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「鉄原駅」の版間の差分

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'''鉄原駅'''(チョルウォンえき)は[[大韓民国]][[江原道 (南)|江原道]][[鉄原郡 (南)|鉄原郡]]にあった[[京元線]]の[[鉄道駅|駅]]([[廃駅]])である。[[1950年]]に[[朝鮮戦争]]により破壊され、そのまま廃止となった。[[金剛山電気鉄道]]([[廃線]])の起点駅でもあった。
'''鉄原駅'''(チョルウォンえき)は[[大韓民国]][[江原道 (南)|江原道]][[鉄原郡]]にあった[[京元線]]の[[鉄道駅|駅]]([[廃駅]])である。[[1950年]]に[[朝鮮戦争]]により破壊され、そのまま廃止となった。[[金剛山電気鉄道]]([[廃線]])の起点駅でもあった。


当駅付近は[[軍事境界線 (朝鮮半島)#民間人統制区域|民間人統制区域]]内にあり、立ち入りが規制されている。一時期、京元線を当駅まで復活させる計画があったものの、統制区域内にあるために軍の同意が得られず、最終的に路線ルートと駅を西に移動することとなり、[[白馬高地駅]]として開業した。なお、白馬高地駅と当駅はおよそ2.5km離れている。
当駅付近は[[軍事境界線 (朝鮮半島)#民間人統制区域|民間人統制区域]]内にあり、立ち入りが規制されている。一時期、京元線を当駅まで復活させる計画があったものの、統制区域内にあるために軍の同意が得られず、最終的に路線ルートと駅を西に移動することとなり、[[白馬高地駅]]として開業した。なお、白馬高地駅と当駅はおよそ2.5km離れている。

2020年12月19日 (土) 22:30時点における版


鉄原駅
ホーム跡
ホーム跡
철원
チョルウォン
Cheorwon
地図
所在地 江原道鉄原郡
位置座標
北緯38度16分48秒 東経127度12分0秒 / 北緯38.28000度 東経127.20000度 / 38.28000; 127.20000
駅構造 地上駅
開業年月日 1912年10月21日
廃止年月日 1950年
乗入路線
所属路線 京元線
キロ程 98.1[1]km(龍山起点)
大光里 (13.7[2]km)
(5.0km) 月井里
所属路線 金剛山電気鉄道
キロ程 0.0km(当駅起点)
(5.0km) 四要
鉄原駅
各種表記
ハングル 철원역
漢字 鐵原驛
平仮名
(日本語読み仮名)
てつげんえき
片仮名
(現地語読み仮名)
チョルウォンニョク
英語 Cheorwon Station
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鉄原駅(チョルウォンえき)は大韓民国江原道鉄原郡にあった京元線廃駅)である。1950年朝鮮戦争により破壊され、そのまま廃止となった。金剛山電気鉄道廃線)の起点駅でもあった。

当駅付近は民間人統制区域内にあり、立ち入りが規制されている。一時期、京元線を当駅まで復活させる計画があったものの、統制区域内にあるために軍の同意が得られず、最終的に路線ルートと駅を西に移動することとなり、白馬高地駅として開業した。なお、白馬高地駅と当駅はおよそ2.5km離れている。

歴史

隣の駅

朝鮮総督府鉄道
京元線(1945年当時)
大光里駅 - (新炭里信号場) - 鉄原駅 - 月井里駅
金剛山電気鉄道
鉄原駅 - 四要駅

ギャラリー

参照

  1. ^ [1]
  2. ^ 1945年当時。現在の新炭里駅(当駅から9.3km)は信号場だった。なお現在、京元線の龍山起点94.4km地点には白馬高地駅があるが、これは後年に路線が移設されたものであり、当時のルートの龍山起点94.4km地点に駅はない。

座標: 北緯38度16分26秒 東経127度11分40秒 / 北緯38.274015度 東経127.194484度 / 38.274015; 127.194484