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県 春貞(あがた の はるさだ、生年不詳 - 貞観6年(864年)?)は、平安時代前期の人物(百姓)[1]。
貞観6年(864年)頃に讃岐国香川郡の自宅で、同国の浪人・江沼美都良麿らと飲酒して口論となり、左脇腹を刺され殺された。同郡の人である秦成吉らも同じく飲んでおり、言葉で両者を諫めていたが助けることができなかったという[1]。妻の秦浄子の訴えにより、刑部省は裁断を下し、美都良麿は斬刑となるべきところ、罪一等を減じて流罪となった[1]。