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田村 吉永(たむら よしなが、1893年2月7日 - 1977年8月17日)は、日本史学者。
奈良県吉野郡白銀村(現・五條市)生まれ。奈良師範学校卒。奈良県で中学校教員など。1923年大和史学会、1931年大和国史会を創設。1934年雑誌『大和志』を発刊する。1935年近畿日本鉄道史料編纂室勤務、44年嘱託。1960年「大和条里制と条坊制の研究」で関西大学文学博士。1964年梅光女学院短期大学講師、同教授。1967年梅光女学院大学文学部教授。74年退任。号は節嶺。[1][2]