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* [[ディシディア ファイナルファンタジー (アーケードゲーム)|ディシディア ファイナルファンタジー]] / ディシディア ファイナルファンタジー NT(2015年11月、アーケード / 2018年1月、PlayStation 4、[[スクウェア・エニックス]]発売)
* [[ディシディア ファイナルファンタジー (アーケードゲーム)|ディシディア ファイナルファンタジー]] / ディシディア ファイナルファンタジー NT(2015年11月、アーケード / 2018年1月、PlayStation 4、[[スクウェア・エニックス]]発売)
*: PSPで展開されていた同名の対戦アクションシリーズをアーケード向けに刷新した作品。FFシリーズ初のアーケードゲームとなった。
*: PSPで展開されていた同名の対戦アクションシリーズをアーケード向けに刷新した作品。FFシリーズ初のアーケードゲームとなった。
* [[ディシディア ファイナルファンタジー オペラオムニア]](2017年2月、[[iOS (アップル)|iOS]]・[[Android (オペレーティングシステム)|Android]]、スクウェア・エニックス発売)
* [[ディシディア ファイナルファンタジー オペラオムニア]](2017年2月、[[IOS (Apple)|iOS]]・[[Android (オペレーティングシステム)|Android]]、スクウェア・エニックス発売)
*: AC版『ディシディアFF』と世界観を共有するスマートフォン用ゲーム。同スタジオ初のアプリゲーム。
*: AC版『ディシディアFF』と世界観を共有するスマートフォン用ゲーム。同スタジオ初のアプリゲーム。
* [[仁王 (ゲーム)|仁王]](2017年2月、PlayStation 4 / 2017年11月、Steam)
* [[仁王 (ゲーム)|仁王]](2017年2月、PlayStation 4 / 2017年11月、Steam)

2021年5月21日 (金) 02:59時点における版

Team NINJA(チームニンジャ)は、コーエーテクモゲームス(旧テクモ)のコンピュータゲームを開発する社内チームである。主にアクションゲームを開発し、代表作に『デッド オア アライブ シリーズ』と『NINJA GAIDEN』シリーズがある。

チーニンの略称でも呼ばれる。開発したタイトルには年齢制限の高いものが多い。

歴史

最初の作品は、1996年アーケードゲームとしてリリースされた格闘ゲームデッド オア アライブ』。女性キャラクターの魅力を前面に打ち出したこの作品は、テクモの主力製品としての地位を確立させた。 Team NINJAの製作した同シリーズはアーケードゲームのみならず、家庭用ゲームとしても多くのシリーズ作品が発売されている。

また、Team NINJAは、2004年1995年以来休止していた同社のゲームシリーズ『忍者龍剣伝』を復活させ、名称を日本国外の名称で発売されていた『NINJA GAIDEN』に統一し、Xbox向けに発売した。日本ではあまり振るわなかったものの、国外ではゲーム情報ウェブサイトで2004年のハード別最優秀アクションゲーム賞に選ばれた[1]

『デッド オア アライブ』『NINJA GAIDEN』の両シリーズは、統括部長を務めていた板垣伴信の指揮の下、XboxとXbox 360向けの独占タイトルとして供給されていた。一方で、板垣が関わらずに開発されたとする『NINJA GAIDEN Σ』が2007年に発売されている。また、翌年にはニンテンドーDSにも、早矢仕洋介をプロデューサー兼ディレクターとして『NINJA GAIDEN Dragon Sword』が発売されている。

しかし2008年に、板垣がテクモに対して賃金(成功報酬)未払いと名誉毀損を理由に訴訟(参照:テクモ#訴訟)を起こしたと発表。板垣の声明文には7月1日にテクモを自主退職するとも書かれていたが、それを待たずして6月18日にテクモより解雇された。板垣はこれを不当解雇として、訴訟の賠償請求額を引き上げた[2]。この裁判は2010年2月に、和解により解決した[3]

テクモはTeam NINJA創設者である板垣伴信の退社に追随して数十名が退社するとの海外の一部メディアにおける報道に対して主要な人材の流出はないと発表した[4]。しかし、およそ一年後の2009年5月に報道された板垣らへのインタビューによると、Team NINJAスタッフのうち『NINJA GAIDEN2』を制作したプロデューサーの岡本好古やディレクターの江原克則、松井宏明らを含む数十名以上が既にテクモを退社しており、板垣と共に新しい開発チーム(当時の仮称は「東京バイキング」)を設立したと明らかにしている[5]。その後、2010年3月になって板垣の所属する新会社ヴァルハラゲームスタジオの存在が正式発表された。

板垣の後任の統括部長には長谷川仁が就いたが、遅くとも2009年3月時点で早矢仕洋介がチームリーダーとなっている[6]2010年には任天堂発売の『メトロイド アザーエム』(Wii)を開発した。2011年には『デッド オア アライブ ディメンションズ』、2012年には『NINJA GAIDEN 3』、『デッド オア アライブ5』が発売された。

開発タイトル

括弧内は日本における発売年月と対応機種

デッド オア アライブ

格闘ゲーム。企画発案は江原克則であり、江原は板垣と共にシリーズを通してディレクターを務めた。

デッド オア アライブ エクストリーム

本編である格闘ゲームDEAD OR ALIVEのキャラクターが登場するスピンオフ作品。

NINJA GAIDEN

忍者龍剣伝』を蘇らせた3Dアクションゲーム。1・2は板垣伴信がプロデュースし、Σ系と3は早矢仕洋介がプロデューサーを務める。

その他のタイトル

スタッフ

  • 早矢仕洋介(チームリーダー、『NINJA GAIDEN Σ』ディレクター)
  • 齊藤豊(『NINJA GAIDEN Dragon Sword』アートディレクター)

かつて在籍していたスタッフ

板垣ゲームズ

ヴァルハラゲームスタジオ

  • 松井宏明(『DEAD OR ALIVE』・『DEAD OR ALIVE 2』・『DEAD OR ALIVE 3』・『DEAD OR ALIVE Ultimate』・『DEAD OR ALIVE 4』・『NINJA GAIDEN 1』・『NINJA GAIDEN 2』ディレクター)

角川ゲームス

ソレイユ

  • 岡本好古(元 副部長、『NINJA GAIDEN 2』プロデューサー)
  • 江原克則(『DEAD OR ALIVE』・『DEAD OR ALIVE 2』・『DEAD OR ALIVE 3』・『DEAD OR ALIVE Ultimate』・『DEAD OR ALIVE 4』・『NINJA GAIDEN 1』・『NINJA GAIDEN 2』ディレクター)

出典

  1. ^ IGN Xbox Best of 2004 Awards” (英語). IGN (2005年1月16日). 2008年6月3日閲覧。
    Electronic Gaming Monthly and Computer Gaming World Announce the Best Games of 2004” (英語). Ziff Davis (2005年2月8日). 2008年6月3日閲覧。
  2. ^ 板垣側がゲーム系ブログサイトkotaku(英語サイト)で公開した裁判所に提出した証拠資料と声明文(日本語)より。
  3. ^ 板垣伴信氏とテクモの訴訟で和解が成立(ファミ通.com 2010年2月26日) 詳細な和解条件は非公開
  4. ^ テクモ株式会社 プレスリリース(PDF)
  5. ^ 1UP.com(英語サイト)の板垣・松井・江原・岡本の4名へのインタビュー記事より。松井、江原とはDEAD OR ALIVE、NINJA GAIDENを板垣と共に創りあげた生え抜きのスタッフである。その松井宏明(2008年7月に退社)によると、彼らの新チーム「東京バイキング」にいる人数は、Team NINJA脱退者だけでアメリカンフットボールにおけるオフェンス専門とディフェンス専門のチームが作れる人数としている(インタビュアーは松井に「少なくとも22人いるということですね」と相槌を打っている)。
  6. ^ 『NINJA GAIDEN Σ2』、プレイステーション3で今秋に発売決定”. ファミ通.com (2009年3月25日). 2017年6月20日閲覧。
  7. ^ 「仁王」(プレイステーション3)究極のアクションエンタテインメント発売決定!~シブサワ・コウ、“PS3”への意気込みを語る~(コーエーINFORMATION、2005年5月18日)
  8. ^ シブサワ・コウ×Team NINJAで『仁王』が再始動【TGS2010】(ファミ通.com、2010年9月17日)
  9. ^ コーエーテクモゲームス,「仁王」をPlayStaion 4独占で,2016年内にリリースすると発表(4gamer.net、2015年9月15日)

外部リンク