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この勝利により長浜はゴールドの皐月賞参戦を明言。また河内がタキオン・ゴールドのどちらを選択するかは「河内に委ねる」とし、皐月賞の焦点は同厩舎・同生産者・同馬主による無敗馬同士の対決となった。しかしその勝利の翌日の3月19日、右前脚の[[橈骨]]遠位端骨折が判明しクラシック戦線から離脱。この故障により河内はタキオンへの騎乗が決定、同馬で皐月賞を制覇している。しかし、タキオンもこのレース後に左前浅[[屈腱炎]]を発症し[[東京優駿|日本ダービー]]への出走を断念、その後復帰することなく現役を引退した。 |
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ゴールドは半年の休養を経て秋に復帰、一時は[[菊花賞]]を回避し[[天皇賞(秋)]]へと向かうプランもあったなか、結局菊花賞に参戦となるが成果なく敗退。河内はこの敗戦を「やっぱり距離」と振り返り、以後は中距離路線へと転進することとなった。その初戦となる[[鳴尾記念]]で3着と結果を出し「いい頃の感じに戻ってきた。これからが楽しみ。」(河内)と復活の兆しを見せたものの次走に予定していた[[京都金杯]]を右[[飛節軟腫|飛節に軟腫]]が認められたため回避し、1年以上に及ぶ長期休養に入ることとなる。 |
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当初は[[2003年]]の[[札幌記念]]で復帰予定だったが、僚馬のタキオンが引退に追い込まれた左前浅屈腱炎を発症し、現役を引退した。 |
当初は[[2003年]]の[[札幌記念]]で復帰予定だったが、僚馬のタキオンが引退に追い込まれた左前浅屈腱炎を発症し、現役を引退した。 |
2022年3月11日 (金) 22:52時点における版
アグネスゴールド[1] | |||||||||
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欧字表記 | Agnes Gold[1] | ||||||||
品種 | サラブレッド[1] | ||||||||
性別 | 牡[1] | ||||||||
毛色 | 鹿毛[1] | ||||||||
生誕 | 1998年4月10日 | ||||||||
死没 | 2021年9月27日(23歳没) | ||||||||
登録日 | 2000年6月22日 | ||||||||
抹消日 | 2003年8月29日 | ||||||||
父 | サンデーサイレンス[1] | ||||||||
母 | エリザベスローズ[1] | ||||||||
母の父 | ノーザンテースト[1] | ||||||||
生国 | 日本(北海道千歳市)[1] | ||||||||
生産者 | 社台ファーム[1] | ||||||||
馬主 | 渡辺孝男[1] | ||||||||
調教師 | 長浜博之(栗東)[1] | ||||||||
厩務員 | 吉田弘行 | ||||||||
競走成績 | |||||||||
生涯成績 | 7戦4勝[1] | ||||||||
獲得賞金 | 1億3410万7000円[1] | ||||||||
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アグネスゴールドとは日本の競走馬で、日本のほかアメリカ、ブラジルにて繋養されていた種牡馬である。
1998年のセレクトセール当歳において8,000万円で取引された。現役当時は長浜厩舎の僚馬アグネスタキオンとともに2001年クラシックロードを歩み、きさらぎ賞・スプリングステークスと2つの重賞を優勝している。
競走馬時代
僚馬アグネスタキオン(以下タキオン)が新馬勝ちを飾った翌日アグネスゴールド(以下ゴールド)も新馬戦を勝ち、2頭揃ってデビュー戦を勝ち上がる。明け3歳初戦の若駒ステークスを「イマイチの内容」(河内洋)ながら制し2連勝となったゴールドはきさらぎ賞へと駒を進める。
管理調教師の長浜博之はきさらぎ賞当時「ゴールドが力を発揮できるのはマイル以下かも」と話し、きさらぎ賞優勝時にも皐月賞でのタキオンとの対決に関し明言を避けるほどゴールドの進路には慎重になっており、両馬の主戦騎手を務めた河内洋も2頭の実力を「甲乙つけがたい」と評した。
続くスプリングステークスではここまで後方からの追い込みで勝ち星を重ねてきた内容から一転し、中団から差す競馬で重賞2連勝。多頭数が予想される本番皐月賞を見据え「後方一気のパターンだけでは心配、前で競馬ができるか」を課題にし挑んだ陣営を安堵させた。
この勝利により長浜はゴールドの皐月賞参戦を明言。また河内がタキオン・ゴールドのどちらを選択するかは「河内に委ねる」とし、皐月賞の焦点は同厩舎・同生産者・同馬主による無敗馬同士の対決となった。しかしその勝利の翌日の3月19日、右前脚の橈骨遠位端骨折が判明しクラシック戦線から離脱。この故障により河内はタキオンへの騎乗が決定、同馬で皐月賞を制覇している。しかし、タキオンもこのレース後に左前浅屈腱炎を発症し日本ダービーへの出走を断念、その後復帰することなく現役を引退した。
ゴールドは半年の休養を経て秋に復帰、一時は菊花賞を回避し天皇賞(秋)へと向かうプランもあったなか、結局菊花賞に参戦となるが成果なく敗退。河内はこの敗戦を「やっぱり距離」と振り返り、以後は中距離路線へと転進することとなった。その初戦となる鳴尾記念で3着と結果を出し「いい頃の感じに戻ってきた。これからが楽しみ。」(河内)と復活の兆しを見せたものの次走に予定していた京都金杯を右飛節に軟腫が認められたため回避し、1年以上に及ぶ長期休養に入ることとなる。
当初は2003年の札幌記念で復帰予定だったが、僚馬のタキオンが引退に追い込まれた左前浅屈腱炎を発症し、現役を引退した。
競走成績
以下の内容は、netkeiba.com[2]およびJBISサーチ[3]の情報に基づく。
年月日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 頭数 | オッズ (人気) |
着順 | 騎手 | 斤量 | 距離(馬場) | タイム (上り3F) |
タイム 差 |
勝ち馬/(2着馬) | |||
2000 | 12. | 3 | 阪神 | 新馬 | 11 | 2.7 | (2人) | 1着 | 河内洋 | 54 | 芝1600m(良) | 1:37.2 (33.9) | -0.1 | (エアセンス) | |
2001 | 1. | 22 | 京都 | 若駒S | OP | 9 | 2.0 | (1人) | 1着 | 河内洋 | 55 | 芝2000m(良) | 2:02.6 (34.7) | -0.1 | (ダイイチダンヒル) |
2. | 11 | 京都 | きさらぎ賞 | GIII | 12 | 1.9 | (1人) | 1着 | 河内洋 | 55 | 芝1800m(良) | 1:47.9 (34.4) | -0.1 | (ダンツフレーム) | |
3. | 18 | 中山 | スプリングS | GII | 16 | 1.4 | (1人) | 1着 | 河内洋 | 56 | 芝1800m(良) | 1:50.1 (35.2) | -0.1 | (シンコウカリド) | |
9. | 23 | 阪神 | 神戸新聞杯 | GII | 12 | 7.1 | (4人) | 8着 | 河内洋 | 56 | 芝2000m(良) | 2:00.3 (34.5) | 0.8 | エアエミネム | |
10. | 21 | 京都 | 菊花賞 | GI | 15 | 9.8 | (5人) | 8着 | 河内洋 | 57 | 芝3000m(良) | 3:08.1 (34.9) | 0.9 | マンハッタンカフェ | |
12. | 9 | 阪神 | 鳴尾記念 | GIII | 13 | 3.4 | (2人) | 3着 | 河内洋 | 56 | 芝2000m(良) | 1:59.9 (35.2) | 0.1 | メイショウオウドウ |
種牡馬時代
2004年シーズンよりレックススタッドにて種牡馬となり62頭に種付けを行った。
2005年にファーストクロップとなる産駒が誕生しその後32頭が血統登録された。この年は35頭に種付けを行った。
2007年、アメリカ・フロリダ州のラムホールサウスに移動した。初供用年の種付料は5000ドル(当時約60万円)。7月に荒尾競馬場で行われたレースで産駒のケイウンショウリが勝利し、これが地方競馬、中央競馬通じての産駒初勝利となった。
2008年、1月6日に中山競馬場で行われた3歳未勝利戦をコスモザガリアが制し、産駒が中央競馬で初勝利を挙げた。6月5日の兵庫ダービーでバンバンバンクが勝利、地方・中央通じて産駒の重賞初制覇となった。
2008年にブラジルへ輸出。2012年にこの地での初年度産駒からブラジル重賞勝ち馬を送り出し、2013年には産駒によるG1制覇を成し遂げる。
2019-2020シーズンはマイスキーボニータがリオデジャネイロ牝馬二冠馬に、2020-2021シーズンはジャネールモネイが無敗でリオデジャネイロ牝馬三冠馬となった[4]。また、2020-2021シーズンにはオリンピッククレムリンがブラジルダービーと呼ばれるクルセイ・ド・スル賞を勝利した。
2020年、生殖能力を喪失したことにより種牡馬を引退[5]。功労馬として繋養先のブラジルで余生を送っていたが翌2021年、骨折が原因で9月27日に死亡した[6]。
主な産駒
- 2006年産
- ヴィクトリーパール(ローレル賞)
- 2009年産
- アントネラベイビー / Antonella Baby(エンリケ・ポッソーロ大賞、伯G2カルロス・テレス&カルロス・ジルベルト・ダ・ロチャ・ファリア大賞、伯G3ジョアオ・アデマール&ネルソン・デ・アルメイダ・プラド大賞)
- アビジャン / Abidjan(ゼリア・ゴンザガ・ペイショト・デ・カストロ大賞)
- エネルジアフリビー / Energia Fribby(ディアナ大賞、伯G2カルロス・テレス&カルロス・ジルベルト・ダ・ロチャ・ファリア大賞、伯G3ジョアオ・アデマール&ネルソン・デ・アルメイダ・プラド大賞)
- エネルジアエレガンテ / Energia Elegante(伯G2フランシスコ・ヴィエラ・デ・ポーラ・マチャド大賞、伯G3ルイス・フェルナンド・シルネ・リマ大賞)
- 2014年産
- 2015年産
- 2016年産
- アイヴァ― / Ivar(グランクリテリウム大賞、エストレージャスジュベナイル大賞、シャドウェルターフマイルステークス[7])
- マイスキーボニータ / Mais Que Bonita(エンリケポッソーロ大賞、ディアナ大賞、伯G2オンズデジューロ大賞)
- アブダビ / Abu Dhabi(クルセイ・ド・スル賞)
- インラヴ / In Love(キーンランドターフマイルステークス)
- 2017年産
- オンラレアル / Honra Real(モンテビデオ市大賞)
- ジャネールモネイ / Janelle Monae(リオデジャネイロ牝馬三冠[注釈 1])
- クーロエカミーチャ / Culo E Camicia(フランシスコ・エドゥアルド・デ・ポーラ・マチャド大賞[8])
- オリンピッククレムリン / Olympic Kremlin(クルセイ・ド・スル賞)
- ネパール / Nepal(伯G2ジュリオ・カプア)
- 2018年産
※太字はG1競走
エピソード
- アグネスゴールド、アグネスタキオン両方を管理する長浜調教師は、スプリングステークス後「河内騎手はゴールド、タキオンどちらに乗ってくれるのか・・どっちにも乗らないとか」とジョークをとばし報道陣を爆笑させた。
- 全兄のフサイチゼノンもアメリカで種牡馬となっている。日本生産馬が兄弟揃ってアメリカで種牡馬となっているのはめずらしいケースである。
血統表
アグネスゴールドの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
父系 | サンデーサイレンス系/ヘイロー系 |
[§ 2] | ||
父 * サンデーサイレンス Sunday Silence 1986 青鹿毛 |
父の父 Halo1969 黒鹿毛 |
Hail to Reason | Turn-to | |
Nothirdchance | ||||
Cosmah | Cosmic Bomb | |||
Almahmoud | ||||
父の母 Wishing Well1975 鹿毛 |
Understanding | Promised Land | ||
Pretty Ways | ||||
Mountain Flower | Montparnasse | |||
Edelweiss | ||||
母 エリザベスローズ 1989 栗毛 |
* ノーザンテースト Northen Taste 1971 栗毛 |
Northern Dancer | Nearctic | |
Natalma | ||||
Lady Victoria | Victoria Park | |||
Lady Angela | ||||
母の母 * ノーベンバーローズNovember Rose 1982 黒鹿毛 |
Caro | * フォルティノ | ||
Chambord | ||||
Jedina | What a Pleasure | |||
Killaloe | ||||
母系(F-No.) | ノーベンバーローズ系(FN:16-a) | [§ 3] | ||
5代内の近親交配 | Almahmoud 4×5=9.38% Lady Angela 5・4(母内)=9.38% |
[§ 4] | ||
出典 |
参考文献
- 日刊スポーツ(2001年2月12日/3月19日/10月22日/12月10日付)
脚注
- ^ a b c d e f g h i j k l m n “アグネスゴールド”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年8月20日閲覧。
- ^ “アグネスゴールドの競走成績”. netkeiba.com. 株式会社ネットドリーマーズ. 2019年8月20日閲覧。
- ^ “アグネスゴールド 競走成績”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年8月20日閲覧。
- ^ “【海外競馬】アグネスゴールド産駒ジャネールモネイがV、同産駒が2年連続でブラジルのリオ牝馬二冠/ディアナ大賞 | 競馬ニュース”. netkeiba.com. 2021年3月16日閲覧。
- ^ “Agnes Gold deslumbra en Sudamérica, donde encontró su segunda oportunidad”. 2021年3月18日閲覧。
- ^ 「アグネスゴールド23歳で死す ブラジルで多くのG1馬を輩出 河内師「いろいろな思い出がある」」『スポーツニッポン』2021年9月28日。2021年9月28日閲覧。
- ^ 「ブラジル産アグネスゴールド産駒が米G1初制覇」『日刊スポーツ』2020年10月6日。2020年10月10日閲覧。
- ^ “【海外競馬】アグネスゴールド産駒、牡牝ともブラジル・リオ三冠の二冠目を制覇/フランシスコ・エドゥアルド・デ・ポーラ・マチャド大賞”. netkeiba.com. 2021年3月18日閲覧。
- ^ a b c “血統情報:5代血統表|アグネスゴールド|JBISサーチ(JBIS-Search)”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2021年2月17日閲覧。
- ^ a b c d “アグネスゴールドの血統表”. netkeiba.com. 株式会社ネットドリーマーズ. 2021年2月17日閲覧。
- ^ “アグネスゴールドの種牡馬情報”. 競馬ラボ. 2021年10月31日閲覧。
注釈
- ^ 伯G1エンリケ・ポッソーロ大賞、伯G1ディアナ大賞、伯G1ゼリア・ゴンザガ・ペイショト・ディ・カストロ大賞 の3つのG1を無敗で勝利した。