。新斎場の建設場所をめぐり住民らと対立したことから「民意を問いたい」と長谷川稔市長は同年9月に辞任した。長谷川は当該選挙で当選を果たすが、翌年2010年の市長選には出馬しなかった。
- ^ “3期12年、石田・倉吉市長が退任:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2022年4月9日). 2022年4月11日閲覧。
- ^ 令和5年春の叙勲受章者名簿 小綬章以下 秋田県 - 内閣府 (PDF)