申庚林
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申 庚林 | |
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誕生 |
1936年4月6日[1] 日本統治下朝鮮 忠清北道忠州郡 (現在の 韓国) |
死没 |
2024年5月22日 (88歳没) 大韓民国 京畿道高陽市一山東区国立がんセンター |
職業 | 詩人 |
言語 | 韓国語 |
国籍 | 大韓民国 |
最終学歴 | 東国大学校 |
活動期間 | 1955年 - ? |
ジャンル | 詩 |
代表作 | 「農舞」 |
デビュー作 | 「アシ」、「墓碑」 |
申庚林 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 신경림 |
漢字: | 申庚林 |
発音: | シン・ギョンニム |
英語表記: | Kyeong-nim Shin |
申 庚林(シン・ギョンニム、신경림、1936年[2]4月6日 - 2024年5月22日)は、韓国の詩人である。忠清北道忠州市出身[1]。本貫は鵝洲申氏[3]。
略歴
[編集]申庚林の「アシ」 「墓碑」などは、農民だけを対象にしたわけではなく、人間においての普遍的な寂しさと孤独をテーマにしている。
初めての詩集である『農舞』を発表してから、農民の生活の現場を描いた。彼の詩には、農民たちの苦しさを扱いながらも、そこには暖かい感動がある。他の労働詩に比べて、鬱憤や激烈な抗議、改革の意志などは相対的に少ないほうである。このような特徴は、申庚林の詩の長所であり、限界でもあると指摘されている。
『民謡紀行』『南漢江』『道』などの詩集は、韓国の民謡と地理などを素材にした。特に『南漢江』は、農民を主人公として韓国の歴史を見つめ直そうと試みている。それらは叙事的なスケールを感じさせる膨大な作品である。
がんとの闘病の末、2024年5月22日の午前に一山国立がんセンターで死去。88歳没[4]。
受賞歴
[編集]- 1974年、第1回 萬海文学賞
- 1990年、第2回 怡山文学賞
- 1994年、第4回 丹齋文学賞
- 1998年、第6回 空超文学賞
- 1998年、第6回 大山文学賞
- 2001年、第6回 現代仏教文学賞
- 2001年、第2回 4.19文学賞
- 2002年、第6回 萬海賞
- 2007年、第4回 シカダ賞
- 2009年、第19回湖巌賞芸術部門
邦訳作品
[編集]- 『ラクダに乗って』吉川凪訳、クオン、新しい韓国の文学、2012年5月
- 『酔うために飲むのではないからマッコリはゆっくり味わう』谷川俊太郎との対談、吉川凪訳、クオン (日韓同時代人の対話シリーズ01) 2015年3月
主な作品
[編集]詩集
- 1973年、『농무』(農踊)[5]
- 1985年、『민요기행1』(民謡紀行1)
- 1987年、『남한강』(南漢江)
- 1988年、『가난한 사랑노래』(貧しき愛の唄)
- 1989年、『민요기행2』(民謡紀行2)
- 1990年、『길』(道)
- 1996年、『갈대』(アシ)
- 1999年、『어머니와 할머니의 실루엣』(お母さんとお婆さんのシルエット)
評論集
- 1981年、『한국 현대시의 이해』(韓国の現代詩の理解)
- 1983年、『삶의 진실과 시적 진실』(人生の真実と詩的な真実)
- 1986年、『우리 시의 이해』(我々の詩の理解)
脚注
[編集]- ^ 鵝洲申氏側は生年を1935年とする。
- ^ “01 거제와 구례에서 연하리 상입장까지”. artnstudy.com. 2024年5月22日閲覧。
- ^ 김용래 (2024年5月22日). “[2보] '농무' '가난한 사랑노래' 쓴 한국 대표시인 신경림 별세” (朝鮮語). 연합뉴스. 2024年5月22日閲覧。