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甯子自身は、日本赤十字社副総裁であり、学習院女子部の[[同窓会]]・[[常磐会]]の会長でもある<ref>{{cite news |title=平成26年度常磐会役員(全員 非常勤)|author= |agency=|publisher=一般社団法人常磐会 |date=|url=http://www.tokiwakai.org/11.html|accessdate=2014-7-18}}</ref><ref>{{cite news |title=同級生交歓 学習院初等科|author= |agency=|publisher=文藝春秋 |date=2014-7-16|url=http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/1069|accessdate=2014-7-18}}</ref>。また、[[1998年]](平成10年)には[[長野オリンピック]]選手村[[名誉市長#名誉村長|名誉村長]]を務めた。 |
甯子自身は、日本赤十字社副総裁であり、学習院女子部の[[同窓会]]・[[常磐会]]の会長でもある<ref>{{cite news |title=平成26年度常磐会役員(全員 非常勤)|author= |agency=|publisher=一般社団法人常磐会 |date=|url=http://www.tokiwakai.org/11.html|accessdate=2014-7-18}}</ref><ref>{{cite news |title=同級生交歓 学習院初等科|author= |agency=|publisher=文藝春秋 |date=2014-7-16|url=http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/1069|accessdate=2014-7-18}}</ref>。また、[[1998年]](平成10年)には[[長野オリンピック]]選手村[[名誉市長#名誉村長|名誉村長]]を務めた。 |
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実弟[[寬仁親王]]の妃[[ |
実弟[[寬仁親王]]の妃[[寬仁親王妃信子|信子]]は[[内閣総理大臣]]経験者の[[麻生太郎]]の妹であるが、夫の実兄である[[細川護熙]]もまた内閣総理大臣経験者である。また、実の妹である[[千容子]]は[[裏千家]]宗家[[千宗室 (16代)|16世千宗室]]の妻であるが、一方で夫の異母妹である千明子は[[表千家]]宗家千宗左(14代)の妻である。 |
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== 系譜 == |
== 系譜 == |
2021年4月27日 (火) 14:49時点における版
甯子内親王 | |
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続柄 | 三笠宮崇仁親王第一女子 |
身位 | 内親王 → 降嫁 |
敬称 | 殿下 → 降嫁 |
お印 | 楠 |
出生 |
1944年4月26日(80歳) 日本・静岡県沼津市 沼津御用邸 |
配偶者 | 近衛忠煇(細川護煇) |
子女 | 近衞忠大 |
父親 | 三笠宮崇仁親王 |
母親 | 三笠宮妃百合子 |
近衞 甯子(このえ やすこ、1944年〈昭和19年〉4月26日 - )は、日本の元皇族。三笠宮崇仁親王と同妃百合子の第一女子。旧名・甯子内親王。お印は楠。勲等は勲一等[1]。学位は文学士(学習院大学)。昭和天皇の姪、上皇明仁の従妹にあたる。夫は、近衛忠煇(日本赤十字社社長)。
人物・来歴
幼児期は、貞明皇后(大正天皇の皇后)を「おばばさま」と慕い、孫の中でも特に可愛がられた。たびたび大宮御所を訪問し、一緒に羽根つきやままごと遊びをしたという(貞明皇后没時7歳)[2]。
聖心女子学院幼稚園(現在は廃園)、学習院初等科、学習院女子中等科、同高等科を経て、学習院大学文学部イギリス文学科に入学。
久邇朝宏(久邇宮)、東園基治(明治天皇曾孫)、東郷和彦(元オランダ大使)は、学習院初等科時代の同級生。
学習院大学在学中の1966年(昭和41年)12月18日、日本赤十字社職員だった(後に社長)近衞忠煇と結婚し、民間人となった[3]。その後、大学を卒業した。
甯子自身は、日本赤十字社副総裁であり、学習院女子部の同窓会・常磐会の会長でもある[4][5]。また、1998年(平成10年)には長野オリンピック選手村名誉村長を務めた。
実弟寬仁親王の妃信子は内閣総理大臣経験者の麻生太郎の妹であるが、夫の実兄である細川護熙もまた内閣総理大臣経験者である。また、実の妹である千容子は裏千家宗家16世千宗室の妻であるが、一方で夫の異母妹である千明子は表千家宗家千宗左(14代)の妻である。
系譜
甯子内親王 | 父: 崇仁親王(三笠宮) |
祖父: 大正天皇 |
祖母: 貞明皇后 | ||
母: 百合子 |
祖父: 高木正得 | |
祖母: 高木邦子 |
脚注
注釈・出典
- ^ 昭和39年4月30日『官報』第11211号「叙位・叙勲」
- ^ 「在りし日の御日常 不幸な人々に慈しみ 御霊まいりに明け暮れ」『朝日新聞』昭和26年5月18日1面
- ^ 昭和41年12月18日宮内庁告示第7号「甯子内親王殿下が結婚のため皇族の身分を離れられる件」
- ^ “平成26年度常磐会役員(全員 非常勤)”. 一般社団法人常磐会 2014年7月18日閲覧。
- ^ “同級生交歓 学習院初等科”. 文藝春秋. (2014年7月16日) 2014年7月18日閲覧。
外部リンク
- 学習院における国際化と女子教育について 常磐会 - 近衞甯子インタビュー、学習院タイムズ