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'''雰囲気'''(ふんいき、{{lang-en|atmosphere}})は、ある特定の場所や人物を取り巻いている[[気分]]的なものを指す語・[[概念]]である<!--本文(主に「語誌」の要約-->。類義語としてはムード({{lang-en|mood}})が挙げられる{{sfn|佐藤|2013}}<!--文献全体-->。もとは[[オランダ語]]の{{lang|nl|Lucht}}の訳語として[[大気]]を意味する語であり<!--「語誌」-->、[[化学]]においては{{lang|en|atmosphere}}の訳語として、ある特定の[[気体]]やそれで満たされた状態を指す{{sfn|コトバンク|loc=雰囲気(精選版 [[日本国語大辞典]])}}{{sfn|コトバンク|loc=atmosphere}}{{sfn|英辞郎}}。その他雰囲気と訳される語としては、英語の{{lang|en|ambience}}{{sfn|コトバンク|loc=ambience}}、[[ドイツ語]]の{{lang|de|[[:de:Atmosphäre (Ästhetik)|Atmosphären]]}}{{sfn|立野|2011|p=17}}や{{lang|de|[[:de:Stimmung|Stimmung]]}}{{sfn|八幡|2017}}などが挙げられる。 |
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{{字引|date=2019年6月}} |
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'''雰囲気'''(ふんいき)、{{lang-en-short|ambience}}、ムード、mood)は、ある特定の場所や事物、人物を取り巻いて、感じられる[[光]]や[[音]]、[[匂い]]、気配などを総体として捉えて語ったもの。 |
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== 語誌と定義 == |
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[[化学]]でいう'''雰囲気'''({{lang-en-short|atmosphere}})は、ある特定の[[気体]]やそれを主とした混合気体の状態、またはその気体の条件下にある状態を指す。 |
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前近代においては、オランダ語の{{lang|nl|Lucht}}の訳語として、『[[気海観瀾]]』(1827年){{efn2|<q>雰囲気者、不<sub>下</sub>啻交<sub>中</sub>諸雰気蒸気之自<sub>レ</sub>地升騰者<sub>上</sub>、気之原質亦不<sub>レ</sub>一</q>。}}などにおいて(とくに地球の)[[大気]]の意味で用いられていた<!--{{sfn|コトバンク|loc=雰囲気(精選版 [[日本国語大辞典]])}}-->。その後[[明治]]初期に英語の{{lang|en|atmosphere}}{{efn2|ギリシア語の{{lang|el|ἀτμός}}(蒸気)と{{lang|el|σφαῖρα}}(球体)の合成語である17世紀のラテン語{{lang|la|atmosphaera}}に由来し、これは気象現象関連の語であった{{sfn|Gandy|2017}}{{sfn|青木|2017|p=106}}。中国語では{{lang|zh|气氛}}(日本語の気分に相当)や{{lang|zh|氛围}}(日本語の常用漢字の分囲に当たり、意味は日本語の雰囲気に相当)と訳されるが、{{lang|zh|氛}}の原義は霧や曇りであり、気象関連の語と見做せる{{sfn|青木|2017|p=106 & 120}}。}}の訳語として一般化し、明治末期ごろにはある特定の場所や人物の周りに作り出される特別な[[気分]]・ムードなどの意味{{efn2|以下本記事では、この意味ににおける雰囲気を中心に記述する。}}が定着するようになった{{sfn|コトバンク|loc=雰囲気(精選版 [[日本国語大辞典]])}}。 |
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19世紀以前から、場所についての雰囲気的な感覚は詩・日記・旅行記などにおいて描写されてきたが、それらが雰囲気という語に集約され定着したのは20世紀である<!--{{sfn|滝波|2018|p=29}}-->。雰囲気は、[[風景]]・[[場所 (地理学)|場所]]・[[境界#地理|境界]]・[[距離]]といった[[概念]]とは異なりそれを指す語が用いられるようになって初めて認識されるような概念であり、雰囲気の語が多用されることにより雰囲気に対する関心が高まった考えられる{{sfn|滝波|2018|p=29}}。 |
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雰囲気は、実体を持たない曖昧な概念であるため、言語的に表現することは難しいとされる{{sfn|木村ら|2007|p=1}}{{sfn|片上ら|2016|p=143}}{{sfn|木下|2017|p=192}}。[[#人文学における「雰囲気」|後述]]の[[ゲルノート・ベーメ]]は、[[芸術]]についての言説においては言語化しにくいものを表現するために消極的かつ安易に雰囲気{{small|({{lang|de|[[:de:Atmosphäre (Ästhetik)|Atmosphären]]}})}}の語が使用されていると指摘しつつ、日常において用いられる雰囲気の語については<q>ある意味で何か不明確なもの、茫洋としたものだが、決してそれが何であるのかがはっきりしないのではなく、そのものの性格を表</q>すものとして積極的な役割を果たしていると評価している{{sfn|古川|2005|p=90}}。雰囲気の定義の例としては辞書的なもの以外に、次のようなものが挙げられる。 |
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* {{harvtxt|大村ら|2014|p=1}} は音楽生成システムについての研究において、[[生活環境]]のなかで様々な[[知覚]]において得られる[[感覚]]の一つであるとしたうえで、<q>環境から知覚される[[情報]]の総体</q>として定義する。 |
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* {{harvtxt|西藤|神宮|2015|p=21}} による[[官能検査|官能評価]]についての研究においては、刺戟と反応の曖昧な関係において連続的に変化する<q>場面を全体として受けとめて実感を伴う[[意識]]状態</q>ないし<q>[[感情]]・情緒や[[意志]]と関係する複雑な多[[感覚]]情報</q>とされる。 |
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また、雰囲気の類義語としては英語の{{lang|en|mood}}からの[[借用語]]であるムードが挙げられ、部分に還元されない全体から感じ取られる対象の性質という意味特徴をこれらの2語は共有するが、ムードは<q>人間の情緒や感情に由来する</q>という制約を持つ{{efn2|たとえば、人間の存在が希薄な「アマゾンのジャングル」「夜中の学校」「無人駅」などと組み合わせる場合や、「逃走した容疑者」についてなど客観的な情報を求める場合には、「ムード」の語は不自然となる{{sfn|佐藤|2013|pp=50-51}}。}}点で雰囲気とは異なる{{sfn|佐藤|2013|pp=48 & 50}}。なお哲学などにおいては、気分などとも訳される[[ドイツ語]]の{{lang|de|[[:de:Stimmung|Stimmung]]}}の訳語としても用いられ、日常語とは異なる意味合いで用いられることもあるため、[[#人文学における「雰囲気」|次節]]を参照されたい{{sfn|八幡|2017}}{{sfn|古川|2016|p=39}}。 |
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現代においては、雰囲気の語に含まれる「ンイ」という音の並びは発音しにくい{{efn2|「ンイ」を含む語の発音の変化の例としては、全員(ぜいいん)や原因(げいいん)なども挙げられる{{sfn|大修館書店|n.d.}}。}}ことから、[[誤用|誤って]]「ふいんき」と読まれることが増えている{{sfn|大修館書店|n.d.}}{{sfn|マイナビ|2018}}{{sfn|コトバンク|loc=雰囲気([[デジタル大辞泉]])}}。 |
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== 人文学における「雰囲気」 == |
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{{see also|気分#哲学における「気分」|情動}} |
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本節では、[[哲学]]や[[美学]]・[[人文地理学]]における雰囲気[[概念]]について概観する。 |
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[[フリードリヒ・シェリング]]は[[風景画]]論において[[アウグスト・ヴィルヘルム・シュレーゲル]]を引きつつ、主観と客観の音楽的統一として雰囲気{{small|({{lang|de|[[:de:Stimmung|Stimmung]]}})}}について論じている{{sfn|八幡|2017}}{{sfn|八幡|2018|pp=37 & 39-40}}。[[ルートヴィヒ・ビンスワンガー]]や{{仮リンク|ステファン・シュトラッサー|de|Stephan Strasser}}{{efn2|[[オーストリア]]出身の[[哲学者]](1905年 - 1991年)。[[トマス・アクィナス]]や後期[[エトムント・フッサール|フッサール]]の影響を受け、現象学的心理学を提唱した{{sfn|木田ら編|1994|p=525r|loc=シュトラッサー}}{{sfn|コトバンク|loc=ステファン シュトラッサー(20世紀西洋人名事典)}}。}}は[[マルティン・ハイデッガー]]の『[[存在と時間]]』に依拠し、内–外・[[主体と客体|主–客]]の区別を超越し、[[気分]]と互いに超越し合うものとして雰囲気を捉えた{{sfn|魚住|1994}}。[[フーベルトゥス・テレンバッハ]]は『味と雰囲気』において[[口|口腔]]感覚に着目し、[[嗅覚]]や[[味覚]]といった雰囲気的なものが感知されることによって人と世界との出会いが準備されると考察している{{sfn|魚住|1994}}{{sfn|片上ら|2016}}。[[オットー・フリードリッヒ・ボルノウ]]は、[[場所 (地理学)|場所]]の雰囲気{{small|({{lang|de|Stimmung}})}}と人間心理とが相互に作用するとし{{sfn|滝波|2018|p=28}}、[[ヘルマン・シュミッツ]]は、[[感情]]を[[内面]]的なものとして扱う西欧思想を批判したうえで、感情はあらゆる場所において[[空間]]に溢れ出る雰囲気的なものであり、それは身体の揺れ動きにより感知されると主張した{{sfn|魚住|1994}}{{sfn|古川|2005|p=91}}{{sfn|片上ら|2016|p=147}}。 |
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ボルノウとは対称的なのが[[ジャン・ボードリヤール]]やディーン・マッカネル{{small|({{lang|en|Dean MacCannell}})}}で、[[消費社会]]や[[観光産業]]について論じる中で、雰囲気を[[記号学|記号的]]・[[表象|表象的]]なものと見做している{{sfn|滝波|2018|pp=28-29}}。1990年代においては、雰囲気を[[イメージ]]と捉える傾向が優勢となった{{sfn|滝波|2018|p=29}}。 |
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[[File:Gernot Böhme mit Schaal.JPG|thumb|100px|ベーメ]] |
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[[ゲルノート・ベーメ]]はシュミッツを継承しつつ{{efn2|シュミッツの雰囲気概念は感情を指すのに対し、ベーメの雰囲気概念はより日常語のそれと近く、両者の間には相違点も見られる{{sfn|古川|2016|p=39}}。}}[[現象学]]の立場から、感情的・空間的な性質をもつものとして雰囲気{{small|({{lang|de|[[:de:Atmosphäre (Ästhetik)|Atmosphären]]}})}}を学術的な概念として導入した{{sfn|古川|2005|pp=89-92}}{{sfn|片上ら|2016}}。そこで雰囲気は、[[自己]]の外部たる周囲から襲い掛かり自己に情感を齎すものと定義づけられ、主–客の中間的な位置づけの準物体{{small|({{lang|de|Halbding}})}}という存在身分に置くものとされる{{sfn|立野|2011|pp=17-19}}{{sfn|立野|2014|p=142}}{{sfn|古川|2016|p=39}}。ベーメにおいては[[美]]も雰囲気の一種であり、『雰囲気と美学』では夕暮れ・都市・音響・コミュニケーションにおける雰囲気を考察の対象としている{{sfn|立野|2011|pp=14 & 22f.}}{{sfn|片上ら|2016|p=147}}。ベーメは、イメージを媒介として雰囲気が伝えられるとし、町の雰囲気は音や光などの道具によっても演出可能ではあるとする一方で、町の雰囲気について、非視覚的な要素により構成される個性や感覚的に知られる日常生活であるともしており、そこにはボルノウらにつながる雰囲気を深い感情的なものと捉える考え方も残っている{{sfn|立野|2011|pp=21-22}}{{sfn|立野|2014|p=142}}{{sfn|滝波|2018|pp=28-29}}。 |
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以上のように雰囲気は、記号的な側面と感情的な側面との二面から捉えられる{{sfn|滝波|2018|p=29}}。2003年のフランス語の[[地理学]]事典の「建築や都市の雰囲気{{small|({{lang|fr|Ambiance architecturale et urbaine}})}}」の項においてパスカル・アンフ―{{small|({{lang|fr|Pascal Amphoux}})}}は、現代性の雰囲気(若さや弾けること)と固有性の雰囲気(情緒や[[風土]])という両義性において雰囲気を捉え、前者を幻想にすぎないと批判する一方で、後者についても、[[現実]]そのものであるとしつつ、場所の[[神秘]]化という危険性を孕んでいると述べている{{sfn|滝波|2018|p=29}}。なお、雰囲気を場の固有性とする定義は、{{harvtxt|山内|清水|2010}} にも見られる。 |
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[[日本]]においては、[[小川侃]]が現象学の立場から日本語の[[気]]に着目した論考をおこなっているほか、[[佐々木健一 (美学者)|佐々木健一]]も注目するなど、21世紀初頭現在、美学における雰囲気についての研究が増加している{{sfn|片上ら|2016|p=147}}{{sfn|青木|2017|p=107}}。{{harvtxt|青木|2017}} は、[[西ヨーロッパ|西欧]]的な[[風景]]{{small|({{lang|en|landscape}})}}では大地や山・河川・湖沼といった<q>世界を安定的に形成している自然の構造</q>が重視されるのに対し、[[東アジア]]的な景色においては気象・季節・明暗の変化といった<q>[[五感]]で捉えられる情調</q>としての雰囲気が重視されると指摘する{{sfn|青木|2017|p=114}}。ベーメは雰囲気の美学が欧米で注目されていない原因を西欧哲学の[[実体]]重視志向に見ており、青木はドイツの雰囲気研究について西欧の物志向に由来する違和感を表明している{{sfn|青木|2017|pp=120-121}}。 |
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{{see also|場の空気}} |
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[[会話]]における雰囲気は、{{仮リンク|話者交換|en|Turn-taking}}時の振る舞いにより変化し、[[表情]]に大きな影響を受ける{{sfn|木村ら|2007|p=5}}{{sfn|片上ら|2016|p=146}}。[[コミュニケーション]]の場においては、言葉・表情・視線・頷きなどを通して、本人が関わる会話だけでなく[[他者]]同士の会話からも、雰囲気を容易に読み取ることが可能である{{sfn|木村ら|2007|p=1}}{{sfn|片上ら|2016|p=143}}。また、人は次に生じうる雰囲気を意識的・[[無意識]]的に予測しながらコミュニケーションをおこなっている{{sfn|片上ら|2016|p=143}}。雰囲気をうまく読み取れていないと捉えられた言動は「[[場の空気|空気]]が読めない(KY)」と揶揄的に表現される{{sfn|木村ら|2007|p=1}}。 |
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[[学級]]・[[授業]]や会社の[[オフィス]]においても雰囲気は重要とされ、関連する研究がなされている{{sfn|大久保ら|2013|p=29}}{{sfn|片上ら|2016|p=147}}{{sfn|木下|2017|p=192}}。教育研究においては、[[学級風土]]研究や学級雰囲気が学習の[[動機づけ]]に及ぼす影響についての研究などが中心的に行われてきた{{sfn|岸ら|2010|p=45}}。学級の雰囲気についての[[心理学]]的研究は、雰囲気を測定の対象とするもの(学級風土研究)が主流であったが、それらの研究においては雰囲気そのものについての[[概念]]的理解が不足しており、[[参与観察|参与]]を重視し雰囲気を記述的に書き留める[[定性的研究|質的研究]]においても、「場の全体性と見込まれ雰囲気」が[[対象|対象化]]・[[客観性 (哲学)|客観化]]され、場・事物・他者が「雰囲気の伝達に必要な諸特徴や諸要素」として扱われるようになってしまっていると{{harvtxt|木下|2017|pp=192-193}} は指摘する。また[[学級崩壊]]などの問題を考える上では、行動の背景にある授業の雰囲気が重要であると{{harvtxt|岸ら|2010|p=46}} は指摘する。授業における雰囲気についての研究は、ネッド・A・フランダース{{small|({{lang|en|Ned A. Flanders}})}}によるもの(1970年)など授業中の教師と児童の発話研究が中心であり、そのほか児童や第三者に雰囲気を評定させる研究なども行われている{{sfn|大久保ら|2013|p=29}}。さらに{{harvtxt|大久保ら|2013|p=29}} は、教師の[[非言語コミュニケーション|非言語行動]]と雰囲気の形成との関連についても焦点を当てる必要があると述べる。 |
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== その他の分野における雰囲気 == |
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{{harvtxt|坂井ら|2018|p=1}} は、空間の雰囲気を形成する要素として[[視覚]]情報とともに[[聴覚]]情報が重要であるとし、[[バックグラウンドミュージック|BGM]]により少ない労力で雰囲気を変えることができるとする。{{harvtxt|片上ら|2016|p=145}} は、[[エリック・サティ]](「[[家具の音楽]]」など)や[[ジョン・ケージ]]、あるいは[[ブライアン・イーノ]]が提唱した[[環境音楽]]などに、作曲家による雰囲気の解釈や雰囲気の生成の試みが見られるとする。 |
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[[人工知能]]や親和型[[ロボット]]の開発においては、雰囲気を[[測定]]・[[評価]]する手法が必要とされ、関連する研究もなされている{{sfn|西藤|神宮|2013|p=36}}{{sfn|aueki|2016}}。また、[[遠距離恋愛|離れて暮らす恋人]]や家族との[[コミュニケーション]]や[[テレワーク]]において雰囲気を[[通信|伝達]]するためのシステムについても開発がおこなわれている{{sfn|櫻井|2012|p=46}}{{sfn|片上ら|2016|pp=144-145}}。2013年以降片上大輔らを中心に、'''雰囲気工学'''({{lang|en|Mood Engineering}})の名の下、<q>人工的な雰囲気の[[工学]]的な[[モデル (自然科学)|モデル]]を作成すること</q>を目指し、分野横断的な研究活動が行われている{{sfn|片上|2016}}。 |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
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<references /> |
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=== 出典 === |
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{{reflist|20em}} |
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== 参考文献 == |
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;書籍、論文など |
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:* {{cite book|和書|date=1994-03-15|title=現象学事典|publisher=[[弘文堂]]|editor=[[木田元|木田, 元]]、[[村田純一|村田, 純一]]、[[野家啓一|野家, 啓一]]、[[鷲田清一|鷲田, 清一]]|isbn=4-335-15033-4|ref={{sfnref|木田ら編|1994}}}} |
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:** {{wikicite|reference=魚住, 洋一「雰囲気」、415頁。|ref={{sfnref|魚住|1994}}}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2005|last=古川|first=裕朗|title=ヘルマン・シュミッツとゲルノート・ベーメの雰囲気概念をめぐって|journal=人間環境学研究|publisher=[[広島修道大学]]|volume=3|issue=2|pages=89-101|naid=110006238223|ref=harv}} |
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:* {{wikicite|reference=木村,幸士、湯浅,将英、武川,直樹「[https://hai-conference.net/proceedings/HAI2007/html/paper/paper-1e-3.html 多人数エージェントによる会話の雰囲気生成 — 文字ばっかり読んでないで空気読め]」『HAIシンポジウム2007』、HAIシンポジウム2007プログラム実行委員会、2007年、1E-3、{{naid|10020185233}}。|ref={{sfnref|木村ら|2007}}}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2010|last=山内|first=貴博|last2=清水|first2=泰博|authorlink=清水泰博|title=場の固有性|journal=日本デザイン学会研究発表大会概要集|publisher=日本デザイン学会|volume=57|doi=10.11247/jssd.57.0.H17.0|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2010-06-30|last=岸|first=俊行|last2=澤邉|first2=潤|last3=大久保|first3=智生|last4=野嶋|first4=栄一郎|title=学生・教師を対象とした異なる学級における授業雰囲気の検討 — 授業雰囲気尺度の作成と授業雰囲気の第三者評定の試み|journal=日本教育工学会論文誌|publisher=[[日本教育学会|日本教育工学会]]|volume=34|issue=1|pages=45-54|doi=10.15077/jjet.KJ00006440131|ref={{sfnref|岸ら|2010}}}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2012-10-01|last=櫻井|first=広幸|title=テレワークの職場環境評価とICTツールの直感的な操作 — 超臨場感テレワークに向けて|journal=日本テレワーク学会誌|publisher=日本テレワーク学会|volume=10|issue=2|pages=46-52|doi=10.24505/jats.10.2_46|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2013-03-01|last=佐藤|first=琢三|title=外来語研究における意味分析 —『ムード』と『雰囲気』の類義分析による事例研究|journal=学習院女子大学紀要|publisher=[[学習院女子大学]]|issue=15|pages=45-56|naid=120005405993|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2013-12-20|last=大久保|first=智生|authorlink=大久保智生|last2=岸|first2=俊行|authorlink2=岸俊行|last3=澤邉|first3=潤|last4=野嶋|first4=栄一郎|title=第三者による授業雰囲気の評定と教師の非言語行動との関連|journal=日本教育工学会論文誌|publisher=[[日本教育学会|日本教育工学会]]|volume=37|issue=Suppl.|pages=29-32|doi=10.15077/jjet.KJ00009957507|ref={{sfnref|大久保ら|2013}}}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2011-03-31|last=立野|first=良介|title=雰囲気としての美 — G. ベーメの『新しい美学』の立場から|journal=文芸学研究|publisher=文芸学研究会|issue=15|pages=14-45|doi=10.18910/50936|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2013-04-15|last=西藤|first=栄子|last2=神宮|first2=英夫|authorlink2=神宮英夫|title=雰囲気を官能評価するための試み|journal=日本官能評価学会誌|publisher=[[日本官能評価学会]]|volume=17|issue=1|pages=36-43|doi=10.9763/jjsse.17.36|ref=harv}} |
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:* {{wikicite|reference=大村, 英史、柴山, 拓郎、高橋, 達二、澁谷, 智志、二藤, 宏美、[[古川聖|古川, 聖]]「エントロピーに基づいた音の構造化による音楽生成システムの開発」『人工知能学会全国大会論文集』JSAI2014、[[人工知能学会]]、2014年、2L5-OS-27b-2、{{doi|10.11517/pjsai.JSAI2014.0_2L5OS27b2}}。|ref={{sfnref|大村ら|2014}}}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2014-12-31|last=立野|first=良介|title=雰囲気とイメージ — G・ベーメのイメージ論|journal=美学|publisher=美学会|volume=65|issue=2|page=142|doi=10.20631/bigaku.65.2_142|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2015-04-15|last=西藤|first=栄子|last2=神宮|first2=英夫|authorlink2=神宮英夫|title=雰囲気の時系列官能評価 — 感動曲線描画法の有用性|journal=日本官能評価学会誌|publisher=[[日本官能評価学会]]|volume=19|issue=1|pages=20-28|doi=10.9763/jjsse.19.20|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2016-01-01|last=片上|first=大輔|last2=湯浅|first2=将英|last3=大村|first3=英史|last4=小林|first4=一樹|last5=田中|first5=貴紘|title=雰囲気工学|journal=人工知能|publisher=[[人工知能学会]]|volume=31|issue=1|pages=143-149|doi=10.11517/jjsai.31.1_143|ref={{sfnref|片上ら|2016}}}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2016-04-15|last=片上|first=大輔|title=雰囲気工学({{lang|en|Mood Engineering}})|journal=知能と情報|publisher=日本知能情報ファジィ学会|volume=28|issue=2|page=5|doi=10.3156/jsoft.28.2_50_2|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2016-09-30|last=古川|first=裕朗|title=雰囲気論の視点から見たカントの趣味判断|journal=広島修大論集|publisher=[[広島修道大学]]学術交流センター|volume=57|issue=1|doi=10.15097/00002363|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2017|last=八幡|first=さくら|title=シェリングの風景画論における雰囲気 — 主観と客観の協働として|journal=美学|publisher=[[美学会]]|volume=68|issue=2|page=153|doi=10.20631/bigaku.68.2_153|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2017|last=木下|first=寛子|title=雰囲気が言葉になる時 — 小学校の日々から始まる雰囲気の解釈学的現象学|journal=質的心理学研究|publisher=日本質的心理学会|volume=16|issue=1|pages=191-210|doi=10.24525/jaqp.16.1_191|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|date=2017-07-11|first=Matthew|last=Gandy|authorlink=:en:Matthew Gandy|title=Urban atmospheres|journal=[[:en:Cultural Geographies|cultural geographies]]|publisher=[[:en:SAGE Publishing|SAGA Publications]]|volume=24|issue=3|pages=353-374|doi=10.1177/1474474017712995|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2017-12-04|last=青木|first=孝夫|title=気象の美学 序論|journal=青山学院女子短期大学総合文化研究所年報|publisher=[[青山学院女子短期大学]]総合文化研究所|volume=25|pages=103-126|doi=10.34321/20138|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2018|last=八幡|first=さくら|title=シェリングの風景画論における気分|journal=美学|publisher=[[美学会]]|volume=69|issue=1|pages=37-48|doi=10.20631/bigaku.69.1_37|ref=harv}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2018-03-01|last=坂井|first=栞|last2=高屋|first2=英知|last3=池田|first3=圭佑|last4=川野|first4=陽慈|last5=佐藤|first5=圭|last6=山内|first6=和樹|last7=大矢|first7=隼士|last8=栗原|first8=聡|title=雰囲気を反映したBGM推薦システムの提案|journal=行動変容と社会システム|publisher=[[情報処理学会]]|volume=3|naid=170000176307|ref={{sfnref|坂井ら|2018}}}} |
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:* {{cite journal|和書|date=2018-03-30|last=滝波|first=章弘|authorlink=滝波章弘|title=雰囲気言説に関する計量テクスト分析 — フランスの案内書にみるパリの市域と郊外|journal=理論地理学ノート|publisher=空間の理論研究会|volume=20|pages=27-54|naid=120006514169|ref=harv}} |
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:<!----> |
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;ウェブページ |
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:* {{Cite web|title=atmosphereの意味・使い方・読み方|website=[[英辞郎]] on the WEB|publisher=[[アルク]]|url=https://eow.alc.co.jp/search?q=atmosphere|accessdate=2021-05-18|ref={{sfnref|英辞郎}}}} |
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==関連項目== |
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*[[空気感]] |
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*[[環境音楽]] (ambient music) |
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*[[ゲルノート・ベーメ]] |
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2021年5月24日 (月) 11:21時点における版
雰囲気(ふんいき、英語: atmosphere)は、ある特定の場所や人物を取り巻いている気分的なものを指す語・概念である。類義語としてはムード(英語: mood)が挙げられる[1]。もとはオランダ語のLuchtの訳語として大気を意味する語であり、化学においてはatmosphereの訳語として、ある特定の気体やそれで満たされた状態を指す[2][3][4]。その他雰囲気と訳される語としては、英語のambience[5]、ドイツ語のAtmosphären[6]やStimmung[7]などが挙げられる。
語誌と定義
前近代においては、オランダ語のLuchtの訳語として、『気海観瀾』(1827年)[注 1]などにおいて(とくに地球の)大気の意味で用いられていた。その後明治初期に英語のatmosphere[注 2]の訳語として一般化し、明治末期ごろにはある特定の場所や人物の周りに作り出される特別な気分・ムードなどの意味[注 3]が定着するようになった[2]。
19世紀以前から、場所についての雰囲気的な感覚は詩・日記・旅行記などにおいて描写されてきたが、それらが雰囲気という語に集約され定着したのは20世紀である。雰囲気は、風景・場所・境界・距離といった概念とは異なりそれを指す語が用いられるようになって初めて認識されるような概念であり、雰囲気の語が多用されることにより雰囲気に対する関心が高まった考えられる[11]。
雰囲気は、実体を持たない曖昧な概念であるため、言語的に表現することは難しいとされる[12][13][14]。後述のゲルノート・ベーメは、芸術についての言説においては言語化しにくいものを表現するために消極的かつ安易に雰囲気(Atmosphären)の語が使用されていると指摘しつつ、日常において用いられる雰囲気の語についてはある意味で何か不明確なもの、茫洋としたものだが、決してそれが何であるのかがはっきりしないのではなく、そのものの性格を表
すものとして積極的な役割を果たしていると評価している[15]。雰囲気の定義の例としては辞書的なもの以外に、次のようなものが挙げられる。
- 大村ら (2014, p. 1) は音楽生成システムについての研究において、生活環境のなかで様々な知覚において得られる感覚の一つであるとしたうえで、
環境から知覚される情報の総体
として定義する。 - 西藤 & 神宮 (2015, p. 21) による官能評価についての研究においては、刺戟と反応の曖昧な関係において連続的に変化する
場面を全体として受けとめて実感を伴う意識状態
ないし感情・情緒や意志と関係する複雑な多感覚情報
とされる。
また、雰囲気の類義語としては英語のmoodからの借用語であるムードが挙げられ、部分に還元されない全体から感じ取られる対象の性質という意味特徴をこれらの2語は共有するが、ムードは人間の情緒や感情に由来する
という制約を持つ[注 4]点で雰囲気とは異なる[17]。なお哲学などにおいては、気分などとも訳されるドイツ語のStimmungの訳語としても用いられ、日常語とは異なる意味合いで用いられることもあるため、次節を参照されたい[7][18]。
現代においては、雰囲気の語に含まれる「ンイ」という音の並びは発音しにくい[注 5]ことから、誤って「ふいんき」と読まれることが増えている[19][20][21]。
人文学における「雰囲気」
本節では、哲学や美学・人文地理学における雰囲気概念について概観する。
フリードリヒ・シェリングは風景画論においてアウグスト・ヴィルヘルム・シュレーゲルを引きつつ、主観と客観の音楽的統一として雰囲気(Stimmung)について論じている[7][22]。ルートヴィヒ・ビンスワンガーやステファン・シュトラッサー[注 6]はマルティン・ハイデッガーの『存在と時間』に依拠し、内–外・主–客の区別を超越し、気分と互いに超越し合うものとして雰囲気を捉えた[25]。フーベルトゥス・テレンバッハは『味と雰囲気』において口腔感覚に着目し、嗅覚や味覚といった雰囲気的なものが感知されることによって人と世界との出会いが準備されると考察している[25][26]。オットー・フリードリッヒ・ボルノウは、場所の雰囲気(Stimmung)と人間心理とが相互に作用するとし[27]、ヘルマン・シュミッツは、感情を内面的なものとして扱う西欧思想を批判したうえで、感情はあらゆる場所において空間に溢れ出る雰囲気的なものであり、それは身体の揺れ動きにより感知されると主張した[25][28][29]。
ボルノウとは対称的なのがジャン・ボードリヤールやディーン・マッカネル(Dean MacCannell)で、消費社会や観光産業について論じる中で、雰囲気を記号的・表象的なものと見做している[30]。1990年代においては、雰囲気をイメージと捉える傾向が優勢となった[11]。
ゲルノート・ベーメはシュミッツを継承しつつ[注 7]現象学の立場から、感情的・空間的な性質をもつものとして雰囲気(Atmosphären)を学術的な概念として導入した[31][26]。そこで雰囲気は、自己の外部たる周囲から襲い掛かり自己に情感を齎すものと定義づけられ、主–客の中間的な位置づけの準物体(Halbding)という存在身分に置くものとされる[32][33][18]。ベーメにおいては美も雰囲気の一種であり、『雰囲気と美学』では夕暮れ・都市・音響・コミュニケーションにおける雰囲気を考察の対象としている[34][29]。ベーメは、イメージを媒介として雰囲気が伝えられるとし、町の雰囲気は音や光などの道具によっても演出可能ではあるとする一方で、町の雰囲気について、非視覚的な要素により構成される個性や感覚的に知られる日常生活であるともしており、そこにはボルノウらにつながる雰囲気を深い感情的なものと捉える考え方も残っている[35][33][30]。
以上のように雰囲気は、記号的な側面と感情的な側面との二面から捉えられる[11]。2003年のフランス語の地理学事典の「建築や都市の雰囲気(Ambiance architecturale et urbaine)」の項においてパスカル・アンフ―(Pascal Amphoux)は、現代性の雰囲気(若さや弾けること)と固有性の雰囲気(情緒や風土)という両義性において雰囲気を捉え、前者を幻想にすぎないと批判する一方で、後者についても、現実そのものであるとしつつ、場所の神秘化という危険性を孕んでいると述べている[11]。なお、雰囲気を場の固有性とする定義は、山内 & 清水 (2010) にも見られる。
日本においては、小川侃が現象学の立場から日本語の気に着目した論考をおこなっているほか、佐々木健一も注目するなど、21世紀初頭現在、美学における雰囲気についての研究が増加している[29][36]。青木 (2017) は、西欧的な風景(landscape)では大地や山・河川・湖沼といった世界を安定的に形成している自然の構造
が重視されるのに対し、東アジア的な景色においては気象・季節・明暗の変化といった五感で捉えられる情調
としての雰囲気が重視されると指摘する[37]。ベーメは雰囲気の美学が欧米で注目されていない原因を西欧哲学の実体重視志向に見ており、青木はドイツの雰囲気研究について西欧の物志向に由来する違和感を表明している[38]。
コミュニケーションにおける雰囲気
会話における雰囲気は、話者交換時の振る舞いにより変化し、表情に大きな影響を受ける[39][40]。コミュニケーションの場においては、言葉・表情・視線・頷きなどを通して、本人が関わる会話だけでなく他者同士の会話からも、雰囲気を容易に読み取ることが可能である[12][13]。また、人は次に生じうる雰囲気を意識的・無意識的に予測しながらコミュニケーションをおこなっている[13]。雰囲気をうまく読み取れていないと捉えられた言動は「空気が読めない(KY)」と揶揄的に表現される[12]。
学級・授業や会社のオフィスにおいても雰囲気は重要とされ、関連する研究がなされている[41][29][14]。教育研究においては、学級風土研究や学級雰囲気が学習の動機づけに及ぼす影響についての研究などが中心的に行われてきた[42]。学級の雰囲気についての心理学的研究は、雰囲気を測定の対象とするもの(学級風土研究)が主流であったが、それらの研究においては雰囲気そのものについての概念的理解が不足しており、参与を重視し雰囲気を記述的に書き留める質的研究においても、「場の全体性と見込まれ雰囲気」が対象化・客観化され、場・事物・他者が「雰囲気の伝達に必要な諸特徴や諸要素」として扱われるようになってしまっていると木下 (2017, pp. 192–193) は指摘する。また学級崩壊などの問題を考える上では、行動の背景にある授業の雰囲気が重要であると岸ら (2010, p. 46) は指摘する。授業における雰囲気についての研究は、ネッド・A・フランダース(Ned A. Flanders)によるもの(1970年)など授業中の教師と児童の発話研究が中心であり、そのほか児童や第三者に雰囲気を評定させる研究なども行われている[41]。さらに大久保ら (2013, p. 29) は、教師の非言語行動と雰囲気の形成との関連についても焦点を当てる必要があると述べる。
その他の分野における雰囲気
坂井ら (2018, p. 1) は、空間の雰囲気を形成する要素として視覚情報とともに聴覚情報が重要であるとし、BGMにより少ない労力で雰囲気を変えることができるとする。片上ら (2016, p. 145) は、エリック・サティ(「家具の音楽」など)やジョン・ケージ、あるいはブライアン・イーノが提唱した環境音楽などに、作曲家による雰囲気の解釈や雰囲気の生成の試みが見られるとする。
人工知能や親和型ロボットの開発においては、雰囲気を測定・評価する手法が必要とされ、関連する研究もなされている[43][44]。また、離れて暮らす恋人や家族とのコミュニケーションやテレワークにおいて雰囲気を伝達するためのシステムについても開発がおこなわれている[45][46]。2013年以降片上大輔らを中心に、雰囲気工学(Mood Engineering)の名の下、人工的な雰囲気の工学的なモデルを作成すること
を目指し、分野横断的な研究活動が行われている[47]。
脚注
- ^
雰囲気者、不下啻交中諸雰気蒸気之自レ地升騰者上、気之原質亦不レ一
。 - ^ ギリシア語のἀτμός(蒸気)とσφαῖρα(球体)の合成語である17世紀のラテン語atmosphaeraに由来し、これは気象現象関連の語であった[8][9]。中国語では气氛(日本語の気分に相当)や氛围(日本語の常用漢字の分囲に当たり、意味は日本語の雰囲気に相当)と訳されるが、氛の原義は霧や曇りであり、気象関連の語と見做せる[10]。
- ^ 以下本記事では、この意味ににおける雰囲気を中心に記述する。
- ^ たとえば、人間の存在が希薄な「アマゾンのジャングル」「夜中の学校」「無人駅」などと組み合わせる場合や、「逃走した容疑者」についてなど客観的な情報を求める場合には、「ムード」の語は不自然となる[16]。
- ^ 「ンイ」を含む語の発音の変化の例としては、全員(ぜいいん)や原因(げいいん)なども挙げられる[19]。
- ^ オーストリア出身の哲学者(1905年 - 1991年)。トマス・アクィナスや後期フッサールの影響を受け、現象学的心理学を提唱した[23][24]。
- ^ シュミッツの雰囲気概念は感情を指すのに対し、ベーメの雰囲気概念はより日常語のそれと近く、両者の間には相違点も見られる[18]。
出典
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参考文献
- 書籍、論文など
-
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