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[[Category:山口県出身の人物]]
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2021年11月7日 (日) 08:10時点における版

崔 一彦
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 日本の旗 日本
山口県山陽小野田市
生年月日 (1961-07-27) 1961年7月27日(63歳)
身長
体重
177 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
初出場 KBO / 1984年
最終出場 KBO / 1992年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

崔 一彦(チェ・イロン/チェ・イルオン、朝鮮語: 최일언1961年7月27日 - [注 1])は、日本山口県山陽小野田市出身[注 2]プロ野球選手投手)、プロ野球指導者。右投右打[1]在日韓国人3世[注 3]で、日本名は山本 一彦[注 4]

経歴

現役時代

在日2世の両親の元で育つ[3]

下関商業高等学校で3年春の第51回選抜大会1979年)にエースとして出場[3][注 5]

その後専修大学を経て、1984年韓国へ渡りKBOOBベアーズへ入団[注 6]

1年目9勝、2年目10勝、3年目には19勝4敗2セーブ、勝率.826、防御率1.58の成績を挙げ、以来エースとして活躍[3]。4年目(14勝)まで3年連続2桁勝利を記録。

その後1990年LGツインズ1991年から1992年までサムスン(三星)・ライオンズでプレーし現役を引退。通算成績は、240試合、1115回と1/3、78勝57敗11セーブ、556奪三振、防御率2.872だった。

引退後

引退後は引き続き韓国に残り、1993年から2003年まで古巣OB→斗山[注 7]2004年から2005年までハンファ・イーグルス[注 8]2006年から2011年までSKワイバーンズ[注 9]2012年からNCダイノス[注 10]2019年よりLGツインズでコーチを務める。その間、1995年には、韓国で初めて先発投手を中5日で回すローテーションを導入し優勝へ貢献[3]

2000年には、同国内スポーツ新聞が選定するコーチ賞を受賞[3]。2019年にも3度目となるコーチ賞を受賞した[5]

2019 WBSCプレミア12では大会前に辞任した鄭珉哲の代役として韓国代表投手コーチを務めた。2020年限りでLG、韓国代表ともにコーチ職から退任し、日本に帰国した[6]

プレースタイル・人物

韓国人の妻と、2人の子供(一男一女)がいる[3]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1984 OB 37 18 2 0 0 9 6 3 -- .600 695 167.2 145 6 65 3 8 86 0 0 60 53 2.84 1.25
1985 38 9 2 0 0 10 14 3 -- .417 610 144.2 119 4 75 3 5 88 0 0 57 39 2.43 1.34
1986 33 23 12 6 0 19 4 2 -- .826 881 221.2 140 2 101 3 6 101 0 0 49 39 1.58 1.09
1987 24 19 9 2 0 14 8 1 -- .636 639 154.2 129 4 70 0 6 70 0 0 52 44 2.56 1.29
1988 20 13 2 0 0 6 4 0 -- .600 485 115.2 100 0 48 0 5 50 0 0 33 28 2.18 1.28
1989 28 22 3 1 0 7 12 2 -- .368 591 136.1 132 4 81 2 3 62 0 0 75 65 4.29 1.56
1990 LG 15 10 1 0 0 3 2 0 -- .600 223 48.2 49 6 33 2 3 24 0 0 26 25 4.62 1.68
1991 サムスン 32 9 0 0 0 9 6 0 -- .600 423 96.2 100 4 53 3 3 56 0 0 54 48 4.47 1.58
1992 13 1 0 0 0 1 1 0 -- .500 126 29.1 28 4 15 1 1 19 0 0 16 15 4.60 1.47
通算:9年 240 124 31 9 0 78 57 11 -- .578 4673 1115.1 942 34 541 17 40 556 0 0 422 356 2.87 1.33
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

  • 24 (1984年 - 1989年)
  • 34 (1990年)
  • 11 (1991年)
  • 27 (1992年)
  • 75 (1997年 - 2003年)
  • 77 (2006年 - 2011年)
  • 78 (2012年 - 2018年)
  • 71 (2019年 - 2020年)

脚注

注釈

  1. ^ 参考:
    • ハングル表記[1]
    • 名前読み
      • 「チェ・イロン」[2]、「チェイ ロン」[1]
      • 「チェ・イルオン」[3]、「チェ イルオン」[1]
    • 生年月日…[1]
  2. ^ 参考:
    • 山陽小野田市生まれという旨の記述あり…2009年配信記事[3]
  3. ^ 参考:
    • 在日韓国人である旨の記述あり…[2]
      • 在日韓国人3世である旨の記述あり…[3]
  4. ^ 参考:
    • 日本名として明記(読みの記載なし)[2]
      • 子供時代に「山本一彦」の名前で育ったという旨の記述あり[3]
  5. ^ 次の資料より、1979年春の第51回選抜高校野球にて下関商業の背番号1として「山本 一彦」の名前で出場したことが確認できる[4]
  6. ^ 参考:
    • 次の資料より、下関商業から専修大学を経て、1984年にサムスンへ入団の旨が記載…[1]
  7. ^ 参考:
    • 次の資料では、1994年にOB、1999年にトゥサンのコーチへ就任したものとして記載[1]
  8. ^ 参考:
    • ハンファコーチ就任年[1]
  9. ^ 参考:
    • SKコーチ就任年[1]
  10. ^ 参考:
    • NCコーチ就任年[1]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j 『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑2014』(2014年5月10日、論創社発行。コード:ISBN 978-4846013370)P103「チェ イルオン(チェ イロン)[山本一彦]」プロフィール ※「」内人名表記は、原資料に基づく。経歴内の所属球団名はサムスンがサムソン、斗山がトゥサンとそれぞれ明記。
  2. ^ a b c 盛り上がる韓国のプロ野球 【韓国野球が熱い理由】  (2/3) | アジア野球 | ベースボールドットコム 2013年7月1日配信
  3. ^ a b c d e f g h i j 【地球人間模様】第2部@コリア「在日3世の韓国プロ野球」 - 『47NEWS(よんななニュース)』2009年5月13日付記事(文:平井久志) ※インターネットアーカイブ2010年10月31日付保存キャッシュ
  4. ^ 『高校野球忘れじのヒーロー』(『B.B.MOOK』367、『スポーツ・スピリット』23。2005年9月15日、ベースボール・マガジン社発行。コード:ISBN 978-4583613420)P145
  5. ^ 週刊ベースボール、2019年12月23号、89頁
  6. ^ '한국 잠시 떠나는' 최일언 대표팀 코치의 걱정, "야구수준 크게 떨어져..."starnews 2020年12月6日

関連項目